第9章 “生きる理由”

「……キ、キセイくん?」


「おう、オレだ。待たせちまったな」


 驚きながら目の前の人間を見つめるミライに対し、体中に雷を纏わせ仁王立ちでその場に立つキセイは返事をし、口の端を緩める。


「夢から覚めることができたのね。ユメルの夢から」


「まあな。正直もっといたいとも思えたけど、託されたから」


「――? 託された? 誰に?」


「え? あぁ、いや。こっちの話だ」


 キセイはそう言ってミライの側に立ち、ふと後ろを見る。

 自分が眠っている間、ずっと側にいてくれてた友人の顔を見つめる。


「シンタもありがとな。まさか逃げずにいたとは」


「ま、まあな。なんかよく分かんねぇ状況だったけど、逃げずにいたぜ! もっと褒めてくれ!」


「ったく。相変わらず調子の良いやつ」


 いつものようなやり取りを交わし、友人の無事も確かめ。


「んで、あいつが邪神か」


「そうね。邪神のユメルよ」


 睨みながら発したキセイの言葉に、ミライが答える。

 清神ミライ人間キセイに見つめられ、ユメルは実に面倒くさそうにため息を吐いたと思えば。


「ほんっとうに面倒です。戦うのはミライさんだけで済むと思ったのに。まさか、イエローストーンに触れた人間とまで戦うなんて。しんど」


「はっ。なんだ、オレたちには勝てねぇってのか?」


 キセイはあえて強い口調で言い放ち、ユメルはそれに対して数秒間黙り込んだ後。


「――いえ、勝てます。勝つことはできますが、いかんせん時間がかかるということです。めんどくさ」


 すぐさま自身の体の周りに6つの『黒玉』を出現させ、戦う姿勢を取った。


「キセイくん、気を付けて! あの『黒玉』は1つでもかなり大きな威力があるから。なんとか当たらないよう避けて、ユメル本人にダメージを与えるの!」


「んだそのゲームみたいなギミックは。……まぁ、やるしかねぇけど」


 手の平から『氷剣』を生み出しながら忠告するミライへ、体中の『雷光』を拳に集中させるキセイは答える。


 ――戦う。とにかく戦う。

 色々とウダウダ考えるのは後回しだ。今、キセイにできることは戦うのみ。

 目の前の邪神ユメルと、命をかけて戦うのみ。


「よし」


 一言、誰にも聞こえないようなか細い声でキセイはそう呟いたと思えば、ミライと共に走り出す。前へと攻撃を仕掛ける。

 その背後。先ほどまでいた友人のシンタがいつの間にかいなくなっていることに、気づかないまま。



 ▽ △ ▽



「はぁァァ――っ」


 殴る。雷を纏った拳を前に突き出し、キセイはユメルに殴りかかるが。


「っく」


 その前に『黒玉』は動き、キセイの顔面に攻撃を入れるべく進む。

 一直線に進み、避けられない距離まで訪れ、


「させない!」


 しかしミライが割って入り、『氷剣』で斬り刻む。

 『黒玉』の3つを斬り、残りの3つはキセイが『雷光』で破壊する。

 ユメル本人に拳は当てられなかったが、それでも彼の攻撃手段を奪えた。だからこそキセイは一気に距離を詰め、後退るユメルの真正面まで走り、


「おらァ!」


 殴る。今度こそ突き出した拳はユメルの顔面に当たり、悲痛な声を漏らさせるが。


「なっ」


 突如、キセイの横腹に尋常ではない痛みが訪れる。

 その痛みの正体は、ユメルが新たに生み出した3つの『黒玉』だ。


「キセイくん!」


 後ろからミライが叫び駆け寄ってくるが、それよりも早くキセイは体を邪神の神能によって押され、真横に吹っ飛ぶ。

 集会所の壁に激突し、更なる痛みを味わう。


「っく、……そぉ」


 体中が悲鳴をあげながらも、なんとかキセイは立ち上がり前を見つめる。

 足に力を入れ、踏ん張り、見る。すると既にユメルは体勢を立て直し、ミライと激突していた。

 『氷剣』と『黒玉』は互いに交差し、神同士の激戦が繰り広げられている。


 まるで、この場に慎次キセイなどいらないと。そう言わんばかりに。


「……っく」


 分かっていたことだ。いくら黄色の石に触れて身体能力が上がったとはいえ、キセイが戦うのには限界がある。

 何故なら、元々キセイはただの人間だったからだ。喧嘩もろくにしたことが無いし、スポーツも上手ではない。

 邪神が攻めてくる前や後も、石に触れるまではどこにでもいるただの人間だった。


 そんな者の身体能力が上がろうが、急に戦闘スキルは高まらない。

 邪神に勝つことなど、あり得ない。


「――――」


 ならば、潔く負けを認めるのか。

 あとは清神に戦いを任せ、自分は傍観者となるのか。

 否、違うだろう。キセイは、キセイだけはそのようなことをしてはダメだろう。


 家族を死なせ、守ることのできなかった慎次キセイには、逃げることなど許されない。

 戦いを放棄することなど、許されてはいけないはずだ。


「っ!」


 そんなことを思っている間にも、目の前の戦いは変化を遂げる。

 ミライが吹き飛ばされた。『黒玉』によって飛ばされ、更に新たな『黒玉』が追い討ちをかける。


「――っ!」


 だからこそ、キセイは走った。

 共に戦うミライを守るため。自分キセイに託してくれた自分のため。

 走り、走って、ユメルに『雷光』の拳をぶつけようとして。


「眠ってください。憂鬱」


 瞬間。またもキセイは眠った。

 数十分前と同じだ。突如として意識が薄れていき、立つこともままならなくなり、眠気が襲ってきて――。


「さっきはどうやって目覚めたのか知りませんが、今度こそちゃんと眠ってください。ミライさんと決着を付けた後、しっかり楽に殺してあげますから。しんど」


 最後にその言葉が耳に入り、『悪夢』へ誘われる。

 キセイは、再び現実の外側へと放り出される。



 ▼ ▲ ▼



 ァ!」



 ▽ △ ▽



「りゃァア! 喰らいやがれぇ!」


「――は?」


 慎次キセイは眠ったと思われた直後、まるで何事もなかったかのように再び目蓋を開け腰を上げ、殴りかかる。


「っく!」


 それを咄嗟のところでユメルは避け、そして。


「もう一度眠ってください。憂鬱」


 更なる『悪夢』を与える。


「つ、しま――」


 ユメルの手の平から放たれる夢への切符。キセイはそれを三度喰らい、膝から崩れ落ちた。



 ▼ ▲ ▼



 っっあァ!」



 ▽ △ ▽



「まだまだぁ!」


「はっ!?」


 目覚める。目を閉じた1秒後にキセイは目を開け、何度もユメルに殴りかかる。


「ど、どうして……神能が効かないのですか。憂鬱!」


「は? 何言ってんだ。ちゃんと効いて――」


 その言葉の最中、またもキセイは足の力を緩めて眠りに入る。



 ▼ ▲ ▼



 ァァっっあァ!」



 ▽ △ ▽



「だから無駄だって言って――」


「ひぃっ! 憂鬱!」


 目覚めるキセイに、焦るユメルが神能を放つ。



 ▼ ▲ ▼



 がァァっっあァ!」



 ▽ △ ▽



「オレは何度でも諦めね――」


「う、嘘だ! 眠れ! 憂鬱!」


 目覚めるキセイに、焦るユメルが神能を放つ。



 ▼ ▲ ▼



「ぁがァァっっあァ!」



 ▽ △ ▽



「こんな神能、簡単に破れ――」


「憂鬱ッッ!」


 目覚めるキセイに、焦るユメルが神能を放つ。



 ▼ ▲ ▼






 ▽ △ ▽





 ▼ ▲ ▼




 ▽ △ ▽



 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼


 ▽ △ ▽


 ▼ ▲ ▼



「――。――は?」


 目が覚める。するとそこは、見慣れた光景だった。


「あ、お兄ちゃんおはよう!」

「おうキセイ、よく寝れたか?」

「朝ごはんできたわよ、キセイ」


 父、母、妹の3人が朝の挨拶を交わし、家のリビングにてそれぞれ支度をしている。

 学校へ行く準備。仕事に行く準備。買い物に行く準備。

 それぞれがそれぞれでやるべきことをするため、身なりを整えて――。


「お兄ちゃん。一緒に行こう?」


 妹のアイリは手を差し伸べてくる。

 共に学校へ行こうと、その綺麗な手をキセイに向けて真っ直ぐ伸ばす。


「――――」


 キセイは、いつの間にか制服へと着替えていた。

 パジャマから見慣れた服に姿を変え、手には鞄まである。準備万端の姿で、いつでもこの家を出られる。


「キセイ、どうしたんだ? 父さんと一緒に学校でも行くか?」


 父は冗談混じりに優しく声をかけてくれる。


「キセイ、いってらっしゃい。今日もめいっぱい学校楽しんできてね」


 母は満面の笑みで温かく声をかけてくれる。


「お兄ちゃん、大好きだよ。ずっと側にいてね? お兄ちゃんさえいてくれたら、あとは何もいらないから」


 妹は可愛げな表情で愛くるしく声をかけてくれる。


 優しい家族が、優しい慎次家が、キセイをこの家から出そうと声をかけてくる。

 外に――何も見えない透明の外に行かせようと。


「……アイリ、ごめん。オレは行けない」


「え?」


「お兄ちゃんはな。学校よりも行かなきゃ行けない場所があるんだ。だから、ごめんな」


「な、何を言ってるの? お兄ちゃんが行くべきなのは学校だよ? 当たり前にある極普通の日常だよ? それ以外に行くところなんて……」


「あるんだ。オレが行かなきゃ行けない場所が。オレが行って、あの清神と共に戦わなきゃならない場所が」


「そ、そんなの……」


「本当にごめんアイリ。悪いと思ってる。申し訳ないと本気で思ってる。けどごめん。もう、ここにはいられない」


 この、夢の世界にはいられない。


「――っ」


 だからこそ、慎次キセイは心を決めた。

 自らで自らの命を絶つ、心を。


「ぁがァァっあァ!」


 そう。この『悪夢』から脱出する唯一の方法、それは自決だ。

 夢の中で自分を殺せば、現実に帰ることができる。キセイはそれを本能で理解した。


 そうなると話は早い。キセイは夢の中でも使える黄色の石の能力――『雷光』を使い、自身の体を焦がす。

 息ができなくなるまで。体中の機能が停止するまで自分自身に雷の攻撃を与え続け、自決するのだ。

 当然痛い。尋常ではない痛みがキセイを襲う。


 だが、その痛みは最早痛くなどない。


 なんたって、その『痛み』を喰らうのは自分だけなのだから。

 これが清神や友人のシンタにまで与えられるのなら攻撃を躊躇するが、この『雷光』によって猛烈な痛みを喰らうのは自分だけだ。

 ならばそれに耐えることなど余りにも余裕で、実に簡単な手段である。


 では、何が苦しいか。この『悪夢』の何がキセイを苦しめているのか。答えは明白。


「――お兄ちゃん!」


 幻想の家族。この存在こそキセイが苦しむ理由であり、現実に帰りたくない理由。

 しかし、それももう。


自分あいつが、託してくれたんだ」


 だから進む。自らで力を行使し、現実に帰る。


「お兄ちゃん、行かないで! どうしてそんなに辛い現実へ帰ろうとするの!? 現実なんて醜くて辛いだけ! じゃあずっと夢の世界にいた方が幸せじゃん!」


「――――」


「地獄より天国にいた方が良いに決まってる! 嫌なことばかりの世界で生きていく必要はない! 楽しいだけの幸せな世界で生きていけばいい! ねぇ、だからさぁ。お兄ちゃん!」


「――アイリ」


「っ! お兄……ちゃん?」


「オレは、な……」


 託してくれた。それ以外にも、キセイが現実に帰らなければならない理由はある。


「まだ、見てないんだ」


 自身に強威力の雷を当て、骨や肉を焦がしながら叫ぶ。


「まだ、見ることができてないんだ!」


 内臓を、魂を、傷つけながら叫ぶ。


「あの『手紙』を、まだ見れてねぇんだよ!」


 1年前、家族を失ってから残り続ける現実世界の『手紙』を見ることができていない。

 それこそキセイの心残りであり、現実に帰る理由でもあり。


「オレが、生きる理由だ!」


 そうして、慎次キセイは死ぬ。

 全身を黒焦げにして悲惨な死を遂げ――。



 ▽ △ ▽



 現実へと、帰還する。

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