縁と蕾の魔法狩り

哀畑優

空腹の魔法使い

第1話 討罰

「逃げてばっかりじゃなくて」


「出てきなよ」


甲高い声が響く。


音色は一つ。


けれど呼吸は二つ。


「逃げ場なんてないよ」


「逃がす気もないよ」


一人は長い金髪を後ろでまとめた、真夜中でも分かるほど白い肌をした小学生ぐらいの少女。


もう一人は金髪を短く切りそろえた、同じく目立つ白い肌をした少年。


小さな二人は捕食者の如くゆったりと余裕を感じさせる様子で、歩みを進める。


「ねえ、もうお腹ペコペコだよ、ゼル」


「そうだね、レーテル」


「早く食べようよ」


「うん。そうしよう」


同じ音で、交互に声が掛けられる。


応答はないが、二人は気にしない。


獲物に受け答えなど求めていないからだ。


「大丈夫だよ」


「安心して」


「痛め付けて」


「苦しめて」


「切って」


「焼いて」


「殺して」


「分けて」


「「全部残さず、食べてあげるから」」


不気味な重音と共に、炎が現れた。


炎は二人を中心にまるで円を描くように巡り、生えている木々たちを糧にしてさらに勢いと範囲を増して行った。


まずは円周。そこから円の中をじわじわと、炎が侵食する。


「これでもう逃げられない」


「今日は丸焼きだ」


「「大好物」」


二人は獰猛に笑った。




※※※※




半径100mほどの炎の円。それは正しく、獲物を逃がさない為の檻だった。


檻に捕らわれた獲物は辛うじて火の手から逃れ、木陰に隠れて捕食者たちから身を隠していた。


「予想以上の化け物だね。流石委員会指定の名有りネームドだ。今までの奴等とは格が違うよ」


捕食者の様子を見ながら、獲物となる二人の内の一人が、ポツリと呟く。


「どうする?今夜は退いて、応援を呼ぶ?」


一人は問う。


「まさか。ここで殺すよ」


もう一人はそう、当然のごとく返した。


獲物であるところの二人は、女子高生二人組だった。


一人は黒の長髪を真っ直ぐに伸ばした、凍り付くような冷たい雰囲気を漂させた吊り目の少女。


もう一人は黒髪ボブで垂れ目をした、優しそうな少女だ。


二人ともれっきとした人間である。


つまり、あの捕食者二人は人間を食べようとしてるのである。正気の沙汰ではないが、認めるしかない。


何故なら、その二人は使なのだ。


魔を司る、人間とは異なる理に生きる人種。そんな奴らに常識は通用しない。当て嵌めてもいけない。


「どうして?あれに勝つなんて、何回死んでも不可能だ。知らないの?あいつらは「空腹の魔法使い」だよ。あらゆるものを食らい、それを糧としてあらゆる現象を引き起こす大魔法使い。この山一つ飲み込みかねない出鱈目な炎の渦もそうやって生み出されたものだ」


「知ってるよ。あいつら、焼いて食うのが好きなんだ。それで、獲物を追い詰めるのも趣味だ。あいつらにとって、火は打って付けなんだろうな。昔から変わってない」


その声には怒りの感情が滲んでいる。


相方の態度に長髪は大して気に留めず、さらに問う。


「そう。分かってるなら、尚更どうして戦おうなんて考えが出るの?相手は今まで数えきれない人間を殺し、。歴史上の大罪人。ここで逃げたってからの評価が落ちることはない」


「あいつらは、私の親を殺した魔法使いなんだよ。だから、ここで殺さないといけない。この時の為に、私はこれまで生きて来たんだ」


黒髪ボブの少女にとって、あの魔法使い二人は親の仇なのだ。その復讐心から自身の手で殺したいと考えるのも分からなくはない。


「へえ。でも、私はごめん。他人の死に場所探しには付き合ってられない」


長髪の少女はその印象に違わず、冷淡に吐き捨てた。それでも、もう一人は気を悪くするようなことはせず、長髪の肩をポン、と叩く。


「安心しなよ。死ぬのは私だけだ」


自分が殿になると、もう一人はあっさりと言ってのける。


長髪はあからさまに驚きはしなかったが、もう一人の方を振り向いて黙って見つめた。


「……それで勝てるの?」


「ああ」


「勝算は?」


「100%。少なくとも、君が死ぬことは無い」


「……」


「信じてないね。心配しなくても。あいつ等だって魔法使いだ。今までの奴らと、その一点だけは変わらない。魔法使いならどれだけ強くとも、その槍で殺せる」


二人の手には、自身の背丈を超える長さの槍が握られていた。


魔法使いの魔法を破り、その魂ごと打ち滅ぼせる、聖なる槍。


彼女たちもまた、普通ではないのだ。


魔法使いを滅する存在。矯魔師、と自称する集団の内の二人である。


魔法使いを殺すスペシャリストだった。


「分かった。乗ってあげる」


「そう言ってくれると思ったよ」


長髪の了承を受けてから、二人は魔法使いを殺す算段を付ける。と言っても、火は現在進行形で広がっているし、魔法使いの二人は獲物を探して徘徊している。残された時間は少ない。


ある程度話がまとまったところで切り上げ、「じゃ、行こっか」というもう一人の言葉と共に、二人は臨戦態勢に入った。


「一つ、約束してくれない?」


「何?」


「あいつらを、必ず殺して」


「……出来たらね」


「ありがとう」


長髪の煮え切らない返答を皮切りに、もう一人が木陰から飛び出した。


長髪を置いて槍を携え、一直線に魔法使い二人に向かう。


向こう側もすぐに獲物の存在に気付く。


「あは」


「やっと見つけた」


二人は自分たちを狙う矯魔師にそれぞれ片手をかざす。二つの手から生み出された特大の炎の渦が矯魔師を襲う。


それを矯魔師はすんでのところで進行方向をずらして、回避する。彼女が元いた場所は一瞬のうちに業火に包まれた。


「やっぱり」


「単純な物質攻撃はちゃんと効くみたいだね」


矯魔師の槍は魔法を破ることは、魔法使いの二人も良く知っていた。だがその効果は魔法を無力化するというもので、魔法で既に生み出された物、操られた物を完全に消滅させることは出来ない。


よって物質そのものや副次的に起こる慣性、余波などは消せないことになり、二人が生み出す炎も消すことも当然出来ない。


「ねえ、ゼル。やっぱりやり方を代えよう」


「奇遇だね、レーテル。僕もそう思ってた」


「「蒸し焼き」」


新しく生まれた炎が、三人を囲む。


このままでは例え直火に晒されなくても、暑さと息苦しさで長くはもたない。


二人と一人の距離は歩幅にして十あるかないかまで狭まっている。


「はい」


「終わり」


「終わりなもんか。ここからだよ」


彼女は槍を構え直し、二人に向かって踏み出す。


槍の射程に入るまでほんの数歩。その距離を一気に詰めて、彼女は渾身の突きを繰り出すつもりだ。


しかし本来なら防ぎようのない早業も、魔法使いには通じない。彼女の槍が届くよりも先に、二人の炎が彼女を襲うことは明白だった。


「いいや―――」


金髪の少女が先程と同じように手をかざす。


「……あれ?」


いつもは自分より後に続くはずの言葉が、無い。少女は疑問に思ってチラリと横を見ると、飛散する赤いものとキラリと光る鋭利な何かが瞳に映る。


「レー……テル……」


「ゼル!!」


少女が気付いた時には、既に炎の外から投擲された槍が少年の胸を貫いていた。


少女の叫びに、少年は反応すらできずその場に倒れ込んだ。


誰が見ても分かる、即死だった。


矯魔師はもう一人いる。


その情報が魔法使いたちには不足していたのだ。


獲物は一人だと考え、見つけてすぐに自分たちも含めて炎で囲んだ。それによって二人は外に死角を作ってしまったので、攻撃に反応することが出来なかった。


炎は消せないが、炎を通ることは出来る。結果、長髪による不意を突く一撃が、少年の時を止めた。


苦楽を共にし、長年連れ添った相棒に突然訪れた死。


その衝撃が少女の判断を一瞬だけ緩ませた。


その一瞬を、今度はが突く。


「しまっ…………」


「遅い!」


もう一人の槍が少女の顎を抉る。が、浅い。


少女の意識は途切れず、槍を突くことで伸びきった無防備な身体に、炎を打ち込む。


「―――!!」


言葉にならない絶叫と共に、炎がもう一人の全身を包む。


「は、ははははは―――」


炎で彼女の姿は見えない。ここまで燃えればたとえ消火しても無事では済まないだろう。いや、既に今わの際の筈だ。


なのに彼女は、高らかに笑った。


見下すように。


勝ち誇るように。


(……気でも、狂った?)


「何だその目は!?まるで私が狂人のようじゃないか。狂う?違うね!極めて正常だ!私は嬉しいよ!やっとお前たちを殺せた!!」


少女の思考を先回りして、炎の中から高らかに叫ぶ。


(殺す?何を言っている?死ぬのはお前だ)


「……ぁぅ」


(あれ?)


声が出せない。


その事実に少女は遅れて気付く。


下顎が抉られたことで、少女は満足に発生が出来なくなっていたのだ。


それはつまり、自分の最も信用出来るが失われたことを意味している。


「その口では、もう何も食べることは出来ないだろう!?そして一人は死んだ!お前は火を使いすぎた!!これならこれ以上何かを生み出すことは出来ない!」


口の機能が喪失されれば、食事をすることは叶わない。よって少女はこれ以上何かを生み出す糧を補充することは出来なくなっていた。


ここでの少女の誤算もまた、やはり獲物の数を見誤っていたことだ。


一人だと思っていた。


そしてその一人を問題なく食べれると思っていた。


だから一人を追い込み殺すことだけを想定して炎を過剰に生み出し、結果的に燃費の悪い戦い方をしてしまった。


相棒の死も誤算だった。


その動揺により、少女は咄嗟の反撃で必要以上の火力を目の前の一人に向けてしまった。


腹は既に空っぽ。


少女は空腹だった。


なのに、食事は出来ない。


もう魔法は使えない。


今の彼女はどこにでもいる普通の少女だった。


「腹が減ったんだろ?なら食ってみろ!!お前が食えるものは、全部灰になってるぞ!!」


周囲の炎がさらに勢いを増す。


例え炎の中を突っ切って脱出出来たとしても、黒こげになるだろう。


自分で生んだ炎が、自分の首を絞める。


獲物を刈り取るに生み出しし凶器が、今自分の命を焼き尽くそうとしている


(……違う)


絶えず燃え広がる炎。


それはだけではなかった。


(……もう一人の、魔術か!)


魔術とは、矯魔師の扱う魔法のことだ。


目には目を。歯には歯を。魔には魔を。


魔法使いを殺す。


それが唯一の至上命題に当たる矯魔師は、自らを不幸に陥れた魔法を使うことすら厭わない。


長髪は槍を投擲した後、魔術を使って炎の火力をさらに上げていたのだ。


殿が足止めした魔法使いを、逃がさないために。


「っ…………!!」


もう一人は全身が燃えてもなお槍を手放さず、それを少女の足と地面に縫い付けるように、貫いた。


少女から解読しようがないうめき声が発せられる。


濁った空気の流れだけが、その悲痛さを物語っていた。


「嬉しいなあ!君たちを殺せる!君たちと死ねる!ずっとずっとずっと!この時を待っていた!!」


最早原型をまともに捉えられはしないが、炎の中にうっすらと見える影は恐らく笑っているのだろう。


仇の死を。


復讐の成就を。


心の底から笑っている。


「っ―――!っ―――!」


少女の目からは涙が溢れる。


(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや―――――――――)


逃げようしても槍で足は動かず、周り炎で囲まれている。


少女はある意味で見た目相応の、駄々をこねる子供のように、泣きじゃくる。


後悔ではない。


懺悔ではない。


ただただその炎が、人間の執念が恐ろしいから、少女は声は出せずとも泣き叫ぶのだ。


時を同じくして、長髪は炎の檻の外からもう一人の笑い声を聞いていた。


外から投擲した槍はいつの間には長髪の手に戻っており、その槍を固く握りしめて、長髪は事の行く末を黙って見守っている。


『あいつらを、必ず殺して』


もう一人との約束を一応果たす為に、駄目押しで火を起こす魔術を使って、炎に向けて放つ。


その行動に大した意味はない。


目の前の炎は彼女が魔術でどうこうしようが関係ないくらいに―――人の手ではどうしようもないくらいに大きくなっている。


例え彼女が水を出そうが火を出そうが、炎は消えも育ちもしない。自然の摂理に従って揺らめき、照らし、辺りを灰にするだけだ。


だからきっと、それは彼女なりのもう一人に対する弔砲なのだろう。


檻の中の呻きと笑い声は周囲のけたたましい環境音と混ざって、やがて消えていく。


長髪は冷たく、尚勢いが衰えない炎を見つめていた。





※※※※





峯ヶ浜緑地公園は、多種多様な木々に花々が生い茂り、徒歩で全てを回ろうと思えば半日は必要なくらい広大な敷地を持つ、地元の人々から慣れ親しまれてきた緑深き自然を謳歌出来る場所だ。


近年、その周辺を通りかかる人間が相次いで失踪する事例が多発していた。


「峯ヶ浜緑地公園の神隠し」と名付けられて噂されるくらいには有名だった失踪事件は、同じく緑地公園で起こった大規模な火災を最後にピタリと止まった。


事件の真相は、「空腹の魔法使い」である二人の兄妹が通り魔的に道行く人々を食べて回っていたというもので、大きな炎と共に二人の矯魔師によって討罰されたというのが事の顛末だった。


一人の矯魔師を犠牲にして。


一人の長髪が、生き延びて。


とにもかくにも、こうして空腹の魔法使いは討たれたのだった。

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