第6話 飛ばし屋、第四分団の男たち

 機体の上からアメリが、

「ありがとうございましたー!!またお願いします~!」

 と礼を言ってきた。僕は軽く手を上げて応えておく。


 短時間だったが良い飛行だった。乗った機体も良い。


「飛ばし」も悪くはないが、やはり空力に優れた機体で風にのって飛ぶのは最高だ。これこそが飛行の醍醐味だと思う。


 さて、イバタの待つ新型に駆け寄る。


 ───真っ白なフレーム。

 翼らしい翼ではなく、昆虫の羽の翅脈をもっとシンプルにしたようなそんな構造の飛行舟だ。こちらはもう空力など完全に無視した「飛ばし屋」専用機だ。網のようにスカスカの翼形状だが機体全体の構造は複葉機に近い。まだ暫定らしいが、完全に仕様が決定すれば102式と呼ばれるらしい。これはイバタが中央から依頼されて試験している、最終調整中の機体だ。


 この機はまだ架装が済んでおらず、操縦席の3席以外は座席も付いていないので、他の男たちは適当に翼の上に座っている。今日は5人乗っていて様々に議論を交わしているようだ。飛行舟への熱意が伝わってきた。


「やっぱり、リヒトだったか。」


 操縦席から降りてきた男が、にこやかに声をかけてくる。あたりの柔らかい声、イバタだ。丘の上での「跳び箱」飛行をちょうど見ていたらしい。全金属の舟をゆっくり飛ばす操縦方法は独特で、遠くからでもすぐわかる、というのが彼らの言である。こちらとしては、単純にゆっくり飛ぶのが好きだからそうなってしまうのだ。


 改めて機体を見ると、以前は付いていなかった円盤型のレドームのようなものが5つ、機体下部に据え付けてある

 元の機体が骨組みのような構造なので、流線型の面構造のレドーム型タンクは、それ自体は飛行と一切関係ない物なのに不思議と空力的に安心感を覚える装備に感じる。実際に、飛行中に張り出せば空力特性が変化するので補助翼的な効果の期待もできる。


 この円盤は、流体物の運搬をするためのタンクで、オプションの組み方次第では空中給油もできるらしい。さしあたっては消火剤の散布から始めてみるといっていた。


 だが、装着してみたがパイロンアームが動かないらしい。それで、102式の仕様書を熟読しているであろう、変わり者の僕が呼ばれたわけだ。


 僕は風防も付いていない、剥き出しの操縦席に乗り込む。コンソールにいろんなランプが点灯しているので機体に火は入っているようだが全く音がしない。最新型はこうも静かなのかと、ちょっとした感動を覚える。


 副操縦士席に乗っていた副団長のハセンから、軽く状況の説明を受けて改めて補機類操作パネルを見ると、……確認するまでもなく、パイロンアームの表示とキーライトがブラックアウトしている。一応押してみるが、当然無反応だ。制御側のセイフティーは解除したというが、反応が無いそうなのだ。


 そこで、僕はマニュアルにあった図解を思い出す。


 運搬時に不用意に動かないよう、ロックボルトが差し込んである箇所が何ヵ所かあったはずだ。説明書を読まずに着けたのなら、そこは見落としているかもしれない。

 そこで、機体の腹の下にもぐって確認することにする。ハセンに、一旦機体の火を落とすように頼む。音がないのでわかりにくいが、独特の振動と側灯が消えたので、落ちたのだろうと判断する。

 芝の滑走路と躯体の間にズリズリと這い入っていく。そしてごろんと上を向くと、複雑に組まれたフレームが目にはいる。


 その中から、パイロンが繋がっている可動フレームの集束部分に目をつけると……あった。


 テープを剥がした跡が残っている、割りピンで固定されただけのロックピン。養生テープは剥がしても、ピンは外さなかったようだ。これを外して、反対側の対称位置を確認すると同じものがもうひとつ、これも外す。


 もう一度見落としがないか首を捻って見える部分を全て確認する。


 不自然な部分はないように見える、あとはソフトウェア側でのチェックをしてみよう。


 ズリズリと、機体の下から這い出す。

 たぶんこれですよと、はずしたロックピン2本をハセンに渡す。もう1回火をいれて、自己診断かけてみて異常がなければ大丈夫だろう。


 結果は明らかだった。

 再起動直後パイロンアームが自分で異常を確かめるように僅かに伸縮したのだ。

 それを見て一同、お~っと声を上げる。今度は行けるだろうという確信を得られた感じだ。

 操作パネルを見ると、さっきはブラックアウトしていたキーが黄色く発光している。間違いなく大丈夫だ。


 あとは、飛行して降着装置の荷重が抜ければキーが黄色から緑になるだろう。接地中はアームを下げると地面と干渉するので安全装置が効いているのだろう。それが黄色のランプ点灯の状態だ。


「よーし、じゃあもう1回行ってみるか。」

 イバタがみんなに声をかける。

 その後僕に、リヒトも乗ってくれるだろ?と小声で聞いてくる。


 僕はうなずいて、

「もちろん、動作確認しますからね。」

 と答える。

 整備ともいえないような些細な作業だが、自分で手を掛けたら自分で動作確認をする。これは機械作業の鉄則だ。


 イバタが主操縦士の席へ、ハセンが右隣の副操縦士席へ、僕は左側の補機操作席へ座る。あとの男たちはそれぞれ翼や背骨の上に思い思いに座ったりつかまったりする。


「機体正常、離陸よし。」

 ハセンが伝える

「よし、全員いいか~い?」

 イバタが軽い感じで乗組員に声をかける。いいぞー、と男たちが答える。


 イバタの手が推力レバーを、軽く操作する。それに合わせて、機体全体に動力が漲るのが感じられる。と同時にやや弛んでいた翼がピンと張りを強くする。


 機体は音もなく、ふわりと宙に浮かぶ。

 前方ではなく真上に。

 その後緩やかに前進を始める。


 飛ばし屋専用機の飛行は独特だ。

 およそ、物理法則とはかけ離れた飛びかたをする。


 さっき、旧式機でやってみせた着陸方法のような機動が普通なのだ。とはいえ、揚力を使って飛んだ方が、動力消費的にも、乗組員の疲労的にもメリットがあることは間違いない。


 今後この機体も、架装が進めば今のような特異な機動は控えめになり、普通の飛行舟に近くなるだろう。挙動次第では補助翼として普通の空力翼を追加するかもしれない。


 高度15ft程度──地上から手が届くような低空、で前進速度が安定したので、早々と試検運転を始める。


 まずイバタが席を離れ後部に移動し、パイロンアームの動作が確認しやすい位置に陣取る。そして僕が代わって操縦席に移り、操縦桿を握る。そして手を伸ばしてパイロンの操作キーを押す。舟の推進システムとは違って、パイロン回りには旧式の駆動システムが使われている。要は液圧動作だ。


 パイロンは「普通」の機械動作音をたてながら左右に大きく、下側にもそれなりに張り出していく

 と同時に、ぐらっと機体が揺れる。機体の後部が突き上げられたような感じだ。

 平べったい円盤状のタンクが張り出したことで機体の揚力中心が大きくずれて、機体後部が持ち上がってしまうのだ


 誰かが、「けっこう来るなー……」と唸った。空力によって揚力が発生したため、それぞれの「乗組員にかかる荷重」が大きく軽減されたのが体感できたのだろう。だが不自然な揚力バランスのため逆に変な荷重がかかったのも実感しているはずだ。


「こりゃ、前側に補助翼付けないとまっすぐ飛ばないねぇ」

 とイバタが言う。

 あるいは前方にも同じ数だけタンクを付けてもいいかもしれない。

 こうして実際に飛ばして、バランスを取りながら──架装を進めていくのだ。


 少し旋回して平坦な地形の上を飛ぶ。地面効果がどのくらいあるかの特性も知っておきたかったのだ。だが旋回しようとしてラダーペダルが無いことに気付く。ロールで旋回してもいいが、大人数で乗ってしかも低速で飛ばしてるときに機体を傾けて飛ぶのは美しくない、なぜかそう思ってしまう。乗組員を揺すりたくない思いがそうさせるのかもしれない。


 ハセンに、

「ラダー操作はどうするんでしたっけ?」

 と聞いてみる。

 すると操縦桿の裏に小さなスティックが付いている、それを左右に動かすんだと教えてくれた。

 操作してみると、なるほど機首が左右に動く。しかしこれは……、正直あまり好きな操作感ではなかった。

 古典主義と云われそうだが、この操作感はいただけないと思ってしまう。他の人を乗せていなければ「飛ばし」だけで操縦するだろうなと思った。

 その代わりに、操縦意図にたいしての反応はすこぶる良かった。さすが専用機と云ったところか。


 ともあれ動作確認も無事済んだ。僕は、早々に退散するとしよう。


 前方がしばらく平坦なことを確認して、パイロンを一杯まで下げて広げる、揚力が最大となる状態だ。抗力も大きいので、推力とバランスを取ってやると歩くような速度で飛ばすことができるのだ。


 その状態で、隣のハセンに操縦権を渡す。

「ここで降りるのか?」

 と、ハセンが察して聞いてきた。

「はい、速度と高度をこのまま維持でお願いします。」

 と頼んでから機体後部へ行く。

 イバタも、「降りるのかい?」と聞いてきたので、はい、ここでいいですと答え、ぎりぎりまで低空に下がったところで、タンクを足場に地面に降り立った。


 僕は、地上から手を振り皆に別れを告げる。


 5人を乗せた、白い昆虫のような機体はそのまま緩やかに高度を上げ、夕焼けの空のかなたへ飛んでいった。

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