第6話 1-6に100万ですわ!

南海本線住之江駅、競艇ファンにとって聖地ボートレース住之江が近くにあるこの駅は、1日に1万人以上が利用している。


ポーン


ICOCAを改札機に当て外に出ると国道に向かって歩き出す、いかにもギャンブル好き風のおっさん達にジロジロ見られながら迷いなく歩いて行く。

たどり着くのは1軒の小さな立ち食いうどん屋、白地の看板にはかすうどん山本元柳斎と筆字で書かれている。どこの1番隊だ。

カウンターの上に小銭をダンっと置くと、その女性は大きな胸をドーンと張って声を上げた。


「叔父様、かすうどんを1つお願いいたしますわ!」


「はい、よろんで!!」



チャッチャッチャッ


ドンッ!


「ほいよ、かすうどん一丁!熱々じゃ!」


※かすうどんのかすとは「油かす」の事である。牛の小腸(ホルモン)を細かく刻み、油でじっくりと揚げ、水分や余分な脂分を飛ばしたもので、高タンパク・低脂肪・コラーゲンたっぷりの食材だ。大阪では非常にポピュラーで皆に愛される庶民の味だ。ちなみに、作者の地元長野では売ってすらいない。何故?



ここまで読んでてわからない読者さんもいないと思うが、この女性、西園寺エリカその人である。

エリカは目の前に置かれたどんぶりを一瞥するとゆっくり割ばりを手に取る、パキンと綺麗に二つに割って両手を合わると見惚れるような笑顔を見せる。こんぶ出汁の優しい香りを軽く肺に吸い込むとビシッと箸を構える。

雰囲気だけは一流の立ち食い師レベルだ、店内の客も全員が注目していた。


「いただきますですわ!」


ズゾゾゾゾォーーー!!ゾゾ、ゾゾ、ズズズーーゥ、ゴキュゴキュ、ダン!!


「ぷはぁ♡」


一気にどんぶりのつゆまで綺麗に飲み干すと花柄のハンカチで口を拭った。途端に周りの客から拍手される。

こんな小さな立ち食いうどん屋に居ていい雰囲気のお嬢様ではない、だいたいうどんを食べるのに白のワンピースはどう考えても場違いだろう。


「嬢ちゃん、ほれぼれするような良い食いっぷりだねぇ、気に入ったよ」


「ふふ、大変美味でしたわ、ごちそうさま」


これで昨日は学園でDEMELのアンナトルテ(ハプスブルク帝室御用達のチョコレートケーキ)を上品に口していた者と同一人物とは思えない、これもギャップ萌えになる?



人は美味しい物を食べると笑顔になる、エリカも満足気な笑みを浮かべ本日のメインとも言えるボートレース場に向かって歩いていた。今日は日差しが強いので日傘は忘れない。








「ん、あれは。ジャック止まって」


ホワイトメタリックのジャガーXFの後部座席からサファイアを思わせる瞳で道の向こうに居るエリカを見つめる、ウインドウを開けるとプラチナブロンドの髪が風に靡いた。

三つ星学園高等部2年生ウィリアムズ・スペンサー、王子部の部長である、彼は英国の第2王子だが偶然イギリスの叔母の元を訪れたエリカを見て一目惚れ、高校はエリカと同じ日本の学校にと両親を説得して留学した。


「エリカ?」


「王子どうされましたか?」


「ジャック、僕はここで降りるよ」


「えっ、ちょっと王子、お待ちを!」


ガチャ


「ノープログレム、パーティーまでにはちゃんと戻るよ、後はよろしく」


タタッ


ウィリアムズはジャックの静止も聞かずに走って行く、ジャックは急いでスマホの通話ボタンを押した。


「MI6、仕事だ」










本日、ボートレース住之江ではG3アサヒビールカップが開催されていた、予選最終日の日曜日だけに異様な熱気に包まれていた。



顔馴染みの予想屋にせがまれ適当な数字を答えた後に売店を回る。

エリカはまだ未成年なので舟券は当然買えないし、興味もない、しかし恐ろしい程の強運の持ち主なのだ。その強運に気づいた予想屋の一人がエリカが来る度に予想を聞いてくるのだ。エリカにとっては1から6の適当な数字を口にするだけだが、その的中率は実に90%を超える、将来は十分それで食べて行けるほどのギャンブラーになれるだろう。



大時計に近いウッドデッキのテーブル席にトスンと腰を降ろすと、テーブルの上に買って来た食べ物達を並べ始めた。



「あら、今日は松井さんが出場してますわ、この方ダンディですわ」


入口で予想屋に貰った出走表に一応目を通しながら売店「七福」で仕入れたどて焼き(180円)に一味をかけて噛み締める。

途端に甘い味噌の味が口の中に広がる、ついでに焼き餅 (150円)を買う事も忘れていない。

2階の南売店にも顔を出した、エリカは目立つ顔立ちだけに売店のおばちゃんにはすっかり顔を覚えられてしまった。


「ホルモン丼も捨てがたかったですけど、今日の気分はカツサンドですわ」


パクパク


ただカツを挟んだけのシンプルな味のカツサンドをモーター音をバックに食す、初めて来た時はうるさいだけのエンジン音だったが、今ではすっかり慣れてしまった。


するとふと影が差し日差しが陰る。

エリカがふと顔を上げるとそこには正真正銘の王子様が微笑んでいた。


「ご一緒してもよろしいでしょうか、マドモアゼル」ニコッ


「何故、フランス語?」


突然の王子襲来にキョトンとするエリカだった。

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