第15話
日和がいない、と気が付いたのは教室に入ってからすぐだった。
クラスメイトたちはすでにお昼ご飯を食べ終わって、わいわいと話しに花を咲かせている中、教室には日和の姿が見当たらない。
私は近くの席の子の背中をトントンと叩く。
「日和どこ行ったか知ってる?」
「ああ、日和ちゃんなら委員会行かなきゃーって騒いでたよ」
「委員会…… あ、そっか。ありがとう」
そう言えば、確かに日和は文化祭の実行委員になったと言っていた。
今日から文化祭委員会の会議が始まったのか。大変そうだなあ。……とまあ日和の心配をする前に、先生に呼び出されたことで、今日食べるお昼ご飯をまだ確保できていない心配をしなければ。
私は手に五百円玉を握りしめて、急いで売店に向かう。
残念ながら私には料理の才能がないし、お母さんも料理が苦手というダブルコンボなので、基本的にお弁当なるものを持参することはできない。
さらに言えば、この学校には学食なんてものはないから、食料調達の手段は朝コンビニでお昼ご飯を買ってくるか、売店に行くかのどちらかだ。
今日はコンビニには寄っていない。ということは誰がどう考えても、残された選択肢は売店しかないわけだけど、絶対に全部売り切れている。
うちの学校の売店は戦争……とまでは言わないものの、いつも確実に弁当もパンも売り切れる。
だからたぶん…… いや、諦めるな椿。諦めたらそこで試合終了だと、どこかの誰かも言ってたじゃないか。もしかしたらパン一つくらいなら余ってるかもしれない。と言うか、ないと非常に困る。焼きそばパンでもメロンパンでもサンドイッチでも何でもいいから、なんかあってくれ。
たった一つのパンにそんな期待と不安を抱きつつ、階段を駆け下りて行く。
「はあ、はあ……」
売店到着。はい残念。諦めなくても試合は終了していました。
私はため息交じりに息を切らせながら、いつもお弁当やパンが入れられている箱は空っぽであることを確認する。すでに売店のおばちゃんたちも帰る準備を始めている頃だ。
手の中で蒸れている綺麗な五百円玉が虚しく輝いている。
私はとりあえずこの世を恨みながら、深呼吸をして息を整える。
「自販機行くか……」
何も買わないより、せめて炭酸か何かの飲み物でもお腹に入れておいた方がマシだろう。
落胆しながらも、私は足取り重く歩いて行き、すぐに自動販売機の前に到着した。
そこで自販機のラインナップを一通り見た私の一言。
「うわっ、コーンスープだ!」
私は「あったか~い」と書かれた場所にコーンスープ様が鎮座しているのを発見した。
コーンスープなんて飲み物ではなく、ほぼ食事みたいなものだ。いや、誰が何と言おうとこれは食事だ。
手の中で蒸れていた五百円玉が本来の輝きを取り戻し、私は五百円玉を自販機に入れて、ボタンを押す。
「熱っ、熱っ……」
何かのトラブルでお釣りが帰ってこなくても私は怒らんよ自販機くん、なんて少しだけ上機嫌になりながら、出てきたコーンスープを冷ますように、右手左手へと転がす。
とりあえず教室に帰る前に一口だけでも飲もうと思って、近くにあったベンチに腰を掛ける。
ありがとう、業者さん。ありがとう、コーンスープ。ありがとう、とうもろこし。
私は多方面に感謝をしながら、缶の蓋を開ける。
プシュゥと気持ちの良いと音と共に、温かな匂いが鼻孔を突き抜ける。
きっと私が今年一番コーンスープに感謝していることだろう。
「はあああ……」
あったか~~~い。体中にとうもろこし成分が染みわたる。
周りには誰もいないし、缶スープを片手に「ふう……」と息を吐いて、感傷に浸ってみる。
文理選択どうしようかなあ。
出てくる悩みと言えば、最近はもっぱらこれである。
残り一週間という期限を突き付けられて焦っていないわけではないけど、何かきっかけがないと決められないのかもしれない。
もしも日和が文系を選んでいたなら、私は迷わず文系を選んでいたことだろう。
なんで理系にしちゃったのー、なんてことを考えてもどうしようもないんだよなあ。
缶の底にとうもろこしの粒が溜まっている。口を大きく開けてガンガンと缶を揺らすけど、奥に詰まったままで一向に出てこない。
「はあ……」
「どしたの、ため息なんかついて」
「うわあ!」
心臓がギュンとする。私は叫び声に近いような声をあげながら、反射的に後ろを振り返った。
「び、びっくりしたあ…… 椿ちゃん、急におっきい声ださないでよ……」
そう言いながら、心臓のあたりを押さえて、変なものでも見るような目をして驚いているのは世莉さんだった。
「せ、世莉さん…… は、はあああ…… 世莉さんこそ、びっくりさせないでくださいよ……」
「ごめん、びっくりさせるつもりはなかったんだけど……」
とりあえず、お返しに変なものでも見るような目で見返しておく。
「世莉さん、何してるんですか?」
「いやあ、ここに悩める若者がいそうな匂いがして」
「………………」
「ごめんなさい。普通にジュース買いに来ただけです」
「はあ、そうですか」
私は口を開けて、缶を逆さまにして思いっきりガンガンと振る。
最近、世莉さんとすれ違ったり、今みたいにばったり学校の中で出会ったりすると、意識をするようになってしまった。
今までは日和のお姉ちゃんだー、くらいの感覚しかなかったのに、ちゃんと世莉さんを一人の人間として認識するようになってしまった。
こんなふうに変な意識を向けるようになるくらいなら、日和のお姉ちゃんのままでいて欲しかったものだけど。
「椿ちゃん、なんか悩んでる?」
「……え?」
世莉さんの声と同時に、缶の底に溜まっていたとうもろこしの粒が一粒、私の口の中に飛び込んできた。
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