第34話
「あ、椿ちゃん! こっちこっちー」
私は手招きに吸い寄せられるように、二年生の教室に足を踏み入れた。
私たちのクラスの劇、そして文化祭全体も無事に終了し、最後の後夜祭。校庭の真ん中にあるキャンプファイヤーが暗闇の中でうねるように揺れている。
キャンプファイヤーを囲んでダンス……なんてベタなことは誰もしていないけど、多くの生徒たちが周りを取り囲んで、わいわいと談笑しているようだった。
「いやあ、来てくれて良かったよ。椿ちゃんも実は私に会いたかったとか?」
世莉さんがいつものいじわるな笑顔で私に笑いかけた。
キャンプファイヤー効果でラッキーなことに、この教室には世莉さんと私以外、誰もいないので、周りに気を使う必要もなくて楽だ。
「別に。消去法です」
日和は後夜祭も彼氏と過ごしているし、後夜祭をぼっちになるのも嫌だったしで、消去法だ。
結局、高校初めての文化祭は日和とほとんど過ごせなかった。
これが彼氏ができるってことか、まあ誰だって友達より彼氏だもんね、と自分をなだめておかないと、早く彼氏と別れて欲しいという日和の不幸を望んでしまいそうだ。
「世莉さん、かなしー、しくしく。ま、消去法でも別にいいんだけどね。実際、椿ちゃんはここにいるわけだし」
「……そうですか」
私は窓の外を見下ろした。
みんなそれぞれが仲の良い友達、彼氏彼女なんかと楽しそうにしているのが、遠目からでも分かる。
私は何をしているんだろうか。日和といたいはずなのに。でも、彼氏より友達の私を優先してくれなんて言えるはずもなく。だからと言って、私の想いを日和に伝えても、望んだ答えが返ってくるわけでもないし。
きっとこの先、一生友達という縛りから私は抜け出せないんだろう。友達の中でも最上級の親友という立場に私は満足するべきなのに。
「今日の椿ちゃんのクラスの劇、良かったね。日和も主役頑張ってたし。思ったより上手でちょっとびっくりしちゃった」
「ああ、すごい良かったですよね」
最前列で見ることは叶わなかったけど、それでもしっかりと見える位置で私も劇を鑑賞することができた。
日和は控えめに言ってもとてもよくできていたと思う。皆藤心のおかげだろうか。次に会うときにでもお礼を言わないと。
そして、一番の心配事だった琥珀ちゃんに関しても、本当に舞台に立つのが怖かったのかと言うほど、堂々としていた。次に会うときに世界で一番のいじわるな継母だったと伝えてあげなければ。
「椿ちゃんのシンデレラも見てみたかったなー」
「嫌ですよ、そんな目立つ役なんて」
「私は似合うと思うよ?」
「……そですか」
「あー、信じてないでしょ?」
「世莉さんの言うことはだいたい信じてません」
いちいち世莉さんの言うことを真に受けていても仕方がない。特に世莉さんの言葉にはどこに嘘が隠れているのか分からないのだから。
「信用ないなあ。私と付き合ったら、もうちょっとは信用してくれる?」
「はあ…… またその話ですか? 付き合いませんし、信用も変わりません」
「私は椿ちゃんと純粋に付き合いたいって思ってるのに」
「その『純粋に』が信じられないって言ってるんですよ」
私のことを好きでもないのに、純粋に付き合いたいわけがない。純粋に付き合いたいというのは恋愛感情あっての話だ。いや、私に恋愛感情があっても困るけど。
「私は…… 私はただ、椿ちゃんに幸せになって欲しいって思ってるだけなんだよ」
「別に今でも普通に幸せですけど」
「日和のことで悲しむ椿ちゃんを見たくないってこと。私と付き合ってよ。椿ちゃんを幸せにしてあげる」
「だから私は今でも幸せですって」
確かに日和のことで悩むことは多いけど、その反面、私は日和から幸せももらっている。悲しむばかりではない。
最近では悲しさの方が比重は大きいかもしれないが、それを幸せでないと、私は思わない。
「そもそも恋愛感情のない恋人に私は意味がないと思ってますから」
「私は私が椿ちゃんと付き合うことに意味があると思ってる」
「どういう意味が?」
「私が椿ちゃんと付き合えば、椿ちゃんは私のことを好きになるかもしれない。そうしたら、日和のことを忘れられるでしょ?」
「それは結局、日和が世莉さんに置き換わっただけじゃないですか。私が世莉さんを好きになっても、世莉さんは私を好きじゃないし、何も変わらないですよ、それ」
「でも私にはこれしか考えが思いつかない」
「……はあ」
何を言ってるんだか、この人は。
本当に理解に苦しむ。なんでそんなことを考えるのだろうか。日和に叶わない恋をしている私がよっぽど哀れなのだろうか。別に世莉さんが思ってるほど、悲しいことばかりではないのに。
「ま、とにかく、無理なものは無理です。世莉さんが私に恋愛感情があれば別の話ですけど」
「私が? 椿ちゃんに?」
「はい。まあありえないですけどね」
ありえても困る話だし。
「………………あ、そうか」
「……? どうしたんですか?」
「……んーん、何でもない。キスしてもいい?」
「突然ですね」
「いつもだよ」
今日はいろいろと忙しくて、まだ条件をクリアしていない。最初ほどの抵抗感もなくなったし、慣れてしまった怖さもあるけど、結構楽なもんだ。
私は唇を斜め上に差し出して、世莉さんの呼吸を近くに感じたそのとき、私のスマホが教室に響くように音をたてた。
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