第4話 放課後ラプソディ

カツカツカツ・・

廊下を急ぎながら、藤原院都子は少し後悔していた。


6時限目の体育の授業が終わり、セーラー服に着替えてからのホームルームは、どうしても他の教室よりも遅くなる。その後、生徒会室に向かってしまったのは、明らかに時間のロスだった。

あの派手な転校生のいる教室に、直接行けばよかったのに・・・と。

几帳面きちょうめんな都子は、風紀委員の腕章をわざわざ生徒会室まで取りに行ったのであった。腕章は、いわば彼女の戦闘アイテムだった。


腕章をつけた都子は、生徒会室から2-Bの教室へ急いだ。

といっても校則により、校内を走れないのがもどかしい。

こうしてる間にも、転校生は下校してしまうかもしれないのだ。

だが、都子はピタッと足を止めた。

「ん・・? 」

2階の廊下の窓から、校舎の裏側を歩く二人の姿が見えた。

校舎の影に入って分かりづらかったが、あの髪型は、例の転校生だ。

ただもう一人・・・あれは花岳寺清美に違いないが、なぜか体操着とブルマ姿。

セーラー服の転校生と、腕を組み体を密着させて歩いていく。

都子でなくとも違和感を覚えるだろう。

「あんなカッコウで・・なにをするつもりかしら・・? 」

二人に妙な雰囲気が漂っている。

彼女たちが歩いていく先には、体育館があった。



三日月と清美は、体育館の裏側にある体育用具の倉庫の前にいた。

周りには、誰もいない。

体育館の表側のグラウンドのすみっこのテニスコートの方から、生徒が部活動している声が聞こえてくるのみ。学院の部活は、文学・美術・手芸などの文化系がほとんどで、体育系はテニス部しかないのだった。

清美が、周囲に気を配るようにガラガラッ・・と倉庫の横開きの扉を、静かに開く。

「へぇ・・鍵かかってないんだね」

「いえ、ネジ穴が古くてゆるいだけです。体育の備品なんて盗む人もいませんし、ずっとこのままなんですよ。・・・ここならテニス部の方たちも利用しませんよ」

清美が、恥ずかしそうに三日月の肩に顔をすり寄せる。

「じゃ、入ろうか・・花岳寺さん」

「はい・・」


中に入って扉を閉める三日月。

電燈は天井に取り付けられてはいるが・・・あえてスイッチは押さなかった。

女の子が二人きりで、放課後の狭い空間で体を寄せているのだ。

薄暗いぐらいが、ちょうどいいだろう。

そもそも夕方の体育倉庫、というその語感だけで、なにやら秘め事のような・・

退嬰的たいえいてきで、なまめかしい風韻ふういんが漂っているが、このやや湿気を帯びた独特な空気には、感覚を鋭敏にさせる何かがある。

壁の上部にある小窓から差し込む光が、倉庫の中を柔らかく照らす。

微細なホコリのまいがチラチラ浮かんで見える。

・・・とても静かだった。

二人の呼吸・・いや、心臓の鼓動まで聞こえそうだ。

跳び箱・ハードル・バレーボール用のネット・・・えた匂いの中に、白いマットが十枚ぐらい太腿ふとももの高さほどに積んである。

まだ新しいマットなのか、綺麗な白色だった。

幅1.5m ・長さは2.5mほど。

まるで二人のために用意されたベッドのように、目の前にある。


「このマットで・・お願いします・・羅城門さん・・ハァ・・ハァ・・」

清美はもう待ちきれないようだ。

「それでいいの? 花岳寺さんの体が汚れないか心配だよ・・」

「だ・・大丈夫ですよ、このマットは4月に新しく入れ替えたばかりでそんなに汚れてないですから。だから、はやくぅ・・・お願いいたします・・ハァハァ・・」

「わかったわ、でもちょっと待ってね」

そう言うと、三日月は自分のセーラー服を上下とも脱ぎ、マットの上に敷いた。

「私の服の上にうつ伏せに寝転んでね。これで汚れないわ」

清美は感激した。なんて優しい人だろう・・・

「ありがとうございます、羅城門さん。綺麗なお体をしていらっしゃいますね」

「ウフッ、嬉しいわ」

セーラー服を脱いだ三日月は、下着姿になっていた。

下着といっても、薄いピンク色の、動きやすいスポーツブラとパンツである。

清美に負けないぐらいの美ボディだ。


「ブラは・・はずした方がいいですか? 」

「そうね、素肌の方がたくさん感じてもらえるし、私もヤリやすいから」

「アン・・手が届きません、羅城門さん・・後ろのホックおねがいします・・」

「うふっ・・まかせて・・・おっ!・・うほほっ!・・これはこれは・・ 」

「やんっ、恥ずかしいですぅ・・・うつ伏せでいいんですね」

「そうそう・・じゃ、始めるわよぉ・・」


・・・・何の会話をしているの?

都子は、体育倉庫の扉に聞き耳を立てていた。

彼女は廊下から二人の姿を見かけて、すぐに後をつけた。

そして体育倉庫に入っていくのを目撃していたのだ。

抜き足差し足で近付き、身をかがめ、清美たちの会話のほとんどを探偵のように聞いていた。

・・・小声ながらも、その内容はなにかいかがわしく思えた。

なにが始まるのか、と息を殺して中の様子を聞いていると・・・


「あっ・・あっあっ・・うううっ・・」


清美の声だった。清美が、うめいているようだ。


「あっあっあっあっ・・くううんっ・・あああんっ・・ はううんっ、んっんっ!! 」


清美の声が高くなり、身悶えてるのがわかる。苦しげな声ではない。

いや、むしろ・・


「あっあっあっあっ! ・・はうううぅん・・羅城門さん、す・・すごい・・あっあっあっあっ・・くううぅぅぅん、あっあっあっあっ・・・!! 」


女が感じている声。

清美が嬌声きょうせい・・あえぎ声を上げている。

ガンッと、頭を殴られるような衝撃を都子は受けた。


・・・都子は、幼い頃から清美とは顔見知りであった。

というのも清美の花岳寺家は、もともとここ「藤原の荘」の代官を務めていたからだ。代々この土地に根付いて領内を取りまとめていた家だった。

現在もそうで、清美の曾祖父は富士原市の市長を初代から務め、父は現市長である。当然、選挙には藤原院家のテコ入れがあるが。

清美は、祖父や父に連れられて、幼い頃から主筋である東京の藤原院家にたびたび挨拶に来ていたのだ。いわば幼馴染。よく知っている。

清美は、いつも親の後ろに隠れ、口数が少なく引っ込み思案で本ばかり読んでいた。内気で大人しい清美。

この学院で都子と同学年になった。

・・・清美の眼鏡は、さらに大きくなっていた。

そのせいでよけい大人しく見られてしまい、なめられ、クラス委員長なんて面倒なものを押し付けられることもしばしばある。

それでも文句一つ言わない清美がもどかしく、

「イヤなら、ちゃんと言いなさい! 」

と、都子がたしなめたこともある。

それでも清美は、さみしげな笑顔を浮かべてお茶を濁すようにするばかりだった・・


「あっあっあっあっ・・あっあっあっあっ・・はぁはぁはぁっ・・

わたし、とんじゃうっ・・あああっ・・変になるっ・・あっあっあっあっ!! 」


清美の嬌声で、はっと我に返る都子。

あの清美がこんな声を出すなんて・・・考えられない。

すると、転校生のいやらしい声が聞こえた。


「うふふ、まだこれからよ。やっと肌が柔らかくなったところだもの。ううん、もともと柔らかかったけど・・もっと柔らかくしてあげる・・さぁ力を抜いて・・私の指を受け入れるように・・心を開いて・・そうそう、いいカンジよ・・ふふ、ここ敏感ねぇ・・」

「あああっ・・すごいっ・・頭がジンジンしびれてきましたぁ・・あっあっあっあっあっあっ・・くふうぅぅぅっ・・ああああんっ・・・」

「よだれがでてるわよ、私の指がそんなに気持ちがいいのね・・ふふふ・・時間はたっぷりあるから・・もっと乱れてる姿を見せて欲しいなァ・・」

「あっあっあっあっ・・羅城門さんの指・・どうなってるの・・あんあんっ、だめっ・・あっあっ・・体の中に・・んんっ・・入ってくるみたい・・! あっあっあっあっあっあっ・・わたし、変になるうぅぅぅぅっ!!! 」


都子がいたたまれなくなった。

ガラガラッ!!

清美の声がいっそう高くなったところで、たまらず扉を開けた。

「あんたたち、なにやってるのっ!?」

都子の怒声に、清美と転校生が、積まれたマットの上からハッとこちらを見る。

「み・・都子さん・・!? 」

清美はマットの上にうつ伏せに横たわり、両腕をバンザイしたようにだらりと伸ばし、半開きの口からはよだれが垂れて光っていた。

転校生は、清美のお尻あたりにまたがり、清美の脊椎せきついの真ん中あたりに両手の指を当てたまま、こちらを見てポカンとしている。

その清美の驚くべき姿に、都子の目がカッと見開かれた。

清美の体操着がたくし上げられ、ブルマも脚の付け根まで下げられているのだ。

清美は、あろうことか背中からお尻まで丸見えの状態だったのだ。

しかも、ブラジャーがマットの下に落ちていた。

いやな想像が都子の頭をよぎった・・・!

「な・・なにやってたのよ、あなたたち! 」

都子は金切り声を上げた。

「ご・・ごめんなさい、羅城門さんっ! 」

清美はび起きた。そしてあわてて体操着を直すと、布の上から右手で胸を隠すようにして体育倉庫から脱兎のごとく走り出していった。

よほどあわてたようだ。床に清美の白いブラジャーが残されていた。


「なーに邪魔してくれてんのよ。あーあ、いいところだったのに・・・」

三日月は、マットに腰掛けながら不機嫌そうに眉毛を八の字に曲げ、頭をいた。

「なにをしてたのよ!? 」

「最後までシてあげないと、欲求不満でますますおかしくなっちゃうのになぁ・・」

三日月は、まだ頭を掻いている。

「答えなさいよっ! 」

頭に血がのぼった都子に、三日月はやれやれとばかりため息をいた。

「マッサージよ、マッサージ。まぁ・・自己流の指圧みたいなものだけどね。ところでさ・・」

と、都子をチラリと見た。

「あんた、誰?」

三日月の不遜ふそんな態度に、都子のひたいに血管がピキッと浮いた。

「私は、藤原院都子。見ての通り、生徒会の風紀委員長よ! 」

都子は、左の袖の腕章をズイッと見せた。

その時、三日月がハッとした表情になった。

「ほぅ・・」

「・・・・・? 」

「ほうほう・・」

「な・・なによ!? 」

立ち上がって近付いてくる三日月に、一歩後ろに下がる都子。

三日月はズイッと近付くと、都子の顔をマジマジと見て、ヒュウッ、と小さく口を鳴らした。可愛いコに反応する時の、三日月の悪いくせだ。

都子はショートヘアで、キリッとした眼差まなざしが印象的だ。

整った端正な顔立ちの中に、良家のお嬢様の持つ品性のたたずまいがある。

まぎれもない美少女であった。

それを値踏みでもするように頭から足の先までジロジロ見てくる三日月に、都子は不気味なものを感じた。


「これは失礼したわ。あなたが藤原院家三女の都子さんだったとは。初めまして、私は羅城門三日月と申します。本日、北海道から転入しました。お目にかかれて恐悦至極きょうえつしごく

三日月は、いくぶん腰を低くして神妙な態度で頭を下げた。


ほお・・と、都子は、少し警戒をいた。

この転校生、思いのほか育ちは良さそうに見える・・・と。

「羅城門・・さんね。昔、京の都にあった羅城門でいいのかしら? 」

「そうそう、その羅城門」


都子には思い当たるふしがなかった。

・・・聞いた事のない姓ね。この学院に通うなら、それなり名家か資産家のはずなんだけど・・・?


「ふふ・・ま、これからよろしくお願いしますね、藤原院さん。色々とお世話になると思うんでー」

急になれなれしい口調に変わった。

そう言うと三日月は、床に落ちている清美のブラジャーを拾い、クンカクンカと香りを嗅ぎ、ひょいっと頭にかぶった。

そして、あろうことか都子に向けてお尻ペンペンした。

その姿を見た都子は、またひたいに血管が浮かべた。それもピキピキと二本。

三日月の頭の上のブラの二つの膨らみは、まるで猫の耳のようだ。

左右に垂れたブラのひもの部分をアゴの下でキュッと蝶結びにしている。

そして、顔の横で両手でピースサインをして、小首をクイッと可愛くかしげ、

「似合うかニャ? 」

と、都子にウィンクした。

・・・三日月は美少女だが、変態さん確実である。


都子はさすがにぶちキレた。

「ふざけないでっ・・それ 清美に返しなさいよ、変質者!!! 」

声を荒げ、都子が突っかかっていく。

それをヒラリ、とかわす三日月。

「ちゃーんと返すニャ、それまで忘れないようにかぶっておくニャ」

あっかんべー。

「清美に何をしていたのよ、いかがわしいことなら許さないわよっ! 」

「だから、マッサージだって」

「あれがマッサージだなんて、ウソおっしゃいっ! 」

「ウソじゃないって。花岳寺さんが可愛かわいすぎて・・この指がビリビリと勝手に反応しちゃうのよ。ほおっておけないって言うか、美少女好きは本能なのよねー。ふふふ」

三日月が笑いながら、指をグニグニ動かして見せる。都子を挑発しているようだ。

「いいから返しなさいよ、清美の下着!! 」

なおも突っかかっていく都子。

「おっと!」

ひらり、と再び都子をかわした三日月は、右手の親指と人差し指で、すれ違いざま都子の右手親指の付け根の膨らみをキュッととらえた。

お手洗いで清美にしたのと同じように。

「だから、マッサージだって言ってんの。ただし・・・」

「・・・!? 」

危険を察知する都子。

振りほどこうとつかまれた右手を引こうとするが、三日月の方が一瞬速かった。

「私の指先は、特別だけどねっ!! 」

三日月の指が、都子の親指の付け根をグイッと圧迫する。

その瞬間、「ビリリッ」っと強い音がした。

「あああああっ!!! 」

電流のような衝撃が、右腕から都子の脳天へ抜けた。

ドサッと、マットの上に崩れ落ちる都子。

勝ち誇った表情の三日月。だが、まだその指を離さないでいる。

「さーて、どう料理してあげようかしら・・・フフフフフ」

「うううっ・・なにを・・したの・・」

都子はうめくことしか出来ない。


校門が閉まるまで、まだたっぷり時間があった・・・




















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