物書きで古本好きな心理学専攻の大学院生によるエッセイ

津島 結武

気の利かない男性、気の利く女性

男とは何とも気の利かない生き物であろう。


ある秋のよく晴れた9:30過ぎ、僕は大学院行きのバスに乗っていた。

バスには満員まで大学生等が乗り込み、一人も追加で乗れないほど埋まっていた。

9:30というと、大学の講義の2限目が始まる1時間前である。それでも多くの学生がバスに乗車していた。

というのも、次のバスが来るのはちょうど10:00なのだ。

もちろんバスというのは時刻表通りには動かない。大抵の場合、いくらか遅れてバス停を通るものだ。特に僕たちの用いているバスはかなり遅れる。つまり、次のバスでは大学にギリギリに到着するか、少し遅れて到着するかのどちらかである。だから皆この時間のバスにこぞって乗るのだ。


僕は入口  *1より少し後ろの通路に立っており、後ろの茶髪でミディアムボブの女子学生が、前の青いパーカーを着た――いわゆる芋臭い――男子学生に挟まれていた。

しかも僕の周りには捕まるところが一か所しかなかった。つり革も、座席についている取手も、縦に取り付けられたポールもない。そう、上部の取手しかなかった。


僕はいつもバスの席に座れるようにしていた。できるだけバス停の前方部に並び、乗車したら座席に腰掛ける。

なぜかというと、僕は本を読むからである。バスに乗りながら本を読むのが好きなのだ。もはや日常の些細な楽しみでさえあった。


何も読まずにただバス内で立っているのは退屈である。どうしても満席で立っていなければならないときは、YouTubeの配信を聴いている。

以前はメンタリストDaiGo   *2の配信を聴いていた。しかし、今では聴かなくなった。彼は主に仕事術や自己啓発系の情報発信を主に行っていたが、僕はそれに飽きてしまった。以前は人生の役に立つ知識や情報を好んで摂取していた。しかし今では、興味がなくなってしまった。


今では別の2種類の配信を聴いている。

一つはラジオライフ   *3と呼ばれる月刊誌の宣伝をする配信である。この配信ではラジオライフの編集長と薬理凶室  *4という作家集団が雑談交じりに雑誌の宣伝をしている。この雑談が非常に良い。役に立つとかそういうのではなく、知識を持った人たちが身も蓋もない話をしているのが僕にとって楽しいのだ。


もう一つは亜留間次郎  *5氏の配信である。僕の知る限りは彼が最も身も蓋のない話をする。そう、僕は身も蓋もない話が好きなのである。彼は主にエロ、医学、法律学、科学の話をよくしているが、どれも単にネットで調べるだけでは知りえない知識ばかり持っている。それが僕にとっては非常に刺激となるのだ。


話を戻そう。

その日は運悪く家を出るのが遅くなってしまい、配信のアーカイブもダウンロードしていなかった。

そのため、僕はバスに立ちながら配信を聴くことができなかった。

そこでどうしたかというと、立ちながら文庫の『東京奇譚集   *6』(村上春樹(2007)新潮社)を読むことにした。

揺れの激しい車内を、掴まりづらい取手に掴まりながら、片手に文庫本を持って、である。


正直、そこまでつらくはなかった。走行中はなかなか取手から手を離すことができないため、ページを繰ることには苦労を要したが、信号やバス停で止まっているときに両手で捲ればどうということはなかった。


ただ問題だったのが、前の芋臭い男である。

なんといっても距離が近い。本が背中に当たりすぎなのだ。

満員バスだから距離が近いのは仕方がないのかもしれない。しかし、体幹が弱すぎる。前後にふらふらしすぎなのだ。


それが嫌ならマイカーを持て、早く来て座席に座れというのはもっともかもしれない。

しかし、いらいらするものにはいらいらすると言いたい。

何度ふらふらするなと背中を蹴りたいと思ったことか。

公共交通機関を使うのなら、最低限の体幹は持っていてくれないだろうか。

忌憚なく言うと、本を読んでいなくてもあの不安定さには苛立ちを禁じ得ないだろう。


そう、僕は他人に触れられるのが嫌いなのだ。特に、いわゆる陰キャと呼ばれる人種には。

こう言うと一部の人から反感を買うかもしれない。

しかし、そのような人々を嫌うのはごく当然のことではないか。彼らは、周りに配慮しない。


陰キャと呼ばれる人々は、まず周りを気にしない。ただ気にしないのは問題ないのだが、普通に臭い。なぜかわからないが彼らは臭いのだ。風呂に入っていないのだろうか。それだけでも不快感は強い。

服も使い古されたものが多い。そのせいで清潔感がない。清潔感がないものに触れると不快に感じるのは当然だろう。


それに比べて女性が陰キャである率は低い。

これはなぜだろうか。若い女性は男性よりも周りに気を配る割合が高いように感じる。

もちろん気の利かない女性も存在する。特に中年や高齢になると服装にも気をつかわなくなり、身勝手に振る舞う人も増える気がする。

ただし若い女性のほとんどは外見に気をっており、綺麗である。


僕の後ろに立っていた女性もそうだった。

すぐ後ろに立っていても不快感を感じなかった。むしろ、僕のリュックが当たっていたような気がして申し訳ないとも思っていた。リュックは背中から下して片手に持っていたが、それでも場所を取っているような気がした。


特にこの女性は良い人だったと思う。

信号を止まっていたバスが急発進したとき、僕は天井の取手から手を離してページを捲ろうとしていた。そのせいで僕は一瞬後ろに引かれ、後ろの女性を押してしまった。

さすがに謝らないいけないと思い、僕はちらりと後ろの女性を見た。すると、彼女は大丈夫ですと言わんばかりにうなずいた。それに僕もうなずき返した。


彼女もいつかは周りに気が利かなくなり、身勝手に振る舞うようになるのだろうか。

そうは思いたくない。

そう思うと、何が気が利くかどうかを左右するのだろうか。

正直なところ、僕はパーソナリティで初めから決まっているものなのではないかと思っている。

でも女性は後から気が利かなくなってくると思うと、女性の場合は恋愛戦争から降りると周りに配慮しなくなるのかもしれない。

恋人が欲しいから、あるいは恋愛関係を保つために外見を綺麗に保つ。老化が始まり外見が劣化し始めると、諦めから配慮もなくなる。


そうは考えたくない。しかし、世の中というのはそれほど残酷なことは山ほどある。僕の仮説も、残念ながら当たっているかもしれない。

あくまで仮説だ。これはこのエッセイで留めておくしかできない。


そもそも僕は気の利く人間だろうか。

あまり自信はない。

周りから見ると、僕は傲慢に映っているかもしれない。

そう思うと、自分が周りからどう思われているか怖くなってくる。


赤の他人だけど傍にいても不快に感じない振る舞いをしたい。

これは簡単なことだろうか。



*1:津島結武は宮城県の大学院に通っている。宮城県のバスは前方部に出口が、中央部に入口が設置されている。

*2:メンタリストDaiGo、日本のメンタリスト、ブロガー、ニコ生主、YouTuber。企業の研修やコンサルなども行っている。

*3:ラジオライフ、株式会社三才ブックスが発行する月刊誌。アマチュア無線や業務無線などの受信や、アングラ情報などを掲載している。

*4:薬理凶室、複数のフリーライターの共同ペンネーム。室長はくられ。よく著書が有害指定されている。

*5:亜留間次郎、エロ怪人。日系アラブ人でアラブ人と日本人のクオーター。知識が無尽蔵にあり、会食では無双している。金持ち。

*6:村上春樹の連作短編小説集。

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