- 華浅葱 -

愛澤 ゐ猫

- 明治十八年 東京


 「藤さん?」


 花の東京。人でごった返す新橋停車場。ここは文明開花のど真ん中。

それなのに、彼女の横顔を見つけた途端、私の心はあっという間あの幕末の京へとたち戻っていた。


 「え、なつめちゃん?」

人の流れに逆らいながら振り返ったのはやはりお藤さんだった。年を重ねた跡はあるが、あの瓜ざね顔は今も変わらない。

「いやだ。何年ぶりかしら」

笑いながら私に駆け寄る顔が、高台寺の夕焼け空の下で見たあの姿と重なる。

「こんな所で会うなんて。棗ちゃん、東京に住んでいるの」

「ううん、住まいは大阪。今日は、主人の用事で」

“主人”という言葉が上手く出てこなかったのは、どうしてだろうか。

もう、“それ”は過去のことなのに。

「……そう。幸せ、なのね」

自分自身に首を傾げていた私は、どこかを見つめ低く呟くお藤さんにつられ空へと目を向ける。


 今は新しい暦でいう五月。

あの方達と出会ったのも、こんな季節だった。


 あれは、花残月。幕末の京。


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