傾国鳥の蹴爪

powy

第一部 百姓のこせがれ

第一章 盗賊と幽霊 其ノ一


 黄昏にはまだ早い。

 日差しは鈍い刃となって小鉄こてつの首根を刺すものの、断ち切ってくれはしない。

 ――首を落としてくれ、早く。

 小鉄の祈りとは裏腹に、隣にいる盗賊一味の頭、赤銅せきどうが声を上げる。

「助けてくれ! 俺は盗賊などではない、だまされただけなのだ!」

 叫び続けて声をらしているのは赤銅だけではない。さらし場に並ぶ、小鉄以外の一味全員が「死にたくない」とわめき続けて二日になる。今日、が傾き始めてからは泣き声に変わった。

 須原国すばるのくにでは、盗賊は二日間晒し者にされ、日没と同時に斬首刑と決まっている。一味の中で小鉄一人だけが、その時を待ち望んでいる。


「おめえは物覚えがよく、機転が利く。良い盗賊の条件が揃った良い餓鬼がきだ」

 幼かった小鉄を初めて褒めてくれた大人が、赤銅だった。

 小鉄には、親などというものは最初からない。物心ついた頃には根っからの度胸と丈夫な体を元手もとでに、りの腕と泥水で自分を育てており、十三で盗賊の一味となったのはごく自然な流れだった。

 憧れの盗賊頭に褒められるのが嬉しくて、小さかった体を大人の入れぬ隙間に隠して盗み聞きをし、丁稚でっちに化けて商家に潜り込み、路上で鍛えた腕前で番頭の腰元から金蔵の鍵をかすめ取り、晩には裏戸から一味を引き込んだ。

 自分を拾ってくれた赤銅に心から憧れた。警備兵を恐れず、手下を引き連れて悪事を働き、女をはべらせて酒を飲む姿は、男の中の男に見えた。立ち振る舞いや言葉使い、着物の着崩し方から髪型までも真似た。常にそばに貼りついて真面目にこつこつと悪事を一つずつ覚え、盗みの腕を磨いた。

 五年も経つと、体格も腕っ節も人並み以上、一人前の盗賊となり、赤銅の隣で女を侍らせて酒を飲むようになった。

「小鉄よ、俺は須原の王になるぞ」

 赤銅がそう言うのだから、本当に赤銅は王になるのだと信じて疑わなかった。

 だがそれは、二日前までの話である。

 盗賊赤銅とその一味は、隠れ宿にいたところを警備兵に取り囲まれ一網打尽いちもうだじん、全員がおなわとなったのだ。

「助けてくれ、俺は盗賊などではない、騙されて、脅されてここにいただけなのだ!」

 宿から引きずり出された赤銅が叫んだ時、小鉄の世界が崩れた。憧れの人が無様ぶざまに言い逃れする姿によって、小鉄が生きる世界の軸がぽきりと、折れてしまったのである。

 その後はがん字がらめに縄をかけられる間も、他の隠れ家や関わりのあった者について吐けと殴られ続けている間も、晒し者となっている今この時も、小鉄は自分も含めて全員の首を早く落としてくれと祈り続けている。

 今日になってから、盗賊たちがわめきちらす内容は

「俺を買ってくれ、買ってくれたら何でもする!」

 と、変わった。

 捕らえられた盗賊が斬首刑を逃れる方法が一つだけある。晒されている間に買い手がついた場合だ。盗賊一人当たり、須原すばるこう金貨一枚から三枚。決して安い買い物ではない。そして当然のことながら甲金貨を出してまで盗賊を買う者など、いない。

 刑場に集まった野次馬は皆、首切りを見に集まっているのであって、金を出す者などいる訳がない。それすらわからないのかと、小鉄の中の絶望感が強くなる。

 だが、野次馬の中から声があがった。

「買い手だ、買い手が出たぞ!」

 一体どんな奴が盗賊などを買うのかと顔を上げてみると、一人の兵が、役人と話しているのが見える。よろいにぶく輝き、青漆せいしつあつらえられたさやに収まる太刀たちめい入りに違いなく、明らかに片田舎の警備兵とは様子が違っている。

 打ち首前の盗賊を買って立派な太刀の試し切りにでもするのだろうかと小鉄は思ったが、赤銅と兄貴分たちはそう思わなかったらしく、

「俺を買ってくれ、俺を!」

 と、喚く声が一層大きくなった。

 買い手の兵士と役人が、盗賊たちの前へと歩いてくる。兵士の表情は整った仮面のように冷たい。無表情なのだが、なぜか不機嫌なのがはっきりと伝わってくる。まだ、若い。

 二人は、小鉄の前に立つ。役人が尋ねた。

閻魔籤えんまくじ条件は」

「片目、片耳、指四本。それ以上またはその他であればいらぬ」

 買い手がついても、無傷で斬首をまぬがれるわけではない。買い手が「閻魔籤」と呼ばれるくじを引き、引いたくじ札に書かれた体の一部を、首の替わりに差し出すこととなっている。

 腕や手足を切られては重労働に就かせられないので、買い手は切り落とされる箇所によっては引き取らないと、事前に条件を提示できる。

 

 日没、くじを引いた若い兵は自ら剣を抜く。赤銅と兄貴分たちのねたみとそねみの込められた視線と罵声が飛び交う中、小鉄の左耳が切り落とされた。


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