第9話 奔流するオーラ

科学で存在が証明されていない「オーラ」を説明することはむつかしい。

概念としては、肉体が発する光、といったところだ。


そもそも「光」とは、「波」である。

ここでいう「波」とは、「振動」のことである。

振動は、周波数という数値で表現できる。単位は、ヘルツ(Hz)である。

一秒間に1回振動すれば、1ヘルツ。10000回ならば10000ヘルツである。

光の色は周波数によって変化することが判っている。

周波数は無限だから、光の色も無限ということが言える。

では、肉体のオーラ光の発生源となる肉体の振動とはなにか。

心臓の鼓動・・筋肉の伸縮による体温調整・・血の循環などさまざまに考えられる。


三日月は肉体のオーラを認識できるが、せいぜい5色ほどである。

激しく運動している人からは、赤いオーラ。

健康で元気で正常な人は、黄色。

ソファーでゆったりとくつろいでいる人は、薄い緑。

軽い風邪などで体調の良くない人は、灰色。

そして機能が落ちている箇所は、黒・・・


仮説としては、「オーラの色は血流と関連がある」としておきたい。

激しい運動で心臓が活発に動き、血流量が増え、体温も上昇。全身の細胞がはげしく活性化(振動)し、赤い光を放つ。

逆に、過度な疲労などでストレスが蓄積し、いわば血行不良を起こし、細胞レベルで著しく活動が低下している部分は黒くなる・・・といったところか。

なんにせよ、清美の首・肩から腰にかけての体幹は、ずいぶんとストレスを溜め込んでいるようだ。


なぜ、三日月はオーラを見ることが出来るのか・・

それは彼女の発電能力が深く関係している可能性がある。電気も結局のところ、「波」だからである。当然ながら周波数を持つ。おそらく三日月の発電能力に付随するなにかが、彼女の眼球もしくは関連する神経や脳機能に周波数調整能力を付与し、肉体の発する微弱な光であるオーラの周波数に同調・・・たとえばラジオの周波数を合わせるように・・視認することを可能にさせているのではないか。

発電能力からの同調能力。

それによってオーラを視認できると推測しておこう。


・・では、なぜ三日月にはそんな発電能力があるのか。

わからない。

それはしかるべき研究機関で生体実験、もしくは解剖台で彼女をさばいて体組織から調べるしかないだろう。

なんにせよ、いろんな意味で変人でなのである。


そしてもうひとつ。精神のオーラについて考えてみたい。

一応確認しておくが、精神のオーラの色は、肉体のオーラの色とは別である。

肉体のオーラが黒だったとしても、決して精神のオーラが黒いとは限らない。

ここは念を押しておく。

ただ、肉体は機能において、精神状態が反映するという一面があるのも事実だ。


たとえばうつ病は、肉親の死などのストレスが脳に大きな負荷となってのしかかり

血管の収縮を起こし、血流量が減り、脳機能の低下から身体の制御信号をうまく

発することが出来なくなり、心拍数の異常な増加や体温の急な上昇下降・食欲減退・気力減衰など体調不良を引き起こすものだ。疲れきった精神は体を壊してしまう。

そう考えると、清美の体幹の黒いオーラの出現は、もしかすると精神状態が影響しているのかもしれない。

一見いっけんは健康体でも、清美の精神には隠された何かがあるのを三日月は

見逃さなかった。


精神とは、魂と言い換えてもいいと思われるが、定義は曖昧である。

本やテレビなどで心霊写真を見たことがあるだろう。

被写体の前に覆いかぶさるように、あるいは横切るように赤い光がモヤや帯状に写り込むことがある。または表情がハッキリとわかる赤い人の形となって写ることもある。赤色は、霊が怒っている色とよく言われる。これも霊という精神体のオーラ色と言っていい。


三日月には、精神のオーラの色がさまざまに見える。

怒りっぽく、喧嘩けんかぱやい人は、たしかに赤いオーラを放つ。

性格が明るく、いつもにぎやかに笑っている人は、黄色。

静かな場所が好きな人は、青。

平和主義者で、平穏を好む人は、緑。

スピリチュアル的には、緑は最もバランスが良いとされる。

学者や、宗教・哲学的なものを好む人は、銀色。

そして、なかなかお目にかかれないが徳の高い人は、ムラサキ。

テレビのニュース映像に映る警察に連行される極悪の犯罪者などは、ドス黒い。


・・清美の精神のオーラは、灰青であった。

決して良くはない。灰は心の疲れの色。青は冷ややかな色でもある。

もしいま、清美が死んで魂が写真に写ったとしたら、青白い灰色を帯びた疲れきった

表情で立ち現れるに違いなかった。


・・ベッドの上に眼を移さねばならない。

裸の女の子が、もう一人の裸の女の子をマッサージをしているとは淫靡であるが、ここにもう一人オーラを認識できる者がいたら、三日月の精神が清美の灰青のオーラに溶け、一体化してしまったように見えるだろう。

あるいは仄暗ほのぐらい灰青の沼に三日月が沈んでしまったように映るかもしれない。

同調した三日月の精神は、清美の精神の灰青のオーラの中に溶け込んでいった。

オーラ色を見た印象の通り、清美の心の重苦しく冷たい空気が三日月を包む。

ほの冷たい体感に、三日月の精神がこわばる。

あの真面目な清美の中に、こんな冷たい部分がひそんでいたなんて・・と、三日月は目を凝らす。


しばし・・・沈みきったオーラの底に清美はいた。


清美の精神体は、一糸纏いっしまとわぬ裸体で膝を抱えて座り込み、顔を伏せて泣いていた。

「花岳寺さん・・・」

三日月はそっと近付き、その肩に右手を添えた。すると清美の思念が、彼女の幼い時からの記憶とともに三日月の頭の中に流れ込んできた。

三日月はオーラを通じて、走馬灯のように清美の過去を見た。

その思いも・・・全部知った。



清美は、産まれた時から大人しかった。

ただ保育器の中では眼をパッチリと開けて、キョロキョロと周囲を見回していた。

家でもあまり泣かずに、母にもお手伝いさんにも苦労はかけなかった。

夜はショパンの夜想曲ノクターンを流すと、よく寝た。


両親・祖父母共に清美を溺愛した。

そして、しつけもキチンとしてくれた。

両親は毎日仕事で忙しく家にいないことが多かったが、清美はお手伝いさんの言うことをよく聞き、作ってくれた食事も「おいちい、おいちい」と笑って食べた。

お手伝いさんの五つ年上の娘さんのことを「お姉ちゃん」と呼んで、慕った。

お姉ちゃんは、毎日遊んでくれて清美を妹のように可愛がった。

清美は、優しく楽しい家で元気いっぱいに育った。


幼稚園は、家のすぐ近所だった。

少人数の幼稚園で、明るく利発な清美は園の先生たちにも可愛がられた。

年長さんになると、年下の子によく絵本を読んであげたりもした。


ところが、小学校に上がると少し雲行きが怪しくなった。

小学校は市立で、家からは遠かった。清美の周りは、知らない子ばかりになった。

元来大人しかった清美は、尻込みしてしまった。

話しかけられず、なかなか友達が出来なかった。

放課後も、誰とも遊ぶことなく一人で帰った。家に帰ると、自室にこもって本を読んで過ごした。学校よりも、本を読むのが楽しかった。

毎夜遅くまで布団の中で読んだ。

この頃からすでに目が悪くなり、眼鏡をかけるようになった。


3年生になると、初めて学級委員をやらされた。

最初は、成績が良くまじめな清美を担任が指名した。

眼鏡は、優等生の清美をますます優等生に見せた。

花壇の水遣りから教室で飼っている金魚の世話など、キッチリとこなした。

学級委員は月ごとの交代制だったが、クラスメートは、なんでも清美に押し付けた。

ある朝、金魚が死んで水槽に浮かんでしまった。

前日にうっかり餌をやり忘れた清美が、みんなから責められた。

泣いた。

「もう寿命だったのよ」と先生がかばってくれたが、この出来事は清美の純粋な心にトゲのように刺さった。

清美の父は市長で、家も大きい。

責められたのは、クラスメートのやっかみもあったかと思える。

市民ヒエラルキーのトップにある一家の娘の清美には、友達が出来なかった。

クラスメートから敬遠されたこともあるが、彼女が作ろうとはしなかった。

トゲのように刺さった嫌な思いは、清美から表情を消した。

学校は重苦しい場所だった。陰口も聞こえてきた。

ある日一人の男子に、度の強くなった大きな丸い眼鏡を隠され、一人で探し回って階段から滑り落ち、膝と腕にケガをした。

これには温厚な両親もさすがに激怒し、学校側も、その生徒と親も平謝りしたが、清美は悔しくて悔しくて泣きじゃくった。


中学に上がっても、あいかわらず色々押し付けられた。

クラス委員のみならず、生徒会の役員までやらされた。

「市長の娘の優等生だから」と、教職員たちも無責任な期待を押し付けた。

中学は色々と行事が多く、そのつど清美はかりだされ、疲れ果ててしまった。

心は鬱屈したまま、体の疲れも抜けなかった。

3年生のある日、ひどい頭痛が襲い何日も学校を休んだ。

病院の診断は、長年のストレスによる頭痛だった。

休養中、担任以外クラスメートは誰も見舞いに来なかったが、東京からわざわざ藤原院家の京子と都子が心配して駆けつけてくれた。

特に心配してくれたのは都子で、清美の大好物の「東京ナバナ」を小遣いはたいてたくさん買ってきてくれた。

清美は、その甘いお菓子を一口一口泣きながら噛みしめた。


高校は、丘の上の藤原院女子高等学院へ進んだ。

天下のお嬢様学校に地元から進学する同級生はいなかった。

清美は、正直ほっとしていた。これでつらい人間関係がリセットされる。

新しい世界が始まるはずであった。

が、期待は大きく裏切られることになった。

学院でも、大人しそうな清美はクラス委員を押し付けられた。

クラスメートたちは、名門家や資産家の箱入り娘ばかりである。

これが意外とタチが悪かった。

旧大名家・貴族の少女たちは甘やかされて育てられ、異常に気位が高く、クラスメートを自分の家との比較でしか見ようとしなかった。

藤原院家の荘官に過ぎなかった清美の花岳寺家は、かなり下に見られ、相手にされなかった。資産家(庶民からの成り上がり・ブルジョワ)の娘たちも、名門家とのつながりばかりを求めており、やはり清美を相手にしなかった。

結果、学級のヒエラルキーの低い清美に面倒な雑用がすべて押し付けられた。

そのくせ、清美の言うことを誰も聞かないのである。

「あんたもイヤならイヤってハッキリと言いなさいよ! 」

同級生になった藤原院都子が心配して叱ってくれたが、心は乾いてしまっていた。

清美は、全てが馬鹿馬鹿しくなっていた。

人から押し付けられるままに動いた。

もう・・何も考えない方が楽なのだと気がついた。


それから、もう一年が経つ・・・


「花岳寺さん・・」

三日月に、清美のすべてがビジョンとして流れ込んできた。

泣けてきた。そして話しかけた。

「もう・・大丈夫だよ、私はあなたを独りにしないから。私ね、頑張っているコが好きなんだ。ずっとこうして花岳寺さんに寄り添ってあげるよ」

膝を抱えてうつむいている清美の体を、三日月が両腕でしっかりと抱え込む。

すると、二人を明るい光がふわり、と包み込んだ。

三日月の明るい精神のオーラが、清美の灰青の精神のオーラを光に変えていく。

これも三日月の持つ同調能力だ。

清美の心に、温かい・・やさしい熱が波のように流れ込んでくる。

・・清美が、うっすらと眼を開いた。

涙ぐんではいるが、純粋なその眼差しはやはり可愛らしく、美しい。

三日月は清美を抱きしめ、唇にキスをした。

「はぁ・・綺麗よ花岳寺さん。でも笑った方がもっと可愛らしくて、私は好きだな」

三日月の微笑む顔が、光ににじんだ。

清美は、その笑顔を一生忘れないだろう・・・


すうっと・・三日月の精神は肉体に戻った。

目の前には清美が、裸でうつ伏せの背を見せている。

三日月の両手は、清美の腰の少し上に添えられたままになっていた。

「いいわ、私が・・花岳寺さんの全部を揉みほぐしてあげる。その心も、身体も・・ぜんぶ、ぜーーーーんぶ、ぜぇーーーーーーーーーんぶ、トロントロンになって溶けちゃうまで・・シて・・あげるよ」

三日月が、指先の電圧を上げ、清美の腰を揉み上げていく。


ギュッギュッ、ギュッギュッギュッギュッ・・!!

ビリッビリッビリッビリッ・・ビリッビリッビリッビリッビリッビリッ!!


パパッ! と、指先に光の粒がはじけ飛ぶ。

「あっあっあっあっあっあっあっあっ・・んんんっ・・あっあっあっあっ!! 」

清美が甘く・・そして強く喘ぐ。

清美はまだ意識が薄らいだままだが、肉体は素直に反応して悶える。

三日月は、今まで清美にマッサージしてきたのとは逆方向に、腰からゆっくりと上へ

揉みあげていった。


ぐっぐっぐっぐっ、ぐっぐっぐっぐっ・・グリグリッグリグリグリグリッ!!

三日月の指は、黒いオーラを発している背筋のポイントを的確に捉え、電圧を打ち込んでいく。

電圧が筋肉に複雑な痙攣けいれんを与え、ほぐれて緩んだ筋肉の奥に、さらに電圧を加えてグッと指を沈めていく。

「あっあっあっあっ、あっあっあっあっ・・あああああんっ!! 」

三日月の指が削岩機のように、硬くなった清美の背筋の深部へ沈み込み、さらにマッサージを加える。

清美は強く喘いだ。


「あっ・・・!? 」

このとき清美の精神は、部屋の宙に浮いてマッサージを見ていた。

浮かんでいることが本来の自然の状態と思えるほどに、心地よかった。

「な・・なにが起きてるの・・? 」

不思議な光景だった。

三日月の両手が清美の肉体の中に入り込み、筋肉も骨も・・繊細な神経までもやさしく撫で上げている・・・そんな光景。

やさしいが、その指はなにか淫靡なものを孕んでいるようにネットリと動く。

まるでハープの弦を流れるようにくように・・・三日月がうっとりとした恍惚こうこつを表情に浮かべて、清美の体の中身を撫で回しているように見えた・・


三日月の指が、背筋から清美の首に戻ってきた。

マッサージを終えた背筋は、もう黒いオーラは発していない。

残るは首から後頭部にかけての、頭を支える筋肉だ。

三日月が優しく電圧を上げ、マッサージを開始する。


グッグッグッグッ・・グッグッグッグッ・・!!

ビリッビリッビリッビリッ・・ビリッビリッビリッビリッ!!

「あっあっあっあっ、あっあっあっあっ・・!! 」

清美の体が、感にえたように仰け反って反応する。

「あ・・ヤバイ・・返ってきた・・うっ・・」

三日月が脂汗を浮かべてうめいた。

電圧だけじゃなく、清美に与えてきたマッサージの快楽までも返ってきているのだ。

「あっあっあっあっ、んんんっ・・あっあっあっあっあっあっ!! 」

清美の甘い喘ぎが、室内に響く。

「はぁはぁはぁはぁ・・あああっ、ダメ・・私も感じて・・あっあっあっあっ」

三日月の指先が清美の腰を揉めば、三日月の腰に。清美の肩を揉めば三日月の肩に。

ダイレクトに、じんじんと快感が伝わってくる。

三日月の同調能力のなせるわざだ。

これだからマッサージはやめられない・・と、思った。

さらなる快感を求めて、三日月は電圧を上げた。

清美が痛くないように、快楽だけが上昇するように・・・


ビリビリビリビリビリ、ビリビリビリビリ・・・!!!

「あっあっあっあっあああああっ、あっあっあっあっ、ああああんっ!!! 」

清美が弾むような嬌声を上げ、大きく仰け反る。

「あっ・・ダメッ、私も・・飛ぶっ・・!! 」

三日月の身体も弾んだ。

清美の全身を襲う快感が、たばとなって一気に返ってきたのだ。


その瞬間、三日月は全身が総毛立ち、目の前が真っ白になった・・・












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