第13話 ショコラとチョコレートですわ!

三つ星学園の食堂では昼時ともなると今日も楽しげな声が聞こえてくる。


「西園寺様、今日のラタトゥイユは美味しかったですわね、トマトの味が濃厚でまだお口の中で余韻が残ってます」


「えぇ、夏野菜をふんだんに使っていて正に旬の美味しさですわ!」


ラタトゥイユとはフランス南部プロヴァンスの郷土料理でナスやズッキーニ、玉ねぎなどの野菜をオリーブオイルで炒めトマトソースで煮込むフランス料理だ、夏野菜を美味しく食べるにはもってこいの料理と言える。


「さて、デザートですが、今日はザッハトルテですわ」


それまで楽しそうにしていたエリカだったが、生クリームが添えられたザッハトルテ(チョコレートケーキ)を見つめて首を傾げる。


「どうかなさいまして西園寺様?」


それに気づいた隣の席の伊集院 静香しずかが目ざとく声をかける。


「いえ、気のせいですわね、食べましょう」


そう言うとエリカは、シルバーのカトラリーの中から小さなフォークを手にとって掬うと口に運んだ。


「ん〜〜っ!」


ガタッ!


「あっ、西音寺様どちらに」


ザッハトルテを一口食べたエリカがいきなり席を立つと、ツカツカと食堂のカウンターに向かう。


「このザッハトルテを作ったのはどなたかしら!!」


いきなり西園寺家の令嬢が大きな声を上げたのだ、厨房のスタッフがビクリと背筋を伸ばすし食堂中の視線も集まる。


「「……ザワ、ザワザワ」」


「hahaha! 流石はエリカお嬢様だ、やっぱり気づかれてしまいましたか」


厨房の奥から出て来たのは、日本人ではなく30前後の白人男性、コック帽を取るとニカリと笑みを浮かべた。


「あら、あの方見た事ありますわ、確かソーホーの……」


エリカの後から来た伊集院がその男に見覚えがあったのか、小さく呟いた。




エリカが彼を見ると、ため息を一つく。


「マリエル・リンドマン、いつ日本に来たんですの?」


「一昨日さ、買い付けの仕事で光一氏に会いに行ったら、エリカお嬢様は毎日ハイスクールに通ってると聞いてね、サプライズを仕掛けてみたのさ」


エリカは女子高生なので毎日学校に通うのは普通の事だが、彼の中ではイメージしずらかったようだ。


「……私が気づかなかったら、貴方ただの馬鹿ですわ」


「いや〜、僕のショコラにエリカお嬢様が気づかないわけがないでしょ」


「何度貴方のショコラを食べたと思ってるんですの、これくらい当たり前ですわ!」


「ふふ、嬉しいねぇ、パティシエとして最高の気分だ」






2010年、世界中から有名なパティシエが集まるニューヨークのソーホー、数多くのチョコレート専門店がその味を競っていた。

マリエルの店もその一つだった、すでに知名度の有った店に挟まれた彼の店舗、10年前の当時は後進で無名であった彼の店は、味には自信はあったが両隣の店の人気に押され経営的に苦しかった。

その危機的な状況を救ったのは、当時ニューヨークに旅行で訪れていたエリカだった、マリエルが閑古鳥が鳴く店のカウンターで暇そうにしているとショーウインドウにベタリと貼り付いている特徴的な髪型をしたお嬢ちゃんがいた。


「縦ドリル?」


見るからに上品そうな子供が一人で買い物?気になったマリエルは声をかけることにした。


「お嬢ちゃん、ショコラは好きかい?」


「大好きですわ!」


「……そっか、それじゃあ隣の店と間違えちゃったのかな?」


「隣?」


エリカが人形のように可愛く首を傾げる。


「ほら、マリベルって美味しくて有名なお店が隣にあるだろ、店の名前が似てるから迷っちゃたのかな」


「あら、貴方のお店のショコラは美味しくないんですの、私にはこの店のケースの中のショコラの方が美味しく見えたのですわ」


「えっ」


一瞬、子供の言う事だと思ったが、あまりに上から目線の言葉に少しカチンときた。


「君みたいな子供にショコラの本当の味がわかるのかい」


「子供が美味しくないショコラを作るのに何の意味があるんですの?」


確かに子供に美味しいと思えないお菓子なんぞになんの意味もない、少女のあまりの正論にマリエルの開いた口が塞がらなくなった。


「ハハ、違いない、俺の負けだ。お詫びにこのケースの中からお嬢ちゃんの好きなの選びな、お兄さんの奢りだ」


「良いんですの?じゃあ、遠慮なく、これを」


そう言ってお嬢ちゃんが指差したのは今日作った中では一番出来が良い自信作のショコラだった。偶然、いやこの目は確信を持って選んでいる、その選択に嬉しくて自然と笑みが溢れた。


「ふふ、タダで食べれるなんて随分とお得ですわ」


「なんか、おばちゃんみたいな事を言う子だね」


エリカが手にしていた一粒のショコラを口に入れる、小さな口いっぱいに味の洪水が溢れた。


「ん~〜っ!」


「どうだい、美味しい?」


「美味しいですわ!このお店ごと買取りますわ!」


「へっ?」


「明日には家の弁護士を来させますから、絶対にサインなさい」


そう言って店を出ていく少女を呆気に取られて見送ったマリエル、この瞬間彼の人生は変わる。

翌日の朝には西園寺家の弁護士が破格の契約書を持ってやって来た、潤沢な資金援助を受けられた彼の店はわずか2年でニューヨークで1番有名な店に登り詰める。

それからは毎年ある時期になると来店する少女には、どれほどマリエルが偉くなっても自ら接客して自慢のショコラを振る舞っていると言う。







「まったく、貴方もこんな悪戯する歳でもないでしょう、一体何が欲しいんですの?」


「えっ! ん〜、そうだね、ではエリカお嬢様の最近のお気に入りのお菓子を教えてもらえるかな?」


「あら、そんな事で良いんですの」


「人の価値感はそれぞれさ、俺には十分価値ある情報だ」


エリカはポケットに手を入れると何かを掴んだ、それをマリエルの手に握らせると実に妖艶な笑みを浮かべた。

それを見て、ポケットに何が入っているかを知っていた戸田は心の中で叫んだ、「おま、それチロルチョコやないかい!!」と。

超一流のショコラティエに20円のチロルチョコを渡す、実にエリカらしい行為と言えた。


手の中のチョコを一目見たマリエルは、エリカの笑みに爽やかに答えた。


「サンクス!エリカお嬢様」


暫くして彼のニューヨークの店に新作のショコラが発表される、きな粉を使った斬新な味はニューヨークでも大変な人気を博したと言う。

だがそれを食べたエリカには何故か評判が悪かった。





「こんな上品な味はチロルチョコじゃありませんわ!」

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