第15話 弁当に卵焼きは絶対



 結局それなりのおかずを弁当箱に詰め、出社したわけだが、時間が経つにつれ、後悔してくる自分がいた。


 おにぎりだけでいい、って言われていたのに、気合入れておかずを入れてきたなんて、柚木さんからすれば迷惑かもしれない。やっぱり言われた通りにしてくればよかった。


 それでももうお弁当の中身は交換できないので、困り顔のまま自席につく。やってきた久保田さんが眠そうに挨拶をした。


「おはよー昨日ちょっと飲みすぎちゃったよー」


「おはようございます。久保田さん、結構飲んでましたよね」


「ていうかあの後自宅で一人飲みしたから」


「え。さらに飲んだんですか?」


 笑いながら話していると、少し離れたところから、甲高い声が響いてきた。


「三田さーん! 今日もお弁当作りましたよー! 美味しいって言ってた、ミートボール入れてきましたあ!」


 その声を聞いただけで、心臓がぎゅっと小さくなった気がした。楽しそうな森さんは、今日も三田さんにお弁当を作ってきたらしかった。仲がいいことだ。


「あ、ありがとう」


「いいんですよー私が作りたくて作ってきたんで!」


 声のする方には向かないようにしている。久保田さんが、気にするなと言わんばかりに、私に微笑んでくれる。それに返そうとしたとき、あの高い声が一層近くなった。


「岩坂先輩は、柚木さんにお弁当とか作らないんですかー?」


 びくっと体が反応する。振り返ると、すぐ後ろに森さんが立っていた。どこか強い視線で私を見ている。


「付き合いたてのわりに、岩坂先輩たちってドライな感じー。本当に付き合ってるんですよね? 意外な二人だったからびっくりして」


 髪の毛をくるくると指で巻きながら、森さんが言う。反論したのは久保田さんだ。


「意外って、ここにきて二週間も経ってないのに、なんでそんなこと言えるの? 付き合ってても弁当を作らない人の方が多いでしょ。伊織ちゃんも忙しいんだから」


「えーだってふたり、タイプが全然違いますよ? でもまあ、そっかあ。お弁当作るとか、そういう尽くすことは岩坂先輩しないんですね? 男性は喜びますよー。私が大学生の頃に付き合った彼氏だって、私のそういうところが可愛いって言ってた」


 にっこりと笑って言われ、さっと血の気が引く感覚がした。大学背の頃の彼とは、私の元カレのことを言ってるんだ。わざわざそんな昔の事、引っ張り出してこなくていいのに。


 それに言葉の節々に感じるとげは、私と柚木さんのことを疑っている思いがひしひしと伝わってきた。もしかして、三田さんへの気持ちを気付かれていたんだろうか? だから私と柚木さんが付き合うのはありえないと思ってるのかもしれない。それか単に、私が柚木さんに選ばれるわけがないと思っているのかも。


「あのねえ、いい加減に」


 久保田さんが声を荒げた瞬間、私は勢いよく立ち上がった。二人がきょとんとして私を見ている。


 私は置いておいたカバンから、用意してあった弁当を取り出した。それを見て、森さんが目を丸くする。


 振り返ろうとしたとき、背後から優しい声が響いた。


「あ、俺の弁当? ありがとう」


 柚木さんがタイミングよく顔を出したのだ。久保田さんと森さんの視線が彼に集まる。私は頷いて、柚木さんにお弁当を手渡した。


「あの、美味しいか分かりませんけど……」


 それを受け取った柚木さんが、にっこりと笑い、通る声で言った。


「凄く嬉しい。好きな子が作った物は、なんでも美味いに決まってるよ」


 昨日突然、お弁当を持ってきてと言っていた柚木さんは、こうなることを見越していたんだろうか。だとしたら凄い人だと思う。おかげで、仲良く付き合ってるカップルを演出出来た。


 ちらりと森さんを見てみると、笑顔もなくじっと私を見ていた。そんな彼女に、柚木さんが声を掛ける。


「尽くす女は可愛い、っていうけど、もう一段階上に行くとまた違うよ。俺は『作ってください』って昨日、わざわざ岩坂さんに電話したくらいだからね。男に頭下げられてやっと作るぐらいがちょうどいいかもよ」


 かっと森さんの顔が赤くなった。その横で、久保田さんはなぜか一人で笑っている。柚木さんは私に向き直る。


「じゃあ、これ貰ってくね。お弁当箱は明日洗って返すから。ありがとう」


 甘い声でそう言った柚木さんが去っていくのを見ながら、久保田さんがわざとらしく大きな声を上げる。


「伊織ちゃん愛されてるー! あの柚木さんも付き合うとあんなに甘くなるんだね! 幸せ者ー!」


 演技なんですが……まあ、いい。


 森さんが一度だけ私を睨むと、くるりとこちらに背を向けていなくなってしまった。あの子、私と柚木さんの仲を疑ってるみたいだけど、これで信じてくれたかなあ。


 久保田さんが小声で私に囁いた。


「ねえ! 柚木さんやるじゃん! よかったねえ伊織ちゃん」


「は、はい、柚木さんのおかげです」


 ちらりと柚木さんを見ると、私が渡したお弁当を、ちゃんと自分の鞄にしまうところだった。みんなに仲のよさを見せつけたから、もうあのお弁当は用なしだけど、柚木さんはどうするんだろう。


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