第8話 マジックポーチは超高級品

 レファーナは私をアトリエに招き入れると、仕事の手を止めてテーブルへと案内してくれた。


 そして私を椅子に座らせると、お茶の用意までしてくれる。先ほど攻撃してきたのがウソのような好待遇ぶりだ。


「飲め、東の国から取り寄せたハーブティーじゃ」

「あ、ありがとうございます」

「……で、お主はなんの用でここに来たのじゃ?」


 さっさと用件を話せ、と頬杖しながら聞いてくる。


「実はですねっ、レファーナさんにマジックポーチを作って欲しいんです!」

「マジックポーチか、いいじゃろう」

「えっ、本当に作れるんですか!?」

「もちろんじゃ。アチシの縫製師レベルは60じゃ、他愛もないわい」

「すごいっ! それでお代はいくらになりますか?」

「4000万クリルじゃ」

「よ、よんせんまんっ!?」


 予想していた数倍の金額を提示され、思わず聞き返してしまう。


「当然じゃろう。マジックポーチは空間圧縮収納魔術を、持ち運び可能に納めるSSランクの魔道具じゃ。そんな簡単に作れるわけなかろう?」


 返す言葉もない。私が口を閉ざしていると、レファーナは目を細めてからかうような口調でこう告げる。


「無理なら背伸びはせず、適当な収納袋でガマンしておくのじゃな。ああ、もしくはこっちの失敗作を買ってくれ」


 レファーナが机に視線を向けたまま、近くにあったポーチを片手で持ち上げる。


「失敗作じゃが幌馬車ほろばしゃ一杯分は収納できる。こっちであれば……そうじゃな、1000万クリルで売ってもよかろう」

「そ、それでも1000万クリルですか!?」

「当然じゃろ。このサイズで幌馬車が不要になるのじゃ、欲しい商人はごまんといるじゃろう」

「確かにそうかもしれませんけどぉ」

「値段を聞いて即決そっけつできないなら止めておけ。不相応な買い物を身を滅ぼすぞ?」

「ぐっ……!」


 レファーナの言うことは、至極もっともだ。


 だが、私はマジックポーチをあきらめられない。


 スティールアンドアウェイの無限周回に耐えられるのは、無限の胃袋と重さを無視できるマジックポーチだけ。


 それにマジックポーチは本来、チュートリアルで手に入る物だ。つまりそれを持ってない私は……クラジャンプレーヤー失格だということだ!


 そんなの耐えられない。


 転生前の私にとってクラジャンは人生であり、人権であり、呼吸だった。


 マジックポーチを持たずに世界を謳歌おうかするなどあり得ない、クラジャン廃人の名折れである。


 ……ていうか勇者と聖女は4000万クリルの品をタダでもらってたの? いくらなんでも優遇が過ぎるでしょ!


 だが悔しがっていても仕方ない。


 4000万クリルは手の届かない額じゃない。単純計算すればベビードラゴン相手に230時間盗み続ければいいだけだ。寝なければ十日で達成できる、なんだ余裕じゃん。


「とりあえず今は引き下がります、でも待っててくださいね? 必ず4000万クリル、耳を揃えて持って来ますからねーーーっ!」


 と、私は小悪党っぽい捨てゼリフを吐きながら、レファーナのアトリエを後にするのだった。




***




 それから軽く昼食を取った後、私は冒険者ギルドに戻った。すると推しの大天使ガーネットが、こちらに向かって手を振ってくれた。


「リオさーん、ちょうどいいところに来てくれましたね!」

「お疲れ様ですっ。猛毒草の検品はもう終わってます?」

「はいっ。よければ依頼達成の手続きを済ませてしまいましょう!」

「お願いします!」


 まずは結果報告から。


 私が持ち帰った猛毒草は全部で743たばあったらしい。つまり金額は――


「1束3000クリルでの買取となりますので、お渡しできる報酬額は……なんとなんと、222万9000クリルになりますっ!」

「あっ、はい。ありがとうございます」


(八時間の草むしりで約223万クリルかぁ。ベビドラ先生よりは稼げるけど、草むしりのほうが重労働なんだよねえ)


 昨日、筋骨隆々亭で一ヶ月分の宿泊費24万クリルを先払いした。


 そこに手持ち金をあわせると353万6000クリル、4000万はまだ遠い。


 と、私が考え込んでいるとガーネットが不思議そうな顔をしていた。


「……どうしたんですか、ガーネットさん?」

「い、いえ。クエスト報酬がこんなにたくさん出たのに、あまり嬉しそうでもないなぁと思って」

「えっ!? い、いや、そんなことないですよ! 驚きで言葉を失っちゃっただけです!」


 おっと、いけない。私はクエストを受け始めたばかりのFランク冒険者だった。


 クエストと関係ないところで150万クリルを稼いだせいで、つい感覚がマヒしていた。


 相場で言えばDランクの討伐クエストでも、せいぜい10万クリルもらえるかどうかだ。それなのに220万クリルも受け取って平然としてるなんてありえない、不自然すぎる。


 これから報酬を受け通る際は、大げさなくらい喜んだほうがいいかもね。


「そしてこちらが新しいライセンスです。リオさんは本日をもってFランク冒険者から……Dランク冒険者に昇格しました!」

「えっ、飛び級ですか?」

「あんなにたくさんの猛毒草を持ち帰ってくれたんです、当然ですよ!」


 採集クエストでは採集量によって、冒険者ランクの昇格ポイントも変化する。


 10束でも御の字と言われていた猛毒草を、743束も持ち帰ったのだ。飛び級になるのも当然かもしれない。


 しかも普通の冒険者にとってみれば、猛毒草の採集はなかなかの大仕事だ。


 私はただ草むしりをしてればいいだけだが、普通は採集中に魔物との戦闘も発生する。私は知らず知らずのうちに、昇格ポイント的にも美味しいクエストを選んでいたらしい。


(……草むしりは大変だけど、これなら猛毒草の無限周回も悪くないかも?)


 お金も昇格ポイントも稼げるなら、しばらくこのクエストを続けていいかもしれない。しばらくはしんどい毎日が続くけど、それでマジックポーチが手に入るなら最終的にはプラスになる!


「ねえ、ガーネットさん。次も猛毒草採集のクエストに挑戦してもいいですかっ!?」

「ごめんなさい。猛毒草の採集は前回の分で終わりなんです」

「えっ!? 採集クエストって常に募集してるんじゃないんですかっ?」

「基本はそうなんですけど……今日リオさんが持ってきた分で、必要量の一年分くらい集まっちゃいましたから」


(必要量!? つまり現実のクラジャンには、ちゃんと需要じゅよう供給きょうきゅうがあるってこと!?)


 思わぬ落とし穴に頭を抱える。


 すると単純に同じ物を集め続ければ、というわけにもいかなくなった。ベビドラ先生のウロコやツメだって、持ち込み続ければいつかは買い取れないと言われるかもしれない。


 一瞬でも手が届きそうだと思えたマジックポーチの姿が、また遠く霞んで行ってしまう。


(くっ! あきらめるな、考えろっ! 私はこの世界を何千時間もプレーしたクラジャン廃人だぞっ!)


 別のクエストを探し求め、腕組みしながら掲示板に向かって行く。


 だが手頃な採集クエストは見つけられない。すると討伐クエストに参加し、そこで報酬を稼いでいくしかない。


 今日まで必要に迫られなかったので、才能レベルはまったく上げてない。だがレベル1のソロ盗賊ではFランクの討伐クエストすら達成できないだろう。


 少しでも攻撃力を上げるために、なにか強い武器でも買う?


 それとも強いパーティに混ぜてもらって、介護してもらいながら戦闘に参加?


 いや、違う。


 才能レベルを上げるのは稼ぐ手段であって、目的じゃない。でもさすがにそろそろレベル上げも念頭に……


 色々なアイデアが浮かんでは消えていく。だがどのアイデアもパッとせず、悩めば悩むほどマジックポーチが霞んでいく。


 だが掲示板をふと見上げた時、思わぬ形で正解が姿をあらわした。


 掲示板の一番上に張り出されていた、手垢てあかのついてないキレイな依頼書。


 その依頼書にはSランクダンジョン『奈落』の文字が記されていた。

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