文化祭マジック
第21話
『はい、それでは文化祭の出し物について決めたいと思います。何かやりたいことがある人は挙手をしてください』
文理選択の最終期限まで残り数日。このタイミングでの文化祭の出し物決めは私の心を少し和らげてくれる。
放課後に行われているので、芝野先生はいない。その代わりに、黒板の前で委員長と副委員長がハキハキとした声でクラスを仕切っている。
『はいっ! 劇やりたい! 俺、王子役がいい!』
『定番でメイド喫茶とかいいんじゃね?』
『えー、なら執事喫茶とかもありなんじゃない?』
『私、お化け屋敷がいいなあ。楽しそうじゃん』
クラスのあちらこちらから意見が飛び交い、副委員長が慌てて全てを黒板にまとめている。
みんな高校生になって初めての文化祭ということもあって、わくわくしているみたいだ。
かく言う私もやりたいものへのこだわりはないが、こういう行事は楽しいと思う太刀である。テンションが上がっているのが態度に出ないタイプなので、他の人からしたらズレみたいなものを感じるみたいだけど。
「ねえねえ、椿ちゃんは何やりたいとかある?」
柔らかい声の持ち主が私の腕に人差し指でツンツンとした小さな刺激をもたらす。
「んー、あんまりないんだよね。
「私はね、劇をやりたいなーって思ってるんだ。へへっ、これでも一応演劇部だからねっ」
「じゃあ私、多数決になったら劇に手を上げるね」
「ええ!? 椿ちゃんがやりたいやつでいいんだよ!?」
「ううん、私はどれでも大丈夫だから」
「えー、申し訳ないよお」
「あははっ、ほんとに何でもいいんだよ」
特にこれをやりたいといったこだわりもないし、雰囲気的に席から立ち上がって日和のやりたいものを聞きに行くこともできないし。
だったら何でもいい私が琥珀ちゃんのために一票を投じるのも悪くないことだろう。
「ありがとね、椿ちゃん。何かジュースでも奢るね?」
「え、いやいや、まだ劇をするって決まったわけではないし。そんなことしなくても──」
「ううん、私がしたいの。いらないって言われてもするからね?」
「ええ……」
穏やかなのか強引なのかよく分からない子だ。でもきっとこれがこの子の本心というか、心から出てくる優しさなんだろう。
こういう優しさの塊みたいな子を見ると、私はいつも不思議だなと思う。
どうしてそういう考え方をするのだろうか。今まで育ってきた環境からだろうか。それとも友人関係からだろうか。はたまた家族の影響だろうか。結局何なのかは分からないから、生まれてからの人生を全て私に教えて欲しい。絶対その中に答えがあるはずだから。
……まあそんなこと言っても気持ち悪がられるだけだからしないけど。
『それではそろそろ多数決を始めたいと思います。やりたいものに挙手をしてください』
委員長の声に従って、各々が自分のやりたいものに手を挙げていく。
黒板に正の字がどんどんと書かれていき、明らかに人気のあるものとないものの格差が見て取れる。やはり定番っぽいのが強いみたいだから、劇にも可能性はあるのではないだろうか。
『それでは劇がやりたい人は挙手を』
その声を聞いて、私は手を軽く上にあげて挙手をした。隣で琥珀ちゃんもここぞとばかりに真っ直ぐと手を上に伸ばしている。
やはりちらほらと手が挙がっていて、これは結構いい線いっているのではないだろうか、と心の中で人数を数えていく。
しかも日和も劇に手を挙げていた。私の選択は間違っていなかったのだ。
あと多いのって言ったら…… メイド&執事喫茶だな。ざっと十人以上は投票している。まあ文化祭の定番って感じだから希望する人が多いのも納得だけど。
『……えー、まさかのメイド&執事喫茶と劇が同票ですね』
教室がざわざわと揺れ始める。
「ど、どうしよう椿ちゃんん!」
隣もだいぶ揺れているようだ。
『では決戦投票ですかね。どちらかに必ず手を挙げてください』
委員長は流れ作業のように淡々と事実だけを述べていく。
こればかりは運でしかないけど、琥珀ちゃんに私の分の運まで渡ってるといいな、なんてことを考えながら、委員長が再び希望をとっていく劇の方へ私は手を挙げた。
見た感じほぼに半分に割れているっぽい。どちらが多いのか、ぱっと見ただけでは全く分からない。
『──はい、数え終わりました。えー、一票差ですね。私たちのクラスは劇をすることに決定しました』
その言葉を聞いて、周りでは「フーッ!」というテンションの高い声と「まじか……」という落胆の声が混ざり合っていた。琥珀ちゃんはもちろん「フーッ!」の方である。
そんな中「おお……」と、私は感心していた。まさか本当に劇になるとは。
『何の劇をするかは明日決めることにします。各自やりたいものを考えてきてください』
みんなが「はーい」と答えを返し、部活やらに向かって行く。
「椿ちゃん、ありがとうっ! 本当に劇をやれることになったよ!」
興奮して私に抱き着いてくる琥珀ちゃん。私はたしなめるようにして、琥珀ちゃんの背中をぽんぽんと軽く叩くと、琥珀ちゃんがゆっくりと離れていく。
私とは違って、琥珀ちゃんは嬉しかったり楽しかったりすると、ちゃんと感情を表に出すことができるいい子だ。
「もうお礼にジュース奢るだけじゃ足りないよ! 今度絶対お礼するからね!」
「いや──」
「するからね!」
「え──」
「するから!」
「…………はい」
強引すぎるのがたまにキズだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます