第7話 エプロンとニラ

清美の前で、全裸仁王立ちする三日月。

あっという間に裸にかれた清美は、すっかり警戒し両腕で体を隠すように

玄関の床に座り込んで身を固くしてしまった。

それに引き換え、三日月はのん気なものだ。

「別にいいじゃないの。女の子同士なんだしさぁ・・それに、マッサージの時はベッドで全裸になってもらうんだよ? 」

「そんなマッサージ、聞いたことがありませんっ! 」

清美は涙を浮かべて縮こまってしまった。

「なに言ってるの? 体育倉庫でもほぼ全裸だったじゃないの」

「あ・・あれはブラを取っただけで・・あとは羅城門さんが・・」

まさかパンツまで下げられるとは思わなかったと言いたげだ。

「しかたないなぁ・・じゃあ、ちょっと待ってて」

三日月はそう言うと、奥の部屋に入って、ほどなくして出てきた。

手に布束を持っている。


「これけてみてよ。これなら恥ずかしくないでしょ? 」

恐る恐る振り向く清美の目の前に、バッと布束が広げられた。

それは純白のエプロンだった。

「えっ・・えっ・・? 」

「ほーーら、私が着せてあげるよぉ。ムッフッフッ」

鼻からフーフーッと熱い息を出しながら、寿毛平すけべいそうな笑みを浮かべ、

三日月は再び電光石火の早技で清美にエプロンを着せると、嗚咽した。

「おおおおっ・・・おおおお・・・おぅおぅ・・ブフッ」

清美の裸エプロン姿に、三日月はオッサンみたいな呻き声と鼻水を出したのだ。

清美の、出ているところは出ているボディに純白のエプロンは眩しすぎる。

余計なヒラヒラのない、シンプルなエプロンが体のラインを強調して素晴らしい。

「いやん、羅城門さん・・変な声出しちゃ・・恥ずかしいですぅ! 」

清美はまた裸エプロン姿を腕で隠す。

「なに言ってるのよ・・思った通り、芸術的な美しさよ。あああ、本当に可愛いわ・・ハァハァ」

「そ・・そんな・・可愛いとかいいですからっ!!」

すさまじく恥ずかしいが、清美も女の子である。じつは三日月のような美少女にめられたことが少なからず嬉しかったのだ。しかし羞恥心が勝った。

「うんうん、そうよね。可愛い女の子には、エプロンよね。よくアニメとか漫画で、メイド服出てくるでしょ。あれ嫌いなのよね! 」

まるで清美の羞恥心を無視するように、三日月が両腕を組んで喋り始めた。

「そもそも女の子はさぁ、裸が一番美しいものなのよ。それをさぁ、わざわざ覆い隠すようなメイド服なんてナンセンスよねっ! あんなごちゃごちゃした風通しの悪い服なんて、誰が考えたのかしら・・まったく! それに引き換え、エプロンは素晴らしいわ。布一枚で、女の子の美しさを見事に引き立たせてる・・アニメの監督全員に今の花岳寺さんの姿を見せてやりたいもんだわねっ!! 」

眉根を寄せ、本気で怒ってしばし語り始めた。

清美は圧倒されるばかりだった。

「ふぅ・・ありがとう、花岳寺さん。私のこだわりを聴いて頂いて」

ひとしきり喋ったあと、三日月は額の汗をぬぐい、清美を促した。

「さ、花岳寺さん。部屋に入っていただけるかしら。お友達を紹介させて頂くわ」

「お友達・・ですか。でもお部屋には、誰もいらっしゃらないんじゃ・・? 」

「いいえ、こちらにたくさんいるわよ」

三日月は、嬉しそうに清美の手を引いて部屋に招き入れた。


「ほああっ・・」

清美は、感歎かんたんの息を漏らした。

玄関から5メートル先の扉を開けると、そこに40畳はあるかと思われるリビングが

広がっていたからだ。リビングの左奥には、これまた広いキッチンが見える。

リビングの右奥にも扉があり、さらに奥に部屋があるようだ。

「すごいです・・こんなに広いお部屋、初めて見ました」

「引っ越してきたばかりで、まだ荷物全部広げられてないのよね。お姉ちゃんもいないし、よけい広く感じるわね」

「・・・いやいや、お姉様がいらっしゃっても広いでしょうに・・羅城門さんのお家って・・なんのお仕事をなさってるのでしょうか・・? 」 

「まぁ・・下世話な品物を売って手広くやってるわね。ウチのじーさんがそういうの昔から好きでね」

「・・下世話な品物、ですか。なんでしょうか?」

「ひ・み・つ、よ。それよりも、ベランダを見てほしいんだけど・・」

そう言って、三日月がリモコンのボタンを押した。

ピッ、と音が鳴り、サッシのカーテンが左右にサーーーーッ・・と自動で開いた。


サッシのガラスの向こう側に、これまた広いベランダが見えた。

サッシからむこうぎわのフェンスまで5m。

ベランダの横幅はおそらくこの部屋と同じ25mぐらいの長さがあるだろう。

ここでクラス全員でバーベキューパーティーでも出来そうな広いベランダだった。

だが、いまそこにビッシリと敷き詰められているのは、園芸用のプランターだった。

ヒスイ色の縦長のプランターには、緑色の細長い雑草のような植物がギッチリと植わっている。

「ニラよ。私が北海道の家で育てていたニラちゃんたちよ」

「ニラ・・? 」

「そうそう、運ぶの大変だったんだからね。この子達は私が大切に育ててきたのよ。私、ニラちゃんが大好物でね、ニラちゃんがないと生きていけないの」

三日月が、ベランダのサッシを開けた。ひゅううっ・・と部屋に風が吹き込む。

清美は裸エプロンの肌寒さを感じ、身をすくめた。

そしてベランダからふんわりと漂う、甘い香りに気付いた。

その中に、庶民的なあの香りが混じっている。これは・・・ギョーザだ。

ギョーザに入ってるのと同じ、元気が出そうなあのニラの香りが漂っている。

たしかにプランターに植わっているのは、ニラに違いなかった。

それにしても、この量はどうだ。

ベランダ一面がニラの草原みたいになっている。


三日月は、サッシ下に置いてあったスリッパを履いてベランダに出た。

「ちょっとちょっと、羅城門さん裸ですよ、人に見られますって!! 」

三日月は、一糸纏わぬ全裸で風の中に立っている。清美があわてたのも無理はない。だが三日月は気にも留めていないようだ。

「大丈夫だって。このマンションてばこの辺りで一番高いしさ。しかもここ最上階の10階だよ。誰からも見えないって」

「それは・・そうですけどぉ・・」

「ほら、ベランダの壁から見てみなよ、見晴らしサイコーだよ」

「・・・・・ホントですか? 」

清美はオズオズとしながらも、ベランダに近付いて、肩ほどの高さの手すりから見下ろしてみる。

「あ・・私の家がすぐ下に見える」

ベランダは、東側を向いている。はるか下方に市の境界道路と、歩道の長い並木。

そして、歩道の向こう側に石垣に囲まれた花岳寺家の敷地と、四角い邸宅が見えた。

視界の前面には新市街地と、その左奥に広がる旧市街。

そのさらに向こうには、学校の建つ丘と恐ろしいほど真っ赤に染まる富士の霊峰。

南に視線を転ずれば、東海道沿いの宿場町と、夕暮れに光る海。

そして、はるか東方にかすむ伊豆半島・・・

清美の家からは見られない絶景だった。

「はぁ・・すごい綺麗です・・本当に綺麗・・いいなぁ・・」

清美は他人をうらやむ性格ではない。またそうしつけもされてきた。

だが、思わず口をついて言葉が出てしまった。

「羅城門さん・・? 」

ふり向いた清美の目に映ったのは、あやしい三日月の姿だった。


三日月はプランターの横に腰を下ろし、ニラたちに語りかけていた・・・

「うふふ、ターポン、キランポ、ショーロミ、ハナモニャク・・今日一日元気だったかしら。リョーモン、フランチョ、サランメ、トーコラン、メササギン、ヒョランコ、ロッチョル・・・いつも元気ねェ・・タクマンロー、ラランモ、クリンココ、セーラクミン、ハラランポ、アタヒャン・・あとでたっぷりお水をあげるわね・・・レクリンチョ、マーレルロ、サラマンチョ、ララコンポ、みんな仲良くするんですよ」

「・・・・・・」

清美は、三日月の語りを黙って見ていた。

三日月が清美に気がついた。

「あっ、ちょうどいいわ。みんなに紹介するわね。花岳寺清美ちゃんよ。転校して初めて出来たお友達なのよ、仲良くしてあげてね」

三日月は、清美をニラのみんなに紹介する。

「ささ、花岳寺さんもこの子達にご挨拶いただけるかしら」

「・・・・」

「花岳寺さん・・? 」

声をかけられ、ハッとする清美。

「あ・・はい、初めまして。羅城門さんと同じクラスの、花岳寺清美と申します。これから仲良くして下さいね、今日はありがとうございます」

清美は、三日月に言われるままに、プランターの横に腰を下ろしてニラさんたちにぺこりと挨拶をした。

「・・・・・・」

なにを語ればいいのか・・清美は言葉が浮かばない。

「・・どうしたの、花岳寺さん? 」

心配そうに、三日月が声をかけた。

「えっと・・・さっきの、チョーなんとかは何かのおまじないですか? 」

「おまじない? やーねー、ニラのみんなの名前じゃない、あはは」

手をひらひらさせて笑う三日月。

清美は、すううぅ・・はあぁぁぁ・・と、大きく深呼吸した。

「えっと・・まさかとは思いますけど、ニラの一株一株に名前付けてるんですか? 」

「そうだけど・・付けるでしょ、ふつう?」

ふつうは付けない。

「・・・なぜそんな名前になさったんですか? 」

「そんなって・・見たままを名前にしただけだよ。ほら、この子はピラギョン・・この子はソロロンボ・・まんまでしょ? 」

・・・いや、ニラなんてみんな同じにしか見えん。

それとも、三日月にはなにか別のものが見えているのだろうか・・・こわい。

それにしても、ネーミングセンスがひどすぎる。

清美はまた頭が痛くなりそうだったが、利発な彼女はすでに解決策を見つけていた。


無心になることだ。

そうだ無心になれ。

羅城門さんと一緒にいる時は、何も考えなくていい。


清美が、ただ流されていくだけの死んだ魚の目になった。光がない。

三日月が語りかける。

「花岳寺さんは、野菜を育てたことはないのかしら」

「そうですね・・小学校でヒヤシンスの水栽培をしたぐらい・・ですかね・・」

「ああ、球根をビンにハメて育てるやつね。あれ、水を替える時にビンを傾けすぎて

根っこがズボッと飛び出しちゃうと、大変なのよね。戻せなくて先生に怒られたわ」

たはは、と苦笑いしながら頭を掻く三日月。

「あ、私もやりましたよそれ。無理に押し込むと、根っこが折レちゃイますヨネ」

清美が、力なく応じる。

「そうそう、あっはっはっ」

「うふフフふフ・・・」

「それよりも、この子を花岳寺さんに見てほしいの」

そう言って三日月が指を差す先は、プランターの隅っこだった。


・・・無心よ、無心になるのよ清美。


清美は心を強く持った。

「この子を見て」

「・・・どの子ですか? 」

「ほら、この小さな・・」

清美は、三日月に言われるままにプランターの隅っこをのぞき込む。

三日月の指の先に、ヒョロリと立つ一本の小さなニラがあった。

これは・・細い。明らかに生育不良である。

草丈も他の株は30cmほどあるが、この一株だけは6cmほどしかなかった。

「チョロロンゲちゃんよ」

「・・・・・・」

清美の表情筋は、すでに機能を停止している。

「チョロロンゲちゃんよ」

大事なことなので、二回言いました。

その三日月の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

「チョロロンゲちゃんはねぇ、全然大きくなれなくてねェ・・でも生きようとしててねぇ・・雨の日も風の日も、私が特に目をかけて一生懸命世話をしてねェ・・やっと・・やっとここまでがんばって育ってくれたのよぉォォ・・うっうっ・・」

北海道での思い出だろうか。感極まったように三日月はオロロンと泣き出してしまった。

「グスッ・・・さぁチョロロンゲちゃん、ゆっくりでいいから元気に育つのよ、私がずっと面倒みてあげるからね・・よしよーーし・・よしよーーし・・」

三日月は、子供にいい子いい子するように、チョロロンゲちゃんを優しく撫でた。

「さ、花岳寺さんも・・撫でてあげて。優しく・・ね」

「ハい」

無表情の清美だが、促されるままにチョロロンゲちゃんを指先で撫でてあげた。

清美は撫でられるチョロロンゲちゃんを見ていると、なぜか股間がむず痒くなる気がした。


「さて・・ベッドへ行く前に、腹ごしらえの時間を下さる? このニラちゃんたちをたっぷり使った夕食を、ご一緒していただけると嬉しいわ」

「あ・・ありがとうございます、羅城門さん。では、お言葉に甘えて・・」

清美がスマホを取り出して、家に連絡を入れる。

その間に、三日月がニラたちを収穫する。むろん、チョロロンゲちゃんはよけた。

ニラは非常に丈夫な多年草である。根元からざっくり刈り取っても、根っこさえ残っていればわずか数週間で元通りに復活するお得な野菜だ。その上、同じ株で数年は収穫できる。順番に刈っていけば、ほぼ無限と言っていいぐらいに収穫できるのだ。

三日月は、ハサミを使い直径10cmほどの束になるぐらい収穫した。

一方清美は、ベランダから自分の家に向かって大きく手を振った。

「自分はここにいるから安心して」と、家族へ合図を送ったのだろう。


テーブルで全裸の三日月と正対して食事をるのはさすがに戸惑った清美だったが、三日月がこしらえたレバニラ炒めは、ピリッとしたスパイシーさがあり、絶品だった。刻んだニラのコンソメスープも美味し過ぎた。ニラがこんなにも甘いものだったとは、知らなかった。清美の箸は止まらなかった。

まぁ、それ以上に食べていたのは三日月だったが。

裸エプロンの清美の姿もオカズにして、丼飯どんぶりめし三杯カッこんだ。


・・・食事が済んでお茶で一心地ひとごこちつくと、三日月が言った。

「さて・・花岳寺さん、お手洗いに行っておいて頂けるかしら。ベッドの上でお漏らししちゃうと大変だから・・・フフフ」

「お・・お漏らしって・・」

清美の咽喉のどがゴクリと鳴り、体がかすかに震えた。


清美にはまだ羞恥心はあるものの、やはりあのマッサージを最後まで受けてみたい気持ちには勝てなかった・・




















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