第四話 王子

 ガーデンパーティーから数日後、緊急家族会議が招集された。


 厳しい表情のお父様はゴホンと咳払いをすると、私の目を見た。

 私? 何かやらかしたかしら?


「カメリア……縁談だ。先日のガーデンパーティーで、見初められたらしい」


 心臓が跳ねる。

 パーティーでは、ほぼ「ひとり」としか交流していない。

 まさか彼が⁈ 期待に胸が高なる。

 

 しかし、お父様からは信じられない言葉を告げられた。


「内々ではあるが、第2王子側から婚約者としての打診があった」


 え、そっち!  天国から地獄に落ちた気分。

 お兄様、お姉様は、同じような顔をで目を丸くし、私を見た。

 

「人違い……かなぁ。お茶会でも私、簡単なご挨拶くらいしかしていませんよ」


 あれのどこに見初める要素があったというのだ。そもそも、温室見学で殆ど交流の場には居なかったし。


「うむ。それが逆に好印象だったようなのだ。殿下の目には慎ましやかで品の良い娘に映ったらしい」


 お父様も厄介ごとと思っているのか表情は明るくない。


「殿下の目は節穴です。私はとびきりのお転婆ですよ。王族の嫁なんて無理です」


「じゃあカメリア、殿下と何かあった訳では無いんだね」


 お兄様はほっとした表情をみせた。


「ある訳ないです」


「その言い方は、王子様が気に入らなかったのかしら、ハンサムで人気のある方なのだけれど」


 お姉様が首を傾げる。

 

「全っぜん好みじゃ無かったです。断ってください」


 権力に屈せず断って欲しい。お父様に向けてお願いっと目でも強く訴えた。


「なるほど…… それで断ったとしてだ。まぁ家のことは私とアロンで何とかするが、お前の評判というか……今後の縁談、結婚には影響が出るかもしれん。王子をフったお前に関わる事で、王家の反感を買うのを恐れる家も出かねないが……」


 良かった、断るを選択肢に入れてくれている。


「お父様、私、結婚なんて全然あてにしていません」


 このセリフにお父様は怪訝な顔をした。

 貴族令嬢の幸せは結婚にかかっていると言って良い。

 家を継ぐことも働くこともできないため、結婚して子を産むことで自分の居場所を確保するしかない。

 できるだけ条件の良い相手に嫁ぐことがマストなのだ。だから先日のパーティで女性陣が必死だったのはやむを得ないともいえる。


「それは……その、一生家を出ないということか? 私もアロンもお前一人くらい面倒を見る甲斐性はあるとは思うが……」


「私。エクラン王立学園を受験します。自分の未来は自分で切り拓きます」


 私の宣言を聞いたお父様の目はいつもの2倍くらいになっていた。


「良いねぇカメリア。良いよ。俺は応援する」


 お兄様は少し面白がったような声で拍手をくれた。


「アロンっ」


「あら、お父様。素敵な考えじゃないこと? どうして私もそれを思い付かなかったのかしら。カメリアは魔力も強いし才能が花開くかも知れないわ」


「ダフネまで! 私は天国のローズに合わせる顔が……」


「大丈夫よお父様、お母様が生きてらしたら絶対、応援してくださるわ」


 お姉様は自信満々に微笑む。


「…………はぁ、確かにローズなら、後押ししそうだな」


 お父様は一瞬目を瞑ったあと溜息混じりに呟いた。

 勝った。

 

「しかし、エクラン王立学園は難しいぞ。貴族の推薦枠は男子しか受け付けていない。実力で試験を突破せねばならないはずだ」


「望むところよ」


「その意気だ、弛んだ男達に目にもの見せてやれ」


「大丈夫、カメリアなら誰にも負けないわ!」


「カメリア……ほどほどで頼むぞ。正直私は、お前の花嫁姿も楽しみにしているんだから」



 家族会議は「縁談お断り&進学後押し」という理想的な結果で終わった。



 そう、「王子様」なんてもう懲り懲り。

 前世の夫は、そして何をやってもそつがなく顔も良いからか、○○社の王子なんて呼ばれていたっけ。

 結婚した後、私は彼の望み通り仕事を辞め、友人との付き合いをも制限し、殆ど実家にも帰らず彼に尽くした。


 彼は完璧で。

 私は私で彼の望む『良妻賢母』。

 人も羨む『おしどり夫婦』だった。

 

 でも『良い妻』なら、どうして浮気なんてされたんだろう。

 そういえば「おしどり」って実は本能的に浮気をするって聞いた事あるわ。

 良妻って都合の良いオンナの意味だったのかしら?


 前世では、そんな痛みとモヤモヤをぎゅーうぅっと胸の奥に仕舞い込んでいた。

 

 その失敗の記憶があるからこそ、この人生は自分の足で立って自分の事も大切にして生きようと思っている。

 

 それに、私は前世でも勉強が好きだった。

 両親の教育方針と家計の事情で大学は行かなかったけれど。本当はもっと色々学びたかったのだ。


—— 自分の道を見つける。


 お茶会以来、レニーさんとの会話を繰り返し思い出す。

 今度こそ、私は私の未来のために学ぶの。

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