「上原くんが、好きです。」

 中三の夏。世間的にはそういうタイミングなのだろうか、女の子から呼び出されることが増えた。

 告白。

 何度されても、反応に困る。

 目の前の女の子を傷つけない穏便な言葉を、必死で探していると、俯いていた彼女が顔を上げた。

 大きな目と、固く結ばれた唇。肩に垂らされた長い髪。

 そんな符号を持つ彼女は、隣のクラスの、確か、鈴村あかりさん。話したことはほとんどないけど、二年の時は同じクラスだった。

 真っ直ぐな目で、鈴村さんは俺を見た。

 俺は、どうしていいのか分からず下を向いた。体育倉庫の裏、女の子の間では、ここに呼びだすと恋が叶うみたいなジンクスがあるらしい。俺が呼び出されるのは、大抵この場所だった。

 「いいの。」

 ぽつん、と、鈴村さんが言葉を落とした。

 俺は、ただ彼女のローファーのつま先を見ていることしかできなかった。

 「上原くん、好きな人がいるよね。」

 「え……?」

 「好きな人……。女の子じゃないでしょ。」

 え、と、俺は同じ音を繰り返し発っした。それ以外どうにもできなくて。

 好きな人。

 思い浮かんだのは、俺を抱いているときの章吾の顔だった。章吾は、妙に神妙な顔で俺を抱く。それは、愛されているんじゃないかと思うくらいに。

 自分の顔が強張るのが分かった。

 違う、と、俺は男など好きではないと、言わなければいけないと分かっていた。それなのに、上手く言葉が出なかった。記憶の中の章吾に、口をふさがれて。

 黙ったままの俺は、ただ顔を上げた。

 鈴村さんは、泣きそうな顔で、それでも微笑んでいた。

 「いいの。分かってたの。それでも、言いたかっただけなの。」

 なにがいいのか、なにが分かっていたのか、訊きたかった。だってそれは、俺にも分からないことだったから。

 待って、と、言葉が漏れた。

 逃げるように俺に背を向けようとしていた鈴村さんは、素直に足を止め、こちらを振り向いてくれた。

 「……俺が、誰を好きかっていうのも、分かってる?」

 声が掠れた。心底動揺していた。そんなことを訊いてどうするつもりか、自分でも分かっていなかった。

 鈴村さんは、少しの間黙って俺を見ていた。その両目には涙がいっぱいに溜まっていて、今にも零れ落ちそうだった。

 「……多分、分かってる。……私、ずっと見てたもん。上原くんのこと。」

 俺はその時、彼女に怯えていたのだと思う。俺にすら分からない俺の感情を言い当てようとしていた彼女に。


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