第12章―② “彼は誰時”
――彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。
避難所にて出会った、真文ユリンという名の女性。
キセイは彼女と話す内、どこか心にあった壁が崩壊していくのを感じた。
そしてそれは、崩壊しても良い壁。崩壊した方が良い壁だというのも理解していて――。
「ほんと、大変な世の中になっちゃいましたよね」
「え?」
不意に、彼女はそう話しかけてくる。
「いや、3年前に邪神が攻めてきてからたくさんの人が死んだじゃないですか。だから、大変な世の中になったなって」
「まぁ……そうだな。確かにその通りだ」
そう。この世界で不幸なのはキセイだけではない。
この真文ユリンも、口ぶりからして邪神に苦痛を味合わされた1人なのだろう。
「――。話しにくかったら別に話さなくても良いんだけど」
「え?」
「真文さんも、あいつらに何かされたの?」
「っ!」
「いや、邪神に対する言い方からしてそうなのかなって。あ、ほんと話しにくかったら別に話さなくても……」
「家族を殺されました」
「――っ!」
瞬間。唐突に彼女の表情は暗くなり、そんな暴露をし始める。
「わたし、お父様とお母様と3人で暮らしていたんです。きょうだいはいなくて、3人だけで家にいました。真文家の……いつも通りの日常を過ごしていると、慎次さんも知ってる通り、3年前に邪神の攻撃を喰らったんです」
話していく内、少しずつと彼女の表情は見えなくなる。
俯き続け、キセイから視線を逸らす。
「お父様とお母様は即死でした。邪神の使う魔法に傷つけられ、すぐに死んでしまった。わたしに何かを言い残す暇もなく」
「――っ!」
それはまさに、キセイと同じだった。
キセイと同じく、彼女も家族を亡くしていたのだ。大切な人を、喪っていたのだ。
「そ、そうだったんだ。……ご、ごめん。何も考えず聞いちゃって。話すの辛かったよね」
申し訳なさ気にキセイはそう言い、彼女とは反対側に視線を向けてしまう。
とてもじゃないが今はどんな顔をして良いのか分からず、つい自身の表情を見られないようにと避けてしまう。
だがそれでも彼女は視線を床から前へと向け、その次にキセイへも向け、
「いえ。大丈夫です。わたしは今、ちゃんと生きれてますから」
涙を頬に流しながら、笑顔で言い切った。
「ま、真文……さん」
キセイからしてみれば、それはまさに太陽のような笑顔だった。
眩しかった。見ていられなかった。
彼女の笑顔を見てると、自分の醜さが浮き彫りになるような気がしたから。
キセイは彼女と違う。まだ家族を喪った悪夢から完全には抜けきれていない。
ユメルとの戦いで、自分自身が未来を見る覚悟はできた。だが、いくら自分が未来を見ていようと、過去から呪いのように
あの『手紙』が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
結果。まだ慎次キセイという人間は、過去に生き続けていて――。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
突如として、横から優しい声が響く。
それは真文ユリンの声で、だがどこかその響きに懐かしさも感じて。
「きっと慎次さんは、辛い思いをされたんですね。邪神たちに、嫌なことをされたんですね」
「そ、それは……」
「だけど大丈夫。大丈夫なんです」
「大丈夫って……いったいなんでそんなことが言えるんだよ」
キセイは三角座りをし、涙目になりながら彼女を見つめる。
すると彼女はキセイの頭を撫で、母親のような暖かい笑顔を浮かばせながら。
「だって、あなたは優しいんですもん」
そう強く言い切る。
「オレが、優しい?」
「出会ってまだ数十分ですが、それでも分かります。わたしに手を伸ばして心配してくれたことこそが、何よりもの証拠です」
「そ、そんなこと。誰にだってできるだろ」
「できません。人が困ってる時に純粋な気持ちで手を差し伸べられる人なんて、実際全然いないんですよ」
「っ!」
「わたしはあなたを尊敬するし、凄い方だと思う。わたしがこれまでに見てきたどんな人よりも、凄い方だと」
「……真文、さん」
彼女は、やはり太陽のような眩しい笑顔でキセイに言葉を告げてくれる。
キセイ自身を見て、キセイそのものに賛美の声を投げ掛けてくれる。
「辛いことがあったんでしょう。わたしに話せるのなら、いっぱい話してください。いっそのことぶちまけちゃってください。それで少しでも気が楽になるなら、いくらでもどうぞ」
何度も頭を撫で、言葉を紡いでくれる。
優しい声を、暖かい眼差しを、尊い笑顔を。
「――。オレ、家族を殺されたんだ。父さんと母さんと妹を、殺されてしまったんだ。守れたのに。守りきれたかもしれないのに。殺されたんだ。それが、本当に辛くて……苦しくて……嫌だったんだ」
「うん」
「オレだって頑張ったつもりだった。3人を助けたいと、動いたつもりだった。だけど、それでも命を守れなかった。死ぬことを防げなかった。オレのせいだ。オレのせいなんだ。オレが弱いせいなんだ」
「そんなことない。あなたは強い」
「オレは弱いんだよ! オレはどこまでいっても弱くて自分のことしか考えてなくて、無責任で無力で無謀で無能で、本当に、ほんとにどうしようもないやつで……」
「そんなことない。あなたは優しい。凄い人」
「っ! ち、違う。オレはそんなんじゃなく。オレは……オレは……っ!」
「あなたは、もっと自分を大事にしてください」
「――え?」
「自分自身に価値があることを、もっとちゃんと理解した方が良い。そうすれば自分に自信が持てるようになるし、何より他人にも優しくなれる」
「優しく……?」
「えぇ。もっともっと、素晴らしい人になれる。だからまず慎次さんは、他の誰よりも『慎次キセイ』を救ってあげてください。他の人たちを助けられるようになるため、まず最初に自分を助けてあげてください」
「――――」
「あなたは、あなたが思ってる以上に素晴らしい人間です」
その言葉が決め手だった。
直後にキセイの瞳からは溢れんばかりの涙が溢れ、それは留まることを知らず流れ尽くし。
「ぁぁっ、ぁぁっ――!」
いつしか声にならない声を叫び、真文ユリンと体を寄せ合っていた。
互いが互いの傷を埋め合わせるように寄せ、かと思えば彼女は少しだけ複雑な笑顔を浮かばせ。
「実はわたし、慎次さんに言ってないことがまだあるんです」
「……え? 言ってないこと?」
「えぇ。さっきお父様とお母様が殺されたって言いましたけど、実はその他にも言ってないことがあって」
「――――」
「慎次さんが色々ぶちまけたんだし、わたしもこの際ぶちまけちゃって良いですか?」
どこか良い意味で開き直った彼女の顔を見てキセイは驚きを覚えつつも、変わらず太陽のような笑顔を出し続ける彼女を見て。
「うん、良いよ。話して。オレも全部聞くから。真文さんの全てを」
傷を持ち合う2人は、同じような笑みで同じような気持ちを共有した。
互いに、未来を見て。
▽ △ ▽
――彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。
本当に眩しく、見ていられないほど。
だがそれと同時に忘れてもいた。
太陽は、1日中空に浮かんではいないのだと。
▽ △ ▽
そこから4日が経過し、慎次キセイと真文ユリンはずっと仲が良い状態だった。
2人で同じ場所に住み、2人で同じご飯を食べ、2人で同じ屋根の下で寝て、とても幸せな時間を過ごしていた。
「ねぇねぇキセイ。わたしの置いてた鏡を知らない?」
「え? 鏡?」
そんなある日。キセイが住む地下の穴蔵にて、2人はそのようなやり取りを交わす。
「うん。確か布団の上に置いてたはずなんだけど」
「ユリンの布団の上にか?」
「そう。だけどどこにも無くて……失くしちゃったのかも」
ユリンはあからさまに落胆の様子を見せ、その場で座り込む。
「――。そんなに大事なのか? あの鏡は」
「もちろん! あれは昔から持ってる大切な物なの! だから失くしたくなかったんだけど……」
いつも元気な彼女にしては珍しく、本当に落ち込んでいて残念そうな姿を見せる。
「――――」
だからこそ、キセイはそっと立ち上がったと思えば。
「オレが探しに行くよ」
「え?」
「いや、昨日避難所に行っただろ? もしかしたらあの時に落としたのかも。結構小さい手鏡だし、あり得るだろ」
「確かに……」
「だから取りに行く。ユリンは家に残って別の場所を探し続けといてくれ」
「分かった!」
そう元気に言い、ユリンは親指を上げてキセイに笑顔を見せる。
「――。うん。やっぱりユリンには笑顔が似合うな」
「え?」
「いや、ただ本心を言っただけだ。ユリンは笑ってる方が良いし、何よりもかわ……」
「……何よりも?」
途端にキセイの言葉が詰まったので、ユリンはその先を知るべく顔を覗き込ませるが。
「な、なんでもねぇ! それじゃあ行ってくるから!」
「え? あ、あぁうん。いってらっしゃい」
その言葉は最後まで言い切られることがなく、2人は別れた。
キセイは梯子をつたって地上へ登り、手鏡を探しに行く。
▽ △ ▽
「お、あったあった」
近所の避難所に到着する。
そしてキセイはしばらく辺りを見回し、するとユリンが持ち続けている手鏡を発見した。
「良かった。やっぱ昨日落としてたんだな」
きっと、昨日一緒に配給を受け取りにきた際落としたのだろう。
無事に見つかり、キセイは胸を撫で下ろすのと同時に。
「……なんか、人いなくね?」
その避難所の中に、どことなく違和感を感じる。
いつもなら、どんな時でもここには5人程度の人間がいる。自分の住処を持っていない人たちが集まり、ここで邪神からの脅威を免れている。
3年前と比べればかなり落ち着いたが、今でも邪神は稀に地上へ降りてきて人間に危害を加えているのだ。
だからこそ人々は地上に住むことをやめ、こうした避難所も地下に設けられているのだが。
「誰もいなさすぎる」
異常なほどに、人が消えていた。
この避難所から人が一切いなくなるなどあり得ない。普通じゃない光景だ。
「――――」
嫌な予感がした。
キセイの鼓動は次第に高鳴り始め、止まることはない。
ずっと落ち着かず、すぐさま走りだす。
「はぁ、っ! っ、は、ぁ!」
走る。地上へ登り、自身の住処へ。
ユリンがいるところまで全速力で走る。
「は、っ! ぁ、あはっ、っ!」
これまでに出したことのないような速度で走りきる。
足の疲労など考えない。体力の限界など気にしない。今はただ、ユリンのことだけを想って。
まだ伝えていない、ユリンへの本当の気持ちを伝えるために走って――。
「ヒヒヒ。おかえり、慎次キセイ」
家に着くと、真文ユリンは骨の髄まで焼き尽くされていた。
「――は?」
そこには邪神であるアツマがいて、彼は両手に宿す『炎拳』で真文ユリンの全てを焦がしていて、
「ぃ……せぃ」
最期の最後。ユリンは口を開き、それだけを言い残して消滅する。
焼死体どころか、この世に影も形も残さず消え去る。
「――――」
キセイは、それを見ていることしかできない。
あの日。家族を喪った時と同じように、ただ好きな人の死に逝く様を眺めてることしかできなくて。
「ヒヒヒ。いい女と仲良くなったじゃねぇか、慎次キセイ。ま、もう消えちまったがな」
ユリンを殺し、『慎次キセイ』の新たな人生の始まりを遮った張本人であるアツマは愉快そうに笑い。
「――殺す」
復讐の怨嗟に駆られた青年は、それだけを告げる。
もうどこにも、太陽のような笑顔は存在していなかった。
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