導きの愚者

ひじきの煮物

プロローグ


 ――声が、聞こえる……。


 声の主はわからない。何を唱えているのかもわからない。


 ――声が、聞こえる……。


 意識を集中させてみる。が、依然として声の人物も分からず、声の正体も掴めない。拾えるのは、声が聞こえるという事実のみ。


 不思議なことに、そんな事実が確かに存在しているにも関わらず、一番大事で重要な箇所を掴むことができていない。声という、声音や内容という名の、中身が詰まっていない寂しい情報だけ。


 ――なのに、どうしてだろうか……。


 声の主も、内容も、何一つとして記憶に繋がらない。言ってしまえばただの声のはずなのだ。大して気に留める必要も、知りたいと願う必要も無いだろうに、


 ・・この「声」を、聞き逃してはいけない。受け止めなければいけない。


 ――忘れちゃ、いけないっ。


 義務感とは違う。心の底から誓ったような、一種の使命感のような類。上手く言語化できない感情に包まれて、必死にその声を忘れてはいけないと、自分自身に命令を下す。


 が、それを――が許してはくれなかった。


 声が、段々と遠のいてしまっていく。声の残滓も、欠片も、薄く染まっていく。求めても、遠くへ行かないで欲しいと願っても、声は大きく離れていく。引き留めることも、引き戻すこともできずに……。


 ・・遠ざかる声の残響、刹那の瞬間。最後に、聞こえたんだ……。


 意識が完全に消失する前に、最後に聞こえた声。内容は――よくわからない。折角聞けたのに、声が遠のいたからか、所々が掠れて内容を理解できずにいた。


 内容は最後までわからず仕舞い。その代わり……他の答えが返ってきた。はっきりと、最後の声に含まれていた、求めていた内の一つの答え。それは、


 ・・あれは、俺の「声」だ。そして――、


 遅すぎる理解。理解の次に、訪れたのは終焉。手遅れを、後悔を抱いた次の瞬間、ラルズの意識はぶつりと消えて――


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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