第8話

「それでは旦那様、カリア様、私はこれにて失礼いたします。」


料理を運んできてくれたメアリーが深々とお辞儀をして部屋を後にする。


そんなメアリーをカリア殿と共にベッドの端に腰かけながら見送ると私はカリア殿の為に作ってもらったスープの器を手に取り、カリア殿の要望通り食べさせてみようと試みる。


そんな私の行動を見て食べさせようとしていることに気づいてくれたのかカリア殿は私に向けて口を開いてスープが口に運ばれるのを待っている。


(冷静スープっぽいし、そのまま上げても平気だろうか。)


なんて思いながらカリア殿の口にそっとスプーンを入れてみる、


そしてスプーンを傾けカリア殿の口内にスープを落とすとカリア殿の喉にすぐに流れていく。


しっかりスープが流し込まれるとカリア殿はまた口を開けてくる。


(ひ、雛鳥に餌を与えている気分だ。全く、何だこの可愛い生き物はっ……!)


なんて思いながらも口を開かれるたびにまだ食べられるというサインと思い、何度も何度もカリア殿にスープを渡す。


時折野菜も一緒に口内へ含まれるとカリア殿はしっかりと野菜を噛んで食べていた。


が、やはり少し噛むのがつらそうに見える。


(思った通り、カリア殿は噛む力がないようだな……。)


何故そう思ったかといえば身体を重ねている際にカリア殿に数回、首筋を噛まれたことがあるのだが一度たりとも「痛い」と感じた事がなかったうえ、歯形も残ったためしがないからだ。


いたくないように加減して噛んでいるのかとも思ったけど、なんとなくそうじゃない気がした。


(……とりあえず食事のことについて聞いてみるか。)


私は綺麗にスープを平らげられた器を食事を運ぶカートの上に乗せると少しだけ口元からこぼれてしまっているスープをぬぐい取りながら訪ねた。


「カリア殿、カリア殿が少食な理由を聞いてもいいですか?」


カリア殿の口をぬぐい終え、静かに布をカリア殿から話すとカリア殿は小さく笑みを浮かべながら口を開いた。


「伯爵が俺を成長させないために殆どろくに食事を与えてくれなかったからかな。だから食べ物を「食べる」習慣はほとんどなくて、スープも極力栄養価を下げるためにほぼ味のしないものしか与えられなかったからだと思う。胃が栄養を拒否してるのかも。」


小さく笑いながら話されるとんでもない理由。


令嬢たちがいい相手と結婚をするために過剰な制限を設けられるという事はよく聞く話だ。


だけどこれは制限というよりもはや虐待と言っていいだろう。


「……何故伯爵はそんなことを?」


「俺をバッカス侯爵に妻として売りたかったから。」


「……え?」


バッカス侯爵。


その名前が出てきて驚く。


バッカス侯爵とは御年42歳にもなる侯爵だが大の女嫌いで未だに未婚の侯爵だ。


そんな彼こそ男色家で色狂いという話を聞いたことがある。


彼の家の使用人は顔で採用され、多額の給料の代わりにほぼ全員が夜の相手もさせられているという話を聞いたことがあった。


「伯爵はバッカス侯爵と親しくて、たまたまバッカス侯爵が伯爵邸に訪れた際に私生児として引き取られたばかりの俺を見て「息子を令嬢として育て、妻に寄越せば我が家紋の財産はすべてくれてやろう。」って言ったらしい。それでその言葉通り俺を令嬢として育てるにあたり、成長して男らしくならないようにってとられた処置ってわけ。」


カリア殿は笑みを浮かべながらまるで他人事のように淡々と身の上を話す。


バッカス侯爵は貴族の中でも特に財力がある。


その財力で侯爵の地位まで上り詰めたといっても過言ではなかった。


そんな人間の財産が手に入るという事に目がくらんだ、というわけだ。


「……まるで人身売買ですね。それで、バッカス侯爵に嫁ぎたくなく彼ほど財力はないにせよ家紋としての力が強い私に目を付けた、ということですか?」


話の流れでなんとなくそうではないかという予想が建てられる。


そしてその予想を聞いたカリア殿は私の身体に倒れこんできて体重を預け、笑みを浮かべるのだった。

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