第14話 トンビと鶴

再び京子が問う。

「羅城門さんがこの学院へ転入した理由は何かしら。もっと優秀な学校への転入はお考えにならなかったのかしら? 」

「なにをおっしゃいます。ここは相当優秀だと存じますよ。それに藤原院家のお嬢様学校となれば、こちらの経歴にもはくが付くというものです。それになによりも・・・」

「なによりも・・? 」

三日月は、まっすぐな眼をして言った。

「体操着がブルマーになったと聞いて、矢も盾もたまらず駆け付けた次第しだいです」

京子の動きが止まった。

都子は口をぽかんと開けたまま。

「さすがは藤原院家。昭和の古き良き伝統文化を復活させるとは、いや、まことにめでたい。この羅城門三日月、お見それしてございます」

「いえ、あれは学院の理事会で突然決まり・・・私たち生徒会は強く反対したんですけれど、ゴリ押しされてしまって・・」

じつは京子たちは、この3月末に理事会からの通知で知ったのだ。

その三日後に業者からブルマーが納入され、去年までの半ズボン型の体操着は強制終了させられてしまったのだった。

なぜこんなことになったのか。

京子が理事会に問い合わせてみれば、理事長である姉の摂子せつこの鶴の一声で決まったという。

そんな馬鹿な、と京子は摂子せつこに連絡を入れたが、いまだに返信はない。

「いえいえ、それでいいのですよ。私、女の子が大好きじゃないですかぁ。週明けに体育の授業があるので楽しみです」

三日月がまし顔で言う。

・・いや、さすがにこんなことお茶の席ではマズイだろう。

京子の顔の筋肉がしだいに強張こわばってきた。

清美は三日月を制しようと、顔を向けた。

しかし、三日月の表情は真面目まじめそのものだった。

ハッとした。


・・・みーちゃんは、ふざけてなんかいない・・・

本気で、女の子が好きなんだ・・・


今の清美にはそれが痛いほどわかった。


「ただひとつ、失敗したなァと思うのは・・水練場すいれんじょうが無いことでした。これでは女の子たちのスクール水着姿がおがめませんね・・はぁ」

本当に残念そうにため息をく三日月。

水練場・・プールは揚水ようすいの関係上、そもそも丘の上の学院には不向きなのである。もちろん学院創設時から存在していない。

「あんたね・・ふざけるのもいい加減に・・!」

ひたいに怒りマークを浮かべた都子が身を乗り出そうとしたその時、弦楽による「遠き山に陽は落ちて」が林の向こうの校内で流れるのが聞こえててきた。

ドヴォルザークの「新世界」交響曲の第二楽章の美しい黄昏たそがれのメロディーだ。

そろそろ下校の時間のようだ。生徒は学院から出なければならない。

・・・三日月と清美は、丁寧にお辞儀をして、香風亭を辞した。


三日月は、昨日と同じように清美のハイヤーに同乗させてもらって下校した。

車の窓から街が夕日に染まっていくのが見える。


「さきほどの発言にはびっくりしましたよ」

清美が話しかける。

「え・・私なにかびっくり発言したかなぁ・・? 」

「・・・・」

三日月の頭上に、? マークがたくさん浮かんでは消えていく。

羅城門三日月という人物の辞書には、TPOの文字は存在しないらしい・・・

「そ・・それはともかく、茶道の心得がおありだったんですね。織部流なんて初めて拝見しました」

「あ、あれね・・わりとデタラメよ」

「え・・デタラメって?」

あっけらかんとした三日月の暴露に、清美は驚いた。

「もちろん子供の頃に勉強はさせられたけどね。織部流は爺さんが好きで、作法を叩き込まれたものよ。だけどここ何年もお茶席に着いてなかったから、ほとんど忘れてたのよね・・それでさっきはウロ覚えで作法したってワケ。あはは、それっぽかったでしょ? 」

三日月が、白い歯を見せてニカッと笑う。

清美の眼が治った時に見せたのと、同じ笑顔だった。

清美は思い出して、また胸がキュンとした。

「み・・みーちゃんてば大胆ですね。じつを言うと私、あまりあのようなお茶席は好きではないんです。子供の頃から東京の藤原院のご本家でお点前いただいてきましたけれど・・もう緊張してしまって・・今でもダメで・・」

「助け舟出してくれたじゃないの」

廻し飲みのところだ。

「あ・・あれは自分でも意外でした。今までお茶席では型通りにしか動けませんでしたのに・・」

清美にとっては冒険だったろう。頬が紅潮している。

「ありがとう、マジで助かったよキュッポン」

「どういたしまして、みーちゃん」

三日月と清美は、車に揺られながら肩を寄せ合った・・・


同じころの香風亭。

京子と都子は、三日月たちの去った茶室で蒔絵の箱に残った和菓子を味わいながら話していた。

「これでわかったでしょう、姉さん。羅城門がろくでもないってことが・・・」

眉根を曲げながら、都子は柚子ゆず菓子を頬張る。

たが、京子の反応は意外なものだった。

「うふふ・・面白い子だったわね。気に入ったわ」

「え・・姉さん、なに言ってるの!? 」

「彼女の織部流・・デタラメだったけど、その場を乗り切ったじゃないの。肋骨あばらが一本多そうねえ。ふふふ」

「あれ、デタラメだったの!? 」

驚く都子とは逆に、京子は落ち着いている。

そして茶を一口、ゆっくりと咽喉のどへ流し、一呼吸置いた。

「ふふ、デタラメというか、誤魔化したというかね。私の先輩で、古田さんって方がいらっしゃったのよ。それこそ織部の本家筋のね。ご自宅で一度だけお点前をいただいたことがあって・・・作法をご教授いただいたから、すぐに気が付いたわ。羅城門さん、織部流の基本の勉強はしていたようだけど、長いことお茶席に着いてなかったんじゃないかしら」

さすがは藤原院家の次女である。三日月は、見抜かれていた。

「・・・・」

「あれは、旱馬かんばね・・いえ、そんな物騒ではないかしら」

「じゃじゃ馬よ。しつけのされていないただの馬鹿女よ」

「言葉が悪いわよ、つつしみなさい」

「ん・・」

都子が口をつぐむ。京子は、風でもなすような表情で続ける。

「馬鹿ではないわ。今まで私たちの周りにはいなかったタイプってだけ。味方に付ければ、きっと頼もしいわよ? 」

「冗談じゃないわよ、あんなの。ま・・清美と仲が良いようだし、うまく躾けてくれればこっちの苦労もなくなるんだけどね。もぐもぐ」

都子は、やれやれとため息をきながら菓子をゴクリと嚥下えんげした。

すると、京子がぽつりとつぶやいた。

「トンビ・・・」

「え? 」

京子の話の転換に、都子は顔を上げた。

「この前、そこの海辺を散歩した時にね。トンビが高い空を飛んでるのを久しぶりに見たわ。あれはいいわね。自由に翼を広げて思うままに空に浮かんで・・しがらみも怖いものも無いって感じでね。うらやましくなっちゃった」

「・・なんで急にトンビの話? 」

奔放ほんぽうな羅城門さんを見てたら、なんかね、思い出しちゃって」

京子が、クスッと微笑む。

「トンビ・・ねぇ」

都子には、トンビには嫌な思い出しかない。

子供の頃、鎌倉の海辺で急降下してきたトンビにヒュッとお菓子を奪われたのだ。

おおらかに見えて油断禁物、じつは危険な猛禽もうきんだ。


・・羅城門がトンビなら、姉さんは鶴よ。白い翼を広げて雪原で舞う美しい鶴・・


都子は、優雅で端正な京子の横顔を見て思った。

「ところで・・清美さんの眼のことなんだけど・・治ったって本当なのかしら?」

「・・・ふすまから話、聞いてたんだ? 」

「知ってることがあったら、話してちょうだい。都子と羅城門さんとのこともね」

やはり、この姉には隠し事は出来ないと都子は悟った。


その夜中。

清美と都子は、それぞれ自邸で就寝中に異変に見舞われた。

体が、異様に熱い。全身に汗がにじんで眠れない。

清美には、原因は判っていた。

体が、三日月の指を求めてうずいているのだ。

清美は、ベッドの中で裸になって体温を下げた。柔らかいシーツと素肌がこすれあって、たまらなく心地よい。

だが、それだけでは体の火照ほてりはおさまらず、指を使った。


ああ・・この指が、みーちゃんのだったらいいのにな。


三日月は学校の帰りに、今日もウチに遊びにおいでよ、と言ってくれたのだが・・・連日お邪魔するのは悪いと思って遠慮してしまったのがいけなかった。

余計に想いがこみ上げる。

「み・・みーちゃんっ・・!! 」

清美は、一度果てた。

しかし、それだけではおさまらずに・・何度も指を使わざるを得なかった。

「んんっ・・んんんっ!! 」

家族に聞こえないように・・シーツを噛んで声をおさえた。

清美は体力を使い果たし、動けなくなった。

それでもなお襲いかかって来る三日月のマッサージの記憶。

その快楽のおりが脳と脊髄に残り、もっと求めろとささやき続けるのだ。


・・みーちゃん・・私、変になっちゃったよぉ・・みーちゃんが欲しいよぉ・・


清美の長い夜はまだ明けない。


同じ頃、旧市街の藤原院別邸の自室で眠っていた都子を、幻覚が襲っていた。

「うっ・・うううっ・・ら・・羅城・・門・・」

三日月が巨人になって、その大きな手が逃げる都子をつかみ上げる。

まるで某アニメのワンシーンのようであった。

都子はその手によってミカンの皮でもくようにパジャマを剥ぎ取られ、全裸にされて口に運ばれる。

食べられるか、と思いきや・・三日月は口から舌を伸ばし、都子の全身をいやらしく舐め回すのである。

太腿ふともも・・股間・・乳房・・首筋・・と舌は何度も何度も舐め上げ、這う。

ハチミツのような三日月の唾液にまみれながらも、そのザラリとした舌の感触に次第に快感が高まっていく。

それと同時に、三日月の指が都子の全身をグニャグニャと揉みほぐしていった。

「あっあっあっあっ・・ああああああっ!! 」

狂う・・神経が壊れてしまうほどの快楽・・・!!

もう・・世界なんて終わってしまってもいい、とさえ思えてしまうほどの快楽に激しく身悶えする都子だった。


その時であった。

「都子様・・お嬢様っ!? 」

ふっ・・と目を覚ます都子。

ゆっくりと体を起こすと、ベッドの横には同居するお手伝いの女性が寝着のまま涙を浮かべて、心配そうにしている。

「・・・・」

ぼーーーっとした都子の視線が宙を泳いでいる。

「都子様!? 」

女性が都子の肩を揺すると、ハッと都子に意識が戻った。

「あ・・大丈夫よ・・夢よ。悪い夢を見ていたようね・・」

都子は汗の浮かぶ額に手を当てて答える。

「そ・・そうですか。こちらの部屋にまで声が聞こえてきたものでして・・・具合がお悪いようでしたら、すぐお医者様にでも・・」

「い・・いえ、大丈夫です。お水をいただけますか? 」

「は・・はい、しばらくお待ちを・・」

女性は寝室を出て、台所に向かった。

「やば・・シャワーを浴びなきゃ・・」

都子の股間が、ヌルリ・・と湿っていた。

都子はまだ夢の中にいるような感覚だった。身体も熱い。


・・・くっそぉ・・あの快感が忘れられない・・この私が、なんてはしたない・・


都子は夢の残滓ざんしに惑わされぬように、膝をぎゅっと抱え・・震えた。

清美も都子もその全身に、けっしてぬぐい取れないマッサージの媚薬びやくを三日月に塗り込められたことを、まだ知らない・・・


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