第3話 こしあん?なんですのソレ、知らない食べ物ですわ!

「ふふふ、今日はとても良いお買い物が出来ましたわ」


チュンチュンと雀が鳴く坂道、西園寺エリカが大きなつばひろ帽子に白いワンピースを朝の爽やかな風に靡かせながら歩く、その手には大きな茶色の紙袋が大事そうに抱きかかえられていた。今日のテーマは夏のお嬢様である。


「それにしても流石ケルンですわ、朝からあんなにお客さんが並ぶなんて、もう少しで売り切れてしまう所でしたわ」


紙袋から仄かに香る香ばしい匂いに頬を緩めるエリカ。今日は朝から阪神本線に揺られ神戸のあんぱんで有名なパン屋、ケルンに足を伸ばしたのだ。

エリカは食べ物に関してはどんな労力をも惜しまないのだ、食べログのサイトは常にチェックしている。

ケルンではこし餡、つぶあんと両方のタイプが売られているがエリカの好きなのは断然つぶあんの方だ、薄皮のパン生地にぎっしり詰まったつぶあん、ざくりとした甘さに表面の白胡麻がアクセントになってお口の中が幸せで溢れる。


ジュルリ、おっといけませんわ我慢我慢、でも。


キョロキョロと辺りを見渡し目についた公園のベンチにストンと座る。


「家につくまでに味が落ちてしまっては大変ですわ、焼き立てジャパンと言う言葉が日本にはあります、やはり暖かいうちに食べないと美味しいパンに失礼ですわ、わたくし礼儀にはうるさいんですの」


誰に言い訳してるんだか、自宅までは後20分も掛からないのだが、どうやら我慢の限界だったらしい。


ガサリッ、パクゥ、パクパク


「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ、お口が幸せですわ!」


パクパク


5つはあった焼き立てパンをペロリと食べたエリカが、満足気にベンチから立ち上がる、すると食べている間は気が付かなかった、ゴミが公園に散らかっているのがエリカの目についた。近くのコンビニで買って来たのかペットボトルや空き缶があちこちに散乱している。実にマナーが悪い者達が居たものだ、その光景に思わず眉間に皺を寄せる。


「これは、……美しくありませんわね」





ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ


空になった紙袋に拾ったゴミを入れてゆく、エリカが一人でゴミ拾いにいそしんでいると町内会とおぼしきおばさま達がガヤガヤと話しながら公園に入って来た。



「あら、そこにいるのはもしかして西園寺さんのエリカさん」


一人のおばさんがゴミ拾いをしているエリカに気づいた、なんか高そうなジャージ姿だなと思った、化粧もばっちりだし。

この人はたしか同じ学院の王子部の児島なにがしの母親だったか?違ったっけ?


「ごきげんよう」


ペコリと挨拶、まさか朝から自分を知っている者に会うとは思わなかったエリカだが挨拶はしっかりとする。


「あら、ごきげんよう。ん、その袋、もしかしてエリカさんもゴミ拾いを」


「も? ええ、ちょっと目に余ったもので」


「あら~、偉いわぁ流石は西園寺さんのお嬢さんだわ、今日は私達も町内会の公園掃除の日でね、でもエリカさんには先を越されちゃったわねぇ」


エリカと児島のおばさんが話していると後ろから若い男子の声が聞こえる。


「おい、母さん、誰と話して……えっ、西園寺さん」


「あら英治えいじ、エリカちゃんが一人でゴミ拾いしてたのよぉ、偉いわぁ、あなたも将来経営者になるならエリカちゃんを見習いなさい、こうして率先して行動する力が経営者には大事なのよ」


ペコリとおじぎするエリカに口をパクパクさせる児島英治、いきなりの学園のアイドルとの遭遇に驚きで声が出てこない。


日本でも有数のホテルグループである児島コンツェルン、その御曹司の児島英治はエリカの家の近所に住んでいた、学園ではお嬢様部の双璧、王子部のファイブスターの一人として有名だが、本人は格の違いからか西園寺には苦手意識を持っていた。見ると心臓がドキドキするのだ。


「ゴミ拾い?貴女のようなご令嬢がお一人で?嘘でしょ」


「あら、それを言ったら貴方だって児島の御令息でしょ」


「そ、それはそうだが、俺は家の手伝いで母に無理やり…」



「と、とにかく後は俺達が直しておくから貴女が拾ったゴミをこちらに渡してくれ」


「あら、ありがとう、ではお願いしてもよろしくて」


ガサッ


「あっ」


ゴミの入った紙袋を渡す際にエリカの手が英治の手がチョコンと当たる、こんな至近距離で憧れの人の肌に触れる、それだけで英治は自分の顔が熱くなるのがわかった。これはもう苦手意識と言うよりも…。


英治はエリカから赤くなった顔を背けて小さく呟く。


「反則だろうこの綺麗さは、これは部長が夢中になるのもわかる」


そんな二人をおばさん達は興味深そうにニコニコと見つめてキャイキャイと盛り上がっていた。






この清掃活動が写真付きで町内会報に掲載されると、エリカの母親が事情を察して頭を抱える。


「あの娘ったら、また、こんなことを…」




コンコン


「入っていいわよ」


「失礼します、エリカお嬢様。奥様がお呼びです」


「あら、一体なにかしら」


瀬場州セバスの後ろについて母の部屋に入るとテーブルの上には町内会報が置かれていた。表紙にはエリカと英治の写真が大きく使われているのが見えた。

一目で事情を察したエリカが慌ててきびすを返そうとする、が、後ろからガシッと母に肩を掴まれる。


「ぴぎゃ!」


「まぁ、エリカさん、どうなさったのかしらお話はまだ終わってなくてよ」


それからしばらくはエリカのパン屋巡りは禁止され、エリカは涙目になる。



PS.あんぱん食べただけで、ご令嬢にはご令嬢として求められるものがあるのよ!と2時間も説教されるとは思わなかったですわ!(涙)

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