サークルアンドエコー

shomin shinkai

第1話 羽根

 ちょうどその日は曇っていて、最高のプール日和だった。

 奇跡的に部活が休みだった私は、ソフト部の友達たちと一緒に遠出してプールへと遊びにいっていた。最近は曇る日など滅多になかったからか、屋外プールはぎゅうぎゅうに混んでいて、私は瞬く間に友達とは離れ離れになってしまった。

 その時だった。

 上空で何かが爆発した。灰色と水色が混ざり合った空で、ポップコーンが爆ぜるみたいに軽やかな音がしたのを覚えている。プールに夢中だった人々は音がしても無視して遊ぼうとしていたが、場内アナウンスが鳴り響いて初めてその事態の恐ろしさを把握した。

「本施設の上空で宇宙船が爆破しました。残骸が降ってくる可能性がありますので、直ちに建物内に避難してください」

 途端に水着姿の群衆は一斉に悲鳴を上げてプールから飛び出てあちらこちらへと走り回った。誘導員の指示など誰も聞いていない。ざらざらした地面で転んで膝をすりむく子どもがいたり、せっかくプールから這い上がれたのに逃げ惑う人の肘打ちを喰らって再びプールに落下する老人がいたり。

 そう言って他人を笑い者にしている私だけれど、その時には正気を失って暴れ回る愚か者の一人だった。大人しく逃げるべきだったのに、私は友達を探して屋外プールをひたすらに走り回っていたのだ。軽いパニックに陥っていたのだろう。建物の中に人が吸い込まれていく。けれど私は閑散とし始めたプールのへりをずっとウロウロしていた。パニックとはいえ、不可解な行為だ。

 でも、そのおかげで私は彼女と出会うことができた。結果論だけれど、彼女を探して私は外を徘徊していたのかもしれない。いよいよ宇宙船の残骸が水面に降り注ぎ始めた、そんな危ない最中の出来事。

 流れるプールがあった。上から見るとドーナツの形をしており、水流が同じ方向に一定の速度でぐるぐると円を描いている。先ほどまでは人がスーパーボールすくいの如くひしめいていた。名残の浮き輪がまだプカプカと漂っている。

 そのプールのへりに座り、両足を流れる水に突っ込んでのんびりとしている一人の女の子がいた。私と同年代だろうか。

 自分の足元に焼け焦げた宇宙船の破片が落ちてきた。私は落ちた瞬間に声を上げて飛び跳ねた。頭に落ちていたら気づかぬうちに死んでいただろう。上からは次々に大小様々な宇宙船の死骸が落下してきていた。

 私には、回れ右して屋内に逃げる選択肢はなかった。目はどうしても彼女から離れなくなり、歩みは一歩一歩とプールの方へ近づいた。

 彼女の長い髪は淡い金色をしていた。肌の色が限りなく白に近いので、淡いとはいえ髪と肌のコントラストが美しく際立っていた。背筋はまっすぐ。背骨から指の先にまで針金が入っているかのような、直線だけで構成された姿勢だ。音を立てて近くに落下する破片には気を留めずに、清涼な水色の瞳で円形プールの反対側をじっと見つめている。

「危ないよ! 逃げないと!」

 私は彼女の肩を突然掴んで叫んだが、彼女は驚くこともなく、ゆったりとした動作で振り返った。

「死んでもいいのよ」

 声すらも透き通っていたが、内容は私を瞬時に腹立たせた。

「はぁ? ダメでしょ、死んだら」

「正確には、死んだ方がマシかもしれない、と思ってる」

「違いがわからない」

「それに、宇宙船に乗っていた人は死んでいるもの」

 自分で言うのもアレだけど、私はとても馬鹿だから、彼女の言葉に頭が追いつかなかった。

「……何が言いたいのよ!」

 私が叫びながら上を見上げると、私たちだけを目指して落下してくる巨大な残骸を発見した。

 ヤバい! 思考はその単語だけを発し機能を停止させたが、さすが運動はできる私、体は死の危機から離脱するために勝手に動いてくれた。

 私の両手が、つついただけで折れてしまいそうなその女の子の細い体を抱きしめ、私の両足が地面を力強く押した。

 二人はプールにもろとも落下し、水中に溶け込んだ。残骸は私たちのすぐ横の陸地で大破し、飛び散った細かな破片が水の世界にも幾重の筋を伸ばしてきた。

 限界まで息を止め、危険が去ったと判断した私は水から顔を出した。私はともかく、女の子は水を結構飲んでしまったようでむせかえっていた。背中をさすってあげて息を整えさせる。

 雨のように残骸は降り注ぎ、水面をドバドバと打ち鳴らした。火を纏って落ちる破片もあったり、恐竜を絶滅に追いやった巨大隕石のようなサイズの残骸もあった。汚く危ない雨は暫く続いた。どこかのタイミングで私たちにそのどれかが当たっても何の不思議はなかったけれど、害のない小石以外が私たちの頭を叩くことはなかった。

 私たちは流れるプールをゆったりと流れていた。水流に沿って、丸く、丸く……。

 せき込むのをやめ、ようやく息が整った女の子。てっきり私に感謝の言葉を投げかけてくれるのかなと思いきや、開口一番、彼女は悲痛に満ちた声でこう言った。

「また回り始めてしまった。どうせまた戻ってしまうのに!」

 意味が分からなさ過ぎて、私は死が間近にある状況にも関わらず、ヤレヤレと頭を振った。

「ミステリアス系清楚美女……」

 既にサークルは形作られ、私たちはその渦に流されてはいたものの、まだそれはぼんやりと、不完全なものだった。

 かつて宇宙船だったゴミは全て地面に落ち尽き、その衝突音の代わりに人々のやかましい奇声が聞こえてきた。

「環菜!」

 友達が私の名前を呼ぶのが聞こえた。心配そうな声をしている。私は大声で呼び返し、一緒にプールを流れている女の子をもう一度見つめた。女の子は私のことを既に忘れているような目つきだった。髪は水に濡れてより一段と美しく、艶やかだ。どこかでモデルか女優でもやっているのかな、と私は無意識のうちに思っていた。女の子が何も言わないので、私も何も言わずにプールから出た。女の子は流れるプールの流れに逆らって泳いでいた。変な人もいるんだな、と私。女の子への興味は依然として続いていたが、次の瞬間には友達たちが泣きながら抱き着いてきて、私は今までの自分に戻っていた。

 後からニュースを見て驚いた。今回空中分解した宇宙船は、地球の軌道を回る観光用宇宙船ではなく、宇宙ステーションに物資を送る貨物用宇宙船でもなく、火星に移住する初めての人々を輸送する記念すべき第一号の宇宙船だったというのだ。もし彼らが無事に火星に到達していたら、ついに人類は二つの惑星を住処にすることができていたかもしれない。誰かに爆破されたのか、それともただの事故なのか。真相は明らかにされていない。 

 今やロケットだの宇宙船だのは珍しくない時代だ。私の感覚に過ぎないけれど、空を見上げて浮かんでいる物体の半分以上は宇宙船だ。飛行機の方が逆に見ない。とはいえ、宇宙船の九割は無人船。地上から見上げてどれが有人宇宙船だと見分けられるはずがない。


 私とエリーはこうして出会った。その時はまだ、エリーが全てを知っていて、私は何も知らなかった。私のサークルはここが始まりだと思う。もちろん、私たちのサークルの始まりでもあるね。





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