第8話 老人と海へ

 串焼きは家族にも好評で、夕食用に買い溜めておきたいので、買えるだけ買ってきて欲しいと頼まれました。

 共働きの家が多く、夕食は買ってきたものを食べるのが普通です。中食が発達しています。

 家にも安い据え置き式の百キロ入りの収納はあるし、わたしは高給取りなのです。

 翌日も串焼きを買いに広場に行きました。


「と、言うわけで、常連の人に迷惑にならないだけ売って。明日も来るから」

「そいつぁ有りがてえが、明後日はどうしなさるんで」

「老師様と一緒に海に行くの」

「旦那、近衛将校様ですかい?」

「そうなの」

「こいつぁ御見逸れしやした。海にゃ何獲りに行かれるんで」

「カマス頭っておっしゃってたわ」

「そいつぁ豪気だ!」


 カマス頭狩りって豪気なんだ。撃てと言われたら撃つだけなので、どんな生き物か故意に聞かないようにしていたのですけど。


 更にもう一日、異国情緒通り越して異世界情緒のバザールを楽しんで、いよいよこちらに生まれて初めての海にお出かけです。

 第二錬成科長とお弟子も一緒です。第二錬成科は変わり者の寄せ集めなので、研究費と材料渡してやりたい事をやらせておけばいいのだそうですが、そう言う人達を監視なしでほっておいて大丈夫なのでしょうか。

 薬学科も助教授の他にロンタノのお母さんアレグロに乗ったガラデニア科長が来ています。何が獲れると思っているんでしょう。


 出発前に老師様に例の十六歳の四人の内の二人、娘さんと玄孫さんを紹介されました。娘さんがグラシア殿、玄孫さんはアマーレ殿。

 グラシア殿のお母様は近衛軍の連隊長で准将、少将格の副師団長の空きがないので連隊長をしているのだそうです。

 アマーレ殿のご両親はどちらも外務省の官僚で文人なのですが、先祖返り的に武人に生まれたということでした。


 二人とも士官学校生で兵頭です。まだ闘気弾の威力が低くて、実質接近戦闘しか出来ないので妖女鳥の森は危険だったんだそうです。

 今回は安全なのでパワーレベリングして欲しいとの事。船に乗っていればいいだけなので、わたしが何をする訳でもないのですが。

 老師様が歳が近いので車に一緒に乗らないかとおっしゃったのですが、共通の話題がなくてむしろ困りそうなので、お断りしました。


 王都と港の間には、道の駅みたいな宿泊も出来る大きな休憩地点があります。そこでお昼です。

 お昼となると、老師様と同席しないわけにはいきません。


「嬢ちゃん、家はどうするんじゃ。尉官ならば宿舎に住んどるもんじゃ」


 普通は正規兵になったら実家なんて一年に一回くらいしか帰らなくなるんです。

 将校だと6LDKくらいのお長屋がもらえちゃったりするんですね。


「今の親の家に住んでいてはいけないのでしょうか」

「いけなくはないんじゃがな。付き合いも多くなる。応接間が無いと困るぞ。男も欲しくなるじゃろ」


 今は能力が急に上がった方に取られているのか、そんなこともないのですが、大きな魔獣を獲って開放される霊力や生命力を吸収していれば、こちらの生命力や生殖能力が上がるのは当然で、性欲も上がるはずなのです。


「今は吸収し切れているようです」

「じゃがな、次は亜竜じゃで」

「カマス頭って、亜竜なんですか」

「そうじゃよ。カマスみたいな面した翼竜モドキじゃ。じゃから、要らんでも男は見繕っといた方がええじゃろ。向こうに一人手頃なのがおるんじゃ。シェムーザの末っ子じゃから、血筋も能力も悪くは無い」


 仲人ですか。ちょっと前までは考えもしないお相手なのですが。


「わたしにはもったいないと言うか、お話自体が来る様な方ではないように思えますが」

「何云うとるんじゃ。嬢ちゃんは単属性特級じゃ。伸びれば将官になる。常人ではない自覚を持たんといかん」


 威張れと言うのではなく、優れた者の義務を果たす覚悟を持てと言う事なのですよね。


「はい」

「そうか、承知か。では、着いたらラメールに紹介するで」


 そっちのはいじゃないんですが。

 亜竜を獲るとなると、切ったら血が出るレベルで自分でコントロール出来るもんじゃなくなるのは判ってますけど。

 今日は王都のほぼ南にある都南の港と言う安直な名前の貿易港に泊まって、明日そこの東にある東南の浜と言う漁港に向かう予定なのですが、薬学科長から、お相手がいないなら助教授の人がお相手しますと言われました。

 悪い人じゃないんですが、腑分け大好きな人はご遠慮したい。

 権力者から優良物件として狙われるのも、自覚する必要があるようです。

 老師様と学院長の派閥なら、これ以上の安全はないのでしょう。


 その日は無事に貿易港に着いて、その後も何事も無かったのですが、翌朝出発の時に、昼までに漁港に着きたいので、ロンタノの負担を軽くする口実で老師様の車に搭載されてしまいました。

 玄孫より年下の小娘相手に下心があるわけではなく、血族ではない若い娘と一緒にいたいだけのようです。見張り役は十六歳が二人いますしね。

 共通の話題もないと思っていたら、老師様がしょうもない話を始めました。


「儂、百越えたら急に人恋しくなってな、昔馴染みの女に一緒に住まんかと声を掛けたんじゃが、誰も良い返事をせんのじゃ」

「なんで急にそんな話を」

「嬢ちゃんは異界の知恵があるじゃろ。何か良い方法はないかの」

「ワイサイト助教授に聞いて下さい」

「お弟子が持っとるのは機械なんぞの知識で、そうした知恵はないじゃろ。あれは中身子供じゃで、興味のある事しか知ろうとせん。昔の女に好かれる方法を教えて欲しいんじゃ」


 そんなものあるわけないでしょ。


「ないですね」

「ちょっと待て、冷た過ぎやせんか」

「子育ての終わった夫婦の夫なんて、濡れ落ち葉と呼ばれてましたから」

「なんじゃそれは」

「履物の底に勝手に付いて来る落ち葉みたいに煩わしい、そんな感じの意味だったと思います」

「どんな世界だったんじゃ」

「こちらよりは男女の関係が濃かったと思います。ほとんど一夫一婦制でしたから。それでもそうなるんですよ。ここは多夫多妻制ですね。夫婦と言うのも特別親密な関係にしか使われませんよね。女に実力と経済力があれば男に頼る必要がないので、今までほったらかしにしていた男が寂しくなったからって、面倒みてやる義理はないのでは」

「嬢ちゃん、儂のこと、嫌いなんか?」


 そうだって言いたい。


「異世界の現実に基いた考察をお話ししただけです。まず、老師様と暮らしたい人を見付けるしかないです。でも、今一人でお住いなはずはありませんよね?」

「世話係はおるが、従卒と変わらん。思い返したら、儂の子種が欲しい女としか付き合っとらん。今まで切れた事がないで。まだおるけど、百超えてから断るようにしたんじゃ」

「それで気が付いたら誰にも愛されていなかったと」

「嬢ちゃん、ちと手加減してくれんか」

「物語なら、傍にいるのが当たり前で異性だと思ってなかった人に、ずっと愛してましたって告白されたりするんですけど」

「おう、その女はどこにおるんじゃ」

「異世界の、しかも作り話です」

「手加減してくれ云うたじゃろうが」


 結局、周りの女性に優しくしましょうと言うありきたりな話で終わったのですが、思っても見なかった人に愛されているかもしれないと言うのが刺さったようで、孤独な老人に間違った期待を抱かせてしまったかもしれません。


 他人事で笑ってる場合じゃないわ。遊び暮らしてたら気が付くと愛し合ってる人がいないなんて、わりとありそう。学院長の末っ子の人の事は真剣に考えましょう。

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