第15話 盗み聞き

 とある合宿所。広さの関係で五人しか入れなかったものを狙って私たち五人はリビングに集まっていた。


 さっきキルトにハグされた高揚感をそのままに、みんなそれぞれ天国を見ている。だけど、幼馴染の私はハグなんて幼いころにしまくっているからありがたみも薄い。もっと強い刺激がほしかった。


「はあー……。キルトにハグしてもらえちゃった」

「棚ぼたですけどね」

「ボク、明日の訓練頑張れちゃうよ……」

「わたしも、お相手様方に手加減できる気がしませんわ。キルトの道を阻む者は断罪ですわ」


 シルヴィ殿下、ちょっと過激すぎじゃない? まあ、初めてキルトにハグされたならここまで興奮するのもわからなくはないけど。


 でも、今夜はそのために集まったんじゃない。さらなるキルトへのアピールのために集まったのだ。それを忘れてもらっては困る。だから私は、私が淹れたお茶をテーブルに置いて話を切り出す。


「みんな、とろけてる場合じゃないわ。明日はたぶんキルトと一緒になるだろうし、仲間外れが出たら私たちは敵同士。その覚悟を決めておかなければいけないわ」


 ほわほわしていた四人の表情に電流が走る。誰がキルトの相棒になるのか。その座を手に入れるのは誰か。女たちの静かな戦いが始まった。


「キルトはもちろん、わたしと一緒に組みますわ。他のみなさんも一緒とおっしゃられるでしょうが、ペアを組むのはわたしですもの」

「シルヴィ殿下の魔法は殺傷能力が高すぎますって。そのぶんあたしは微調整きくし、魔法はちょっと苦手っぽいキルトにぴったりだと思うんだよねー」

「むっ。剣術を極めた者は剣術を極めた同士で引かれあうんだよ! キルトとペアになるのはボクだ!」

「あの……みんな争うのは……」


 この五人の唯一の良心であるサリナが止めに入るが、私は煽ることによって本心をむき出しにさせる。


「そういうサリナはキルトとペアになりたくないの?」

「あう……」


 そう言うとサリナは顔と耳を真っ赤にして両手で顔を隠した。やっぱりペアになりたいんじゃない。清純ぶっても私には無駄よ。


「それで、誰がペアになるかだけど……」

「待って。キルトのことだからまた前みたいに友達だから仲よくしようって言葉が出てくるかもしれない。かといって、今回は寮みたいに男女混合じゃなくて男女別だから乗りこんでいくわけにもいかないし……」

「ふっ。甘いわね」

「なんだって……?」


 ターニャが立ち上がる。怒ったようだが、私には効かない。だって、私はキルトの幼馴染。この場の誰よりもアドバンテージがある。


「それじゃあ、こっそりキルトの部屋の側に言って聞き耳を立ててみる? カインもモテるから、案外恋バナに花が咲いているかもしれないわよ?」

「……っ! いいよ、その挑戦受けて立つよ。もう夜も更けてる。先生方も見回りにはこないでしょ。ちょっとの間なら、いけるはず」

「そうこなくてはね。さ、行くわよ」


 まだ耳まで顔を真っ赤にしているサリナの手首をやんわり掴んで引きずりながら五人でキルトが入っている合宿所のほど近くまでやってきた。私たちはできるだけ気配を殺して、窓から聞こえる声を頼りにキルトたちの部屋を探した。


「……カインお前、本気か?」

(キルトの声!)


 私は後ろをついてきていた四人を手招きする。四人もできるだけ音を立てないようにして部屋のそばに近寄って聞き耳を立てる。


「本気だよ。僕のペアにはキルト、君がふさわしいと想ってるんだ」

「野郎と組めって言うのか? 女子比率多いのに? つかお前モテるんだから女子と組めよ」

「女の子も好きだしいいなって思うけど、今はキルトの実力がどれほどなのか、その底を見たいから女の子は考えられないな」


 な、なにを。何を言っているの? カインとペアになる? 男同士でしょ? それにキルトは断ってるじゃない。そこは私たちに譲りなさいよ。


 そんなことを言えるわけがなく、話は続く。


「俺には幼馴染もいるし、他の四人もいるしなあ。慕ってくれてるから、その誰かとペアになりたいんだけど」

「そっか。キルトの言い分はわかるよ。みんな可愛いもんね」

「だろ?」

「でも、明日は実戦訓練。負けは許されない。そう考えれば、クラスでトップの実践成績を残した僕と組むのは自然だと思わないかい? もしキルトが結果を残したいのなら、ね」


 なんて誘導……。これじゃ私たち勝ち目ないじゃない!


 というかカインの言動、少しおかしくない? 女の勘がそう告げているのだけど、それをどう言語化していいのかわからない。カインは私たちの味方なの? 敵なの?


 キルトがうーん、と悩む声がしたのをすがるような思いで祈る。お願い、断って! カインがペア相手なんて、彼よりずっと実力が下の私たちじゃ勝てない。お願いキルト、チャンスをちょうだい!


「……思ったんだけどさ」

「ん?」

「カインはどうして俺にこだわるんだ? 確かに魔眼なんていう不吉なものは持ってるけど、普通怖いだろ」

「いや? それもキルトの個性じゃないか。僕はそれくらいでキルトを嫌いになったりしないし、むしろ好きだよ。親友としてね」


 おいぃぃい! 親友の後付け感半端ないわ! 女の子を差し置いて二人きりなのをいいことにいつもこんな会話してるの!? 私たちの前では普通なのに!


 我慢できない、窓から乗りこもうかしら。そう思ったとき、キルトがはっきりと言った。


「お前の気持ちは嬉しいよ? 俺もお前のこと親友だと思ってる。でも俺はどっちかといえば女の子と組みたいっていうか……明日のグループの人数次第によるけど、ちょうど七人で割れるからお前とあの五人で組めるんだよな。だから俺は女の子を優遇する。悪いけど」


 キルト! それでこそキルトよ! 決して可愛い女の子を見捨てない、それでこそ男の子よ!


 カインは少し残念そうな声をして喋り始める。


「そっか。親友がそう言うなら仕方ないね。……おーい。そこでこそこそ聞いてないで入っておいでよ。虫もいるし、何より暑いだろう? 話がしたいなら入っておいでよ。ほら、五人で固まってないで」

「な!? 今の全部聞いてたのか!? お、俺は違うぞ! カインが勝手にペアになろうって言い始めたんだ!」


 カインが窓を開けて私たちを見下ろす。ば、バレていたの? いつから? カインは気配察知が上手な節があるけど、私たちは完全に息を殺していたはず。まさか煩悩がカインに届いたとか?


「どうするの? 入るの? 帰るの? それによっては対応も違うけど。入ってくるなら歓迎するよ」

「くっ……! 入る、入るに決まってるじゃない! ほらみんな! 部屋に行くわよ!」

「結局バレてしまいましたわね」

「だからやめましょうって言ったのに……」

「想定外だから仕方ないわ。それより、カインを止めながらキルトと作戦会議したほうが有意義だと思わない?」


 四人は私の言葉に頷いて、合宿所に入っていく。他の男子は寝ているのか、部屋の電気が消えていた。


 その晩散々会議をして、キルトが五人の中からやっぱり選ぶことは酷だということで、当日の行動次第でペアを変えるという方針になった。


 そこにカインが入っているのが不服だったが、キルトの言うことだ。きっと平等にその場に合わせてペアを変えてくれるだろう。


 カインは私たちが接近してきていたときから気付いていたそうで、私たち五人は顔を赤くして謝るしかなかった。

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