第4話 獣人とは
ディンビエ国とロスティ国の間には、魔の森が広がっている。
魔の森は、魔素が濃すぎて生き物が住むには困難な場所だったが、それでも過酷な環境で生きる生物がいた。それが、魔獣と呼ばれる獣である。
魔獣は、狼や狐といった森に生息しているような動物の姿をしているが、魔力を行使した魔術を扱うことが出来るものもいる。おとなしい馬の姿に油断していたら、突然木が鞭のようになって襲ってきた──そんなこともあるのだ。
魔獣には、大きく分けると二種類あって、理性がある魔獣と、理性がない魔獣が存在する。
理性がある魔獣には、秘密があった。
実は、人に恋心を抱くと、恋した相手に好かれたいあまりに人化──つまり、獣の耳や尻尾などの特徴を残した人、獣人になるのである。
「無事に恋が実れば、獣人特有の耳や尻尾がなくなり、人と同じ姿になります。しかし、残念ながら想いが通じ合わなければ、獣人は消滅する運命にあるのです」
そこまで話し終えて、ジョージはふぅと息を吐いた。
(長々しい説明、お疲れ様です)
エディはそっと、斜め右の席に座るジョージへ労うような視線を送った。
それから、彼が持っている分厚い本へと目を向ける。
背表紙には『魔獣の初恋Ⅱ』と記載されていた。
著者は、マリー・クララベル。ジョージの上司にあたるそうだ。
「魔獣保護団体では、獣人になった魔獣の保護が主な
つまり、獣人に見染められ、両思いになれば、ロスティで
エディはチラリと、斜め左のソファを見た。
ツンと尖った耳と太くて長いモフモフの尻尾が生えた山猫男の膝の上で、リディアが頬を赤らめながらチラチラと男を見上げている。
そりゃあそうだろう。
あまり見ない
(僕の顔が好きだと言っていたくせに……あっさり鞍替えするなよ、ばかリディア)
エディはリディアの態度が、ほんのちょっとばかり不満だった。
だって、会うたびに「好みなのに、女の子なんて……」とため息を吐かれていたのである。
ウンザリしていたはずなのに、いざこうなってみると何だか寂しいと思ってしまうのはどうしてなのか。
エディは、急に見放されたような気分になって、「これが姉離れというやつか」と口の中で呟いた。
だが、理想を上回る
美形にとことん弱いリディアが陥落するのは、自然な成り行きだろう。
「その上、見てお分かりのように、獣人は恋した相手の好みドンピシャの姿形になります。そんな相手が脇目も振らず、盲目的に、ただ一途に想い続けるのです。想われる側も、幸せな未来が待っています」
預言者めいた言葉でしめたジョージに、エディはおやと眉を上げた。
「やけに断言されますが、何か根拠でもあるのですか?」
「……」
ジョージは一瞬、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、それから誤魔化すように笑った。
一瞬の間でしかなかったが、何かあるのは一目瞭然である。それも、あまり良い意味ではないはずだ。
「私の幼馴染は、獣人から人になった夫にひどく可愛がられて、幸せそうな顔を晒していますよ」
なんて、棘のある言い方だろう。
エディはその真意を探るように眼鏡の奥を見つめたが、彼の目からは何も読み取ることは出来なかった。
(もしかしたら、彼は獣人と幼馴染を取り合ったのかもしれない。もしくは、無理やりに奪い取られたか)
生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
獣人だって、構っていられないだろう。
(まさに今、多大なる誤解から僕が敵視されている状況なわけだけど)
助けを求めるようにリディアを見ても、鋭い牙を剥き出しにして威嚇してくる、怖い山猫男が睨み返してくるだけだ。エディ恋人作戦の言い出しっぺである彼女は、目の前の美形山猫に夢中で話にならない。
「恋人である君には失礼なことかもしれない。だが、彼……ルーシスにもチャンスを貰えないだろうか? 彼は、リディアさんに恋をして、命をかけてここにいる。それは、生半可な覚悟ではないのだ」
ジョージの演説に、エディは「でしょうね」としか言えなかった。
だって、あまりにも荒唐無稽すぎる。
いっそ、この二人は美形に弱いリディアを騙すためにやって来た詐欺師なのではないかと、疑いを持つ方が簡単だ。彼女を騙す理由なんて、見つからないけれど。
まるで、お伽噺のようだ。
人に恋をした魔獣が、恋を実らせるために獣人になるなんて。
その上、恋が実らなければ消滅する、なんてオチまでついている。
(命がけの恋って……僕が本当にリディアの恋人だったら、チャンスなんてあげたくないと言うと思うよ。だって、リディアはそういうお涙ちょうだいモノが大好きなんだから)
案の定、エディの偽りの恋人は目を潤ませて切なげにルーシスを見上げている。
(ほら、感極まっている……)
一体いつまで、
(早く終わってくれ〜〜)
延々と続くジョージの説得が無駄であると言い出すことも出来ず、最終的には渋々獣人にチャンスを与える優しい少年を演じて、この一件に幕を下ろしたのだった。
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