第10話 レーザーの有効射程

 夕飯は海の幸がこれでもかとばかりの大宴会でした。

 みんな鎧を脱いで、宴会用の、浴衣や袖なしの半纏みたいな薄物を着ています。

 何処かを隠すためじゃなく、焼肉のときに紙のエプロンをするように、素肌が汚れるのを防ぐためなので、色々と日本ではありえない宴会風景です。


 ムスターナさんとそんなに見た目が変わらないお母様の元締めが、老師様にくっ付いて世話をやいていますが、元締めと言う大事なお仕事があるので、老師様と一緒に暮らしてはくれないようです。

 むしろ老師様がここで暮らせと言われています。

 久しぶりに会ったのと悩みの種だった港荒らしが退治されたので、一時的に興奮しているだけ、との見方もあります。錬成科の分析なので、正しいのでしょう。


 バーチェス公子とミューザレイヌ殿は身分的な釣り合いから当然として、セネアチータ殿はワイサイト助教授と一緒です。

 トーアベヒター錬成科長はガラデニア薬学科長に何か薬を飲まされていました。人前で飲ませてるんだから、危ない物ではないのでしょう。

 わたしの隣はもちろんラメール殿です。


「やはり、攻撃法術師を選んだのは運命でした。貴女は必然的に軍に入ったでしょうけど、拙は己で選ばなければ貴女と遭えなかった」


 周囲の雰囲気もありますが、こんな美青年から貴女に遭えたのは運命だみたいな事言われて悪い気はしません。

 ラメール様とお付き合いする事にしました。この世界の常識では付き合う=同衾するなのです。

 肌を合わせる積もりなら、相手を名前に様を付けて呼ぶのが、この世界のある程度の身分のある女性の慣習です。 


 翌朝、共に生きて行きましょうと誓い合いました。結婚と言う考えがなくて一緒にいる相手が伴侶なのです。

 王族だと家の結び付きのために配偶者を正式に名乗ります。

 男女とも良人と呼ばれて、王配は王良陛下です。


 朝御飯を食べに行き、肌が合ったのを、元締めに抱き付かれたままやって来た老師様に報告しました。

 孤独な老人も、ここにいる間はあやして貰えるようです。


「ここで暮らしなよう、オレが死ぬまで可愛がってやるからさ」

「儂、隠居したわけではないわ。まだやりたい事があるで」

「なんだよ、そりゃ」

「れえざあの嬢ちゃんを竜殺しにするんじゃ」


 そんなこと言ってるから、一緒に暮らしてくれる人がいないんですよ。

 和気藹々としていたのは朝御飯が終わるまでで、船に向かうとみんな気合が入ります。

 船に乗って予定の場所に着くまで、わたしは特にする事もないのですが、老師様のキャラが濃すぎて最近NPCだったトーアベヒター錬成科長が、ミューザレイヌ殿と打ち合わせをしています。二人で衝撃波の同時攻撃をするんですね。

 わたしは最初の一撃をやったら、状況をみながら老師様の指示に従います。


 諸々の準備を終えた船が、まずここで獲れたらいいな、と言う場所に泊まります。


「嬢ちゃん、あそこにカマス頭がおるじゃろ」

「何かが飛んでいるのは見えますが、なんだか判りません」


 雲ひとつ無い空に、何かがゆっくり動いています。

 あっちの方が赤道に近くても、上空は当然寒いので地上とは違った霊気の流れがあって、亜竜でもずっと浮いていられます。


「あれが、カマス頭なんじゃよ」

「なんか、飛び方変じゃないですか」

「後ろ足が羽根なんじゃ。魚を前足で捕まえるんじゃよ」

「普通に前足が羽根の方が生活はし易そうですね」

「じゃろうな。だから他におらんのじゃ。それはいいから、ここに呼んで見ておくれ。だめなら、もちっと近付くで」

「はい」


 来るか来ないか判らないので、呑気な会話の後、戦闘態勢を整えて、限界まで霊気を溜めます。

 当たらないと話にならないので、翼と言うか脚と言うかの付け根付近の胴を狙いました。当たって防護霊壁で拡散した光と煙が出たけど、音はしませんね。わ、こっち見た。

 もう一発かなと思って溜めに入ったらくぐもった音が聞こえました。どんだけ遠くなの。比較対象がないから大きさが判らなかったけど、プテラノドンどころじゃないんじゃないの。


「嬢ちゃん、もう一発じゃ」

「はい」


 長い顔に向かって撃ったのですが、肩に当たりました。音は聞こえないけど、口開いて吼えています。


「嬢ちゃん、溜めといとくれ。六属性の嬢ちゃん、溜まり次第に撃っとくれ」

「はい」


 セネアチータ殿の一撃は、右目の下を掠めます。完全に敵と見なされて、こっちに突っ込んで来ます。


「嬢ちゃん、撃ったら下れ。六属性の嬢ちゃんも、もう一発で下れ」


 わたしの三撃目は鼻頭に、セネアチータ殿の二撃は額の右側に当たりました。二人が下がって、トーアベヒター錬成科長とミューザレイヌ殿が前に出ます。その間にもカマス頭がどんどん大きくなります。

 逃げた私達に文句を言いたいのでしょうか、口を開けました。遠雷みたいな音が聞こえます。まだちょっとずれる。


「阿呆め、射程を勘違いして吼えおった。若賢者殿よいか」

「はい、ミューザレイヌ殿合わせるので合図をくれ」

「はい、もう少し、三、二、一、撃ちます!」


 周辺の空間が揺らぐような衝撃波の十字砲火で、カマス頭の速度が落ちました。今のを両側から受けて減速するだけなの?

 ロンタノにしがみ付いて帰っちゃおうかな、なんて考えている内にも、属性弾が射程の長い順に打ち出されて、闘気弾に代わります。

 一通り遠距離攻撃が終わると、老師様が正面に立って全力で霊気を放って威嚇しました。

 突然現れた強敵を警戒して、緊急停止して空中に直立したカマス頭の首の付け根に老師様の闘気弾が当たって、イカ飛行機モドキは仰向けに海に落ちました。


「鎖鉤!」

「あいさあ!」


 老師様の指示で漁師が銛を投げます。先端は尖った銛ではなく、四本の太い鉤です。縄ではなく細い鎖が付いていますね。右足の付け根に落ちて、引っ張っても外れません。


「ラメール!」

「はい!」


 ラメール様が鎖を持って電撃を流すと、魚っぽい頭が海中から跳ね上がりました。老師様に闘気弾を当てられて、また海中に沈みます。


「鉤打て! 引き寄せい!」


 何本もの鉤縄付き銛が投げられ、亜竜の巨体が船の横に引き寄せられました。


「バーチェス! 止めじゃ!」

「はい!」


 命綱を着けたバーチェス公子がカマス頭の胸に飛び降り、短槍を突き立てると、開放された生命力と霊気で水面が爆発しました。

 大型の魔物を海中や海上で仕留めると起きるこれは、霊気爆発と呼ばれています。


「早く上げて! 生き血! 生き血!」


 薬学科長が叫びます。もう死んでますよ。

 大騒ぎで引き上げながら大筏は少し下がって、随行してきた小船が漁を始めました。

 広い甲板では、漁師と学院関係者が解体を始めています。

 軍関係者は邪魔にならないように集まって、老師様の指示待ちです。

 直接止めを差して霊気爆発を受けて椅子に座って休息しているバーチェス公子を、ミューザレイヌ殿が気遣っています。


「嬢ちゃん、気は張っといとくれ。大物の横取りが来るかもしれんで」

「はい」


 海棲の亜竜が横取りに来る可能性があるんですね。この位置だと先ず無いなんて思っていると来るんですよ。

 気を付けていたので、亜竜二連戦はなくて、小さなクジラくらいの怖い顔の魚が三匹獲れただけでした。

 これだって普段なら、お祭り騒ぎになる獲物だそうですが、老師様が闘気弾で頭撃って瀕死になったのを漁師が寄ってたかって一方的に仕留めました。


 帰路で改めてみんなからお礼を言われました。特にバーチェス公子とミューザレイヌ殿は血筋を背負っている上に、高能力ながら少々難ありだったので、人並み以上の者と認識される仕事が出来るのは嬉しいでは済まないようでした。


「まさか、この年でカマス頭の仕留め役になれるとは、思いませんでした。全て隊長のお陰です」

「わたし、隊長じゃないですし、主戦力は老師様じゃないですか」

「いや、儂の代わりを出来る者はおる。嬢ちゃんの代わりはおらん。この子らを導いておくれ。バーチェスとフロウムアルビスのお嬢は他では使い処が難しいが、嬢ちゃんと一緒なら竜殺しになれる」


 ラメール様も寄ってきて、わたしの手を握ります。

 

「拙も貴女とでなければ、大した働きは出来ません」

「わたしも、中途半端に出来る事が多すぎて、どうしていいか判らなかったのです。れーざあのお話を頂いても、亜竜を呼べるようになれる気はしませんでした。隊長が海に撃たれた威力で、初めてれーざあの本当の力を知り、先の希望が持てました」


 セネアチータ殿も隊長呼びで、ミューザレイヌ殿は黙ったまま涙目です。


「儂、軍司令辞してからずっと、しょぼくれとったんじゃよ。嬢ちゃんは元気になった儂しか見とらんじゃろ。若賢者殿がカマス頭を呼べるかもしれんと云うてくれたで、なんとか生きとったようなもんじゃ。見捨てんでおくれ」


 体つきは変わらないのに、百歳過ぎのおじいちゃんに見えます。今までのテンションは悲観の反動だったのでしょうか。


「わたしも、一生充填係をして暮らすよりもましな生き方を求めて聴講生になったのですが、人のために出来る事があればしたいと思います」

「では、隊長になってくれるんじゃな」

「はい、お引き受けいたします」

「なれば、中佐で大隊長じゃな」

「はい?」

「いきなり准将で旅団長は嫌じゃろ?」


 このジジイ、ちょっとでも可哀相だと思ったわたしが馬鹿だった。


「いきなり中佐で大隊長が嫌ですよ」

「特務遊撃隊は全員将校でも構わんのじゃが、部下が三名以上将校だと、隊長は佐官でないといかんのじゃ。四人とも亜竜殺しを名乗って恥ぬ務めを果たしたでな、昇格じゃ」

「わたしに大隊長なんか務まるわけ無いでしょう」

「それは心配いらん。儂が特別参謀するで」

「王国最高位の将官が参謀の大隊ってなんです」

「嬢ちゃんの大隊じゃな。竜伐特務遊撃大隊、他にはないわ」


 殴られないと思って好き勝手しやがって。殴ったらこっちの腕が吹っ飛びます。

 オーラバリアが爆発反応装甲みたいになっていて、自動反撃してくるんです。

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