第15話 追跡者

「思ったより、いい映画だったね」


 映画が終わり、場内の照明が点いた


「駿介、泣いていたね」


「泣いてないよ」


「嘘。私、見たもん」


「俺、花粉症なんだよ。秋のね」


「別にいいじゃない。恥ずかしくないよ」


「だから花粉症だって。ブタクサ」


 しらばっくれて譲らない。どうしても認めたくないようだ。


「ねえ、どうして急に映画を変えたの? そんなにこれが見たかったの?」


「急にそういう気分になって。でも、勝手に変えてごめん。お詫びに、あの殺し屋の映画、今度改めて一緒に見よう。連絡先を教えてくれる?」


「私、電話持ってないから。連絡あれば雪間くんに言ってもらえれば」


「取り次ぎいるの? 花音ちゃん、その手のスマホは?」


「あの映画を急に見たくなったの? 本当に?」


「う、うん」


 口ごもり目をそらす。急に女児向けの映画を見たい気分って、どんな気分だ。もし本当なら、それはそれで大丈夫だろうか。

 それに、私のキャップを駿介はまだ返してくれなかった。目深にかぶり、人目を避けるように俯いて歩いている。


 映画館はショッピングモールの中にある。映画館を出てモールに入ったところで、女性が近づいてきた。


「あの……ちょっと、いいですか」


 三十代後半くらいの、眉の太い美人だ。デニムシャツに、黒いロングスカートを合わせていて、それがとても似合っていた。ゆるやかにカールした茶色い長い髪の先を、不安そうにしきりに指で触っている。


「うわっ」


 隣で駿介が小さくうめいたのが聞こえた。


「突然、すみません。森さんですよね? 私、ガラタの幹子みきこです」


「違います」


 駿介は私の後ろに隠れようとするように後ろに下がった。もちろん、体が大きいので全然隠れてない。


「そんな、そんなはずないです。お願いします。どうしても、もう一度、話させてほしいんです。そうでないと、私」


「すみません、俺には何もできませんから。行こう、花音ちゃん」


 駿介は私の手を取ると、泣きそうな女性の横をすり抜けて駆け出した。すれ違いざま、すがるようにこちらを見る女性と目が合った。


 のっぴきならない雰囲気だった。男女関係のもつれだろうか。駿介があの女性に手を出し、今は逃げようとしているとか?


「いいの? 知り合いじゃないの?」


「違うよ。ちょっと飲みにいったことがある店の人」


「それは知り合いでしょう。何で最初、人違いってしらばっくれたの?」


「え? 何の事?」


「とぼけないでよ。駿介、あの人に何したわけ」


「心配しなくても大丈夫。あの人とはそういうんじゃないから」


「誰が何の心配をするっていうんだ」


 ごまかそうとしているが、早足で先を急いでおり、明らかに何かを隠している。腹が立ち、駿介の手を振りほどいた。


「恋愛は自由だけど、責任はちゃんと取りなさいよ。手だけ出して、逃げ回るなんて最低」


「花音ちゃん、誤解してる。そんなことしてないって」


「だったら戻って、あの人と話してきたら? それをしないってことは、後ろめたいことがあるんでしょう」


「違うって。追いかけられて困っているのは俺の方なんだよ? こんなところまで来るなんて」


 傷ついた表情の駿介を見て、確信が揺らいだ。もしかしたら、駿介はあの人につけ回されているのだろうか。


「兄ちゃん、ちょっと待ってえ」


 男性のがなり声が響いた。振り向くと、遠くに、先程のスキンヘッドとバイクのTシャツの男性がいた。手を振りながら、こちらに向かって走ってくる。


「やばっ」


 駿介は顔色を変えた。


「逃げよう」


「何でよ?」


 私の問いは、またしても無視された。



 エスカレーターを駆け下りると、駿介は近くにあった雑貨屋に入り、奥の棚の後ろで身を縮こめた。体が大きい人が窮屈そうに肩を丸めているので、滑稽な見た目になっている。


「どういうことなの!」


 とりあえず一緒に棚の後ろに隠れて駿介を睨みつける。


「何でこんな色んな人が寄って来るの? あんた、どれだけ人気者なの?」


「いやあ、困るよねえ」


「借金? それとも駿介、あのおじさん達にも手を出したの?」


「出してないない。借金もしてない」


 駿介は苦笑いして、顔の前で手を振る。


「でも、さっきの映画を変えたのって、あのおじさん達を避けたんでしょう? 万が一に、あの人たちと劇場で会いたくないから、絶対にかち合わなそうな映画にしたんじゃないの」


 駿介は目を見張り、楽しそうに微笑んだ。


「花音ちゃん、鋭いね。ますます好きになっちゃうな」


「そういうのはいいから、事情を話して」


「……分かった、花音ちゃんには真実を言うよ」


 気取った仕草で、視線を遠くに向ける。


「実は俺、殺し屋なんだ。裏社会から追われてて……って、痛い、痛いよう」


 私は駿介の腕をぎりぎりとつねった。


「これ以上、見え透いた嘘ついたらぶっとばすからね」


「花音ちゃんが殺し屋好きだって言ったから、ちょっとふざけちゃった」


「殺し屋が好きなんじゃないし。早く吐きなさい」


「飲み屋で友達が、あのおじさん達と、ちょっともめごとを起こしたんだ。あの人達は、その友達に用事があるみたい。俺はその場にいただけ。まさか、こんなところで会うなんてね。悪いことは何もしてないよ」


「もめごとって何?」


「それはちょっと言いづらいんだけど……俺の花音ちゃんへの愛に賭けて、本当におかしなことはしていないから」


「そんな水素くらいに軽いもの賭けられても」


 ふとある考えがよぎり、不安に胸が騒いだ。


「ねえ、その友達って、雪間くんじゃないよね?」


「え? 全然違うよ」


 心底意外そうにしており、とぼけているわけではなさそうだった。

 駿介はにやりと笑った。


「花音ちゃん、森だと思って心配したの?」


 その時、私の携帯が鳴った。バッグから引っ張りだすと、画面にまさに雪間くんの名前が出ていた。

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