【メリイクリスマス】

朝詩 久楽

クリスマスイブ

 今日もまた、仕事を終えた。

 いつもの様に仕事を終えた。

 何年も使い続けてボロボロになってしまった鞄に荷物を詰め、首には蛇の様に長いマフラーを巻き、分厚く重いコートを羽織り、勤め先を後にした私は一人、寒い夜の帰路を歩んでいた。最寄りのI駅から満員の電車に乗り込み、如何どうしようもない窮屈な思いに溜め息を吐きながらも、私は吊り革にぶら下がりユラユラリ揺らされました。

 乗車駅から各停電車に乗り、七駅程行った所にあるT駅にて電車を降りた私は人込みの中を掻き分ける様にして歩んで行きました。

 此れは私の気のせいかもしれませんが、仲睦なかむつまじく腕を組んだり、笑顔で話に花を咲かせるカップル達が何時にも増して多い印象でありました。そして、父母と子供(若しくは、父一人と子一人や母一人と子一人)と云った家族の者達も、同じく、多い印象でありました。一人暮らしをしている私から見た、彼ら彼女らはとても暖かく、そして、輝いて見えました。若しかしましたら、くだんの者達が暖かく感じられる程、輝いて見える程に、私はいつの間にか冷たく、暗かったのかもしれません。まるで、輝く星々と闇然たる夜の様でありました。

 月が雲に隠れ、薄暗くなった狭い路地を、私は寒さを紛らわすために両手へと息を掛け、其の温もりを纏った息を掌一杯に行き渡るようさすりながら歩き、私家しかへと向かっておりますと、何処からか「にゃぁ…」と弱々しく鳴く、猫の声が聞こえてきました。

 「此の声…」

 私は声のした方へと目を向けました。すると、其処には段ボールに入れ、捨てられていた一疋の小さな小猫の姿がありました。毛並みは真っ白で、さながら雪を纏っているかの様でありました。

 「君…此処に捨てられちゃったの……?」

 私の問い掛けに、小猫は再び「にゃぁ」と声を上げて応えました。

 「こんな寒い季節に…可哀想に……」

 ブルブルと寒そうに凍えた小猫へと、私は無意識の内に手を伸ばしました。しかし、途中で私は意識をもって其の手を止めました。眼前で鳴く、小猫を拾うことが怖くなってしまったのです。命を背負うのが、途方もなく怖くなってしまったのです。

 私は差し伸べようとした手をコートのポケットの内へと入れました。そして、捨てられていた小猫を見て見ぬふりをし、其の場を立ち去りました。まるで、何事もなかったかの様に。

 「御免ね……本当に御免ねぇ………」

 駆け足で去って行く其の最中、私は必死にそう呟き続けました。

 家へと辿り着いた私は鞄を椅子の上へと置き、コートを同じく椅子の背凭れへと掛けました。そして、冷蔵庫の中に有り合わせた食材を使って簡単な夕食を作りました。併し、今でも外で凍えているであろうあの子猫のことを思うと、私は溜め息ばかりが口から溢れ、夕食が喉を通りませんでした。

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