今日のあなた、怖いみたい。

 目の前の女がそう言った。電車の中でようやく思い出したこの人の名前は清水ミナコ。正直、下の名前はミナコじゃない気もする。

 とにかくその清水さんは、自分から誘っておいたというのに、玄関でキスをしようとした俺から一歩離れて両腕で身を守るような動作をした。

 「怖いって、なにが?」

 身に覚えもないが、追撃する程の熱意もない俺はその場に突っ立ったままそう訊き返した。

 清水さんは、大きな目で俺を見た。頭の先から足の先まで、じっくりと。

 猫か占い師みたいによく光る目をしていた。俺は、自分がこんな目のひとと寝たことにちょっとした驚きを感じる。だって、こんな目、心の底の底まで見通すような、こんな目が、怖くないはずない。俺は、このひとをちっとも好きじゃないんだから。

 「苛々してる……待ち人こずって感じかしら……?」

 清水さんがまた占い師みたいな物言いをしたから、俺はぎょっとする。

 待ち人来ず。確かになつめは来ない。

 「なに、占い師かなんか?」

 今度は確実に苛立った声が出た。心の奥底まで見通されているような感覚は不快だった。

 なにも知らないくせに、と思った。俺となつめの間に会ったことを、なにも知らないくせに。

 すると清水さんは、ふわりと頷いた。真っ黒い長髪が背中からさらさらと滑り落ちる。

 「話さなかったかしら。デパートで占い師のバイト、してるのよ。」

 多分、話されていた。俺が何の興味も持たず、話をまるで覚えていないだけで。

 「じゃあ、占ってみてよ。」

 挑むような声が出た。子供だましの占いなんかで、俺がなつめにしたことを当てられるはずもない。そう思うと、妙に好戦的な気持ちになった。

 すると清水さんは、ちょっと苦笑して首を左右に振った。防御するように突き出されていた両手が、静かに下される。

 「占いなんてできない。どうせインチキだもの。タロットカード並べてそれっぽいこと言ってるだけ。」

 でもね、と、彼女はよく光る両目で俺を見た。

 「でも、占いに縋りたくなるくらい追いつめられてる人の顔はたくさん見たわ。……今の、中村くんと同じね。」

 占いに縋りたくなるほど追いつめられている? 

 自覚はなかった。だから、清水さんを見ているしかなかった。彼女の良く光る両目を見返すことはできなくて、彼女の細い顎のあたりを。

 「……必要なら、タロットカードを持ってきましょうか?」

 「……必要って?」

 「雰囲気づくりの小道具。その方が、素直になれるっていうことなら。」

 

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