第10話 文明の利器と艶めかしい男

 フレジルークについていって数分。

 辺りの景色は変わらず、相変わらずの叢が広がっている。

 時折飛んでくる虫が気持ち悪い。

 暗視眼鏡のおかげで、周りはしっかりと見えるからいいのだが、虫とかはあんま見たくないな。

 なんて考えていると、フレジルークがピタッと止まった。


「ついたよ、ここからは文明の利器の出番だ」


 フレジルークは振り向きながら、すました顔でそう言った。


 のだが、辺りには叢が広がってるだけ。

 フレジルークの言う『文明の利器』というのは見当たらない。


「その肝心の『文明な利器』ってやつは、一体どこにあるのかしら」


 俺が質問する前に、邪険な表情の烏丸が顔を歪ませながら質問した。


「それは、今からここに呼び出すよ」


 フレジルークがそういうと、フレジルークは一粒のカプセルを取り出して、指先でくるくると回した。


「これでね」


 そして、そのカプセルを叢の中に放り投げた。


「そのカプセルって・・・」


 幹はそのカプセルを見ながら、何かを知っているような反応を見せた。


「あ、君ならもしかして分かるかな。僕の言う『文明の利器』のこと」


「・・・多分だけど、圧縮式ポーチ、でしょ?」


「正解、さすが人造人間だ」


「圧縮式ポーチ?」


 俺がそう聞くと、フレジルークは得意げな顔で答えた。


「そう、このカプセルはポーチなのさ。物を圧縮してしまえるんだよ。限度はあるけどね」


「はは、そんなマンガみたいな・・・」


 カプセルに圧縮して物をしまうって、ドラゴンボ○ルじゃあるまいし。

 でも、そういうのもあるのかもしれない。

 なんせ、人造人間がいるんだ。

 今のこの現実は、漫画やアニメとそう違わない。

 だが、そのカプセルが文明の利器なら、カプセルの中身はなんなんだ。

 予想するに、移動手段になるものだろうが。

 じゃなきゃ、フレジルークの家には行けないからな。


「さて、もうそろそろかな。このカプセルの欠点は、物をしまうのにも、取り出すのにも、そのものの質量によって時間が変わってしまうところなんだ。だから、もうすぐ現れるよ」


「なあ、フレジルーク。移動手段があるのは有り難いが、車とかじゃあ少し心細くないか?」


 俺がそう聞くと、フレジルークは指を横に振りながら


「車なんかじゃない。言ったろ? 文明の利器だって。それも最新の文明のね」


 と、またまた澄ました顔でそう言い放った。


 そして、そう言い放ったフレジルークの後ろから、何かが膨れ上がり始めた。


「な、なにあれ・・・」


 烏丸は徐々に膨れ上がっていくその何かに、驚きで表情が固まっていた。

 隣にいる幹も、目を輝かせながら、膨れ上がるそれを見ている。


 数秒経って、膨れ上がり続けていたそれは、ついに動きを止めた。

 膨れ切ったそれは、どこかおぞましさを感じるような、大きな黒い球体だった。

 黒、というよりかは闇。

 その球体は、黒で塗られた球体というよりかは、黒い靄が球体になったような見た目をしていた。


「これは・・・」


「聞いて驚きな。これは、いわば転送装置だ」


「転送・・・?」


 移動手段としては、確かにもってこいだ。

 だが、これが転送装置?

 そもそも、転送なんてできるのか?

 人造人間や圧縮式ポーチがあるのは百歩譲ってわかる。

 分かってるつもりだ。

 だが、転送ってのはつまり、言ってしまえばワープなわけだ。

 科学っていうのは、もうそこまで進化しているのか?


 これじゃ、もう魔法と差し支えないじゃないか。


「素晴らしいでしょ? これが、僕の博士の力作さ。さあ、さっさと入ろう。指一本でも触れれば、すぐにあっちに行けるから」


「な、なんか怖いね・・・」


 幹はその闇の球を見て、少し恐怖の汗を流している。

 幹と同じだ、俺も怖い。

 未知なるものを人間は怖がるが、まさにこの球は、その『未知』そのものだ。

 それに、フレジルークを信用しきったわけじゃない。

 これに触れたら、死ぬかもしれない。

 そうも考えてしまう。


 だが、うだうだと考えていても始まらない。

 一度決めたことだ、こんな恐怖ぐらいで動けなくなってたら、俺は博士を救えない。

 幹を救えない。



「俺が先に行く・・・」


「おお、勇気のある人間だな、優は。さすがの僕でも、最初にこれに入るってなったときは怖くて躊躇ったのに」


 躊躇ったのか、意外だな。

 フレジルークの、この軽そうな、ポジティブそうな口調と表情の豊かさは、てっきり怖いものがないからだと思ってた。

 あるんだな、こいつにも。

 はったりかもしれないが、こんなところで嘘をつく必要もないしな。

 きっと、真実だろう。


 そう思うと、俺も少し気が楽になった。

 怖いのはみんな一緒だ。


「それじゃ、行くぞ・・・!」


 そうして、俺はこの球体に手を伸ばし――


「あ、でもダメだよ。先に僕がいかないと」


 ・・・伸ばしたが、フレジルークに先を越されてしまった。


「それじゃ、あっちで待ってるよ」


 そう言うと、フレジルークは球体の中に吸い込まれていった。

 文字通り、吸い込まれたのだ。

 掃除機でごみを吸うように、一瞬で、スポっと。

 黒い球体は、フレジルークを吸い込んだ瞬間『ギュイィン!』と音を立てまわり始めた。

 多分、これ、なんの忠告も受けてないけど、絶対触ったらだめだよな。

 触ったら腕が吹き飛びそうだし。

 しかし、まあまあな音が鳴るなこれ。

 位置とかバレないのか。

 まぁ、流石に周りに人はいないか。


 そんなことを考えていると、黒い球体は回転をピタンとやめた。

 音も徐々に止んでいき、いつしか、最初に見た黒い球体と同じ状態になっていた。


「吸い込まれていったわね。死なないのかしら、これ」


 冷静さを取り戻し、いつもの顔つきに戻った烏丸がそう言うと


「フレジルークさんが命を懸けて私達を騙すなんてこと、無いと思うよ」


 と、胸に手を当てながら幹が返した。


「とりあえず、今度こそ俺が行くぞ」


 さっきより不安は皆消えただろうけど、ここは意地を見せるためにも、先にあいつの家とやらに行かないと。


「ほんとにだいじょうぶ? 手、震えてるよ?」


 が、そう幹に指摘されて気づいた。

 俺の手は震えていた。

 幹も烏丸も震えていないのに、ただ俺だけ震えてる。

 これじゃ、先に行ったって、ただの強がりだな。

 いや、強がりでいい。

 動ければ、行動出来ればそれで。

 幹が燃え盛る博士の家に突っ込んでいったとき、俺は何もできなかったんだ。

 ただ、傍観していた。

 ああならないように、俺は、今度こそは行動する。

 これは、その第一歩だ。


「大丈夫だ、いける・・・」


「臆病者のくせして強がるのね。でもいいわ。お言葉に甘えて、安全確認のために、桐谷にも犠牲になってもらうわ」


 相変わらず冷たい烏丸は、相も変わらず軽蔑の目で俺を見ている。


「犠牲って・・・とにかく、俺は行くからな・・・行くからな!」


「早く行きなさい」


『ガッ』


「いてっ!? って、うわぁぁあああ!!!」


 最悪だ。

 俺から手を伸ばして、カッコよくいくはずが。

 まさか味方に蹴られ倒されて入るとは。




 ―――




 これは・・・なんだ?

 黒い・・・いや、所々光ってるような。

 これは、星か?

 にしては、なんか、近くにあるような。

 ここはあれか、あの黒い球体の中か?

 なんか体がふわふわしている。

 浮かんでるのか、俺。

 浮かんでんだよな、きっと。

 地面なんてないし、身体は勝手に回るし。

 無重力ってやつだろうか。

 物とか投げたら浮かぶのかな。

 しかし、この時間は何なんだ?

 転送されているのか、俺は。

 本当につくのか、フレジルークの家に。

 うーん、わからん。

 どうする、この球も圧縮式ポケットで、俺たちはフレジルークに騙されて捕まってしまったとかだったら。

 はは、それじゃまるでポケットのモンスターだな。

 しかし、一体どれだけの時間こうしていればいいんだ?


「すぐにつくさ。ほんと、すぐにね」


 なっ!?

 なんだこれ、直接脳内に・・・!?

 こんなありきたり展開あんのかよ、もしかして幻聴か?


「違う違う、幻聴じゃないよ」


 ああ、そうか。

 俺、おかしくなっちまったんだな。


「はぁ・・・君、忘れたの? あの時喋りかけたじゃないか」


 あの時?

 あの時・・・そういえば、どっかで聞いた声だ・・・

 あっ!!


「思い出した?」


 ・・・ああ、思い出したよ。

 急に喋りかけてくるんだな、お前。

 で、誰なんだよ、お前は結局。


「それは時期に分かるって言ったろ、忘れたのかい?」


 今がその時期ってやつじゃないのか?


「馬鹿だね、ホント。僕が教えずとも、そのうち分かるって言ってんのさ」


 はぁ・・・正体不明の頭の声ってわけ。

 理解不能だな、まったく。


「人造人間や圧縮式ポケット、果てには転送措置まで出てきた今だ。僕の存在だって、別に摩訶不思議じゃないだろ?」


 たしかに、少し現実離れしすぎてると思うが・・・

 まぁでも、慣れてるよ。

 幹と付き合い始めた時から、現実の幅は大きく広がった。

 何が起きてもおかしくない。

 現実は、夢よりもファンタジーに満ちてる。


「いいね、君らしい。そうやって素直になればいいんだ」


 素直?


「そうさ。君が幹と呼ぶことをやめない、あのレヴェレナットのことも、素直に受け入れればいいんだ。自分が好きなのは、人間でなく機械だと。彼女の存在は、人間でなく人工物だと」


 またその話か。

 残念だが、俺は幹を幹として、人間としてみるって決めてるんだ。

 わけのわからん話には乗らな――


「おっと、もうすぐ到着みたいだよ」


 ちょいちょい、話を遮るなよ。


「僕は教えてやったんだ。もうすぐ仲間の人造人間の家に着くってね」


 ハァ、それ、お前なりの善意か?


「別に僕じゃなくたって、教えてやることは善意だろ?」


 そう言う意味じゃ・・・まあいいや。

 もう二度と出てこないでくれよ、誰かさん。


「さあ、分からないね。またふと出てくるかも」


 やめてくれ、お前のくだらない話は癪に障る。


「じゃあ、ここでもう一個、くだらない話を授けてあげよう」


 いらないって。


「君さ、フレジルークをどう思ってる?」


 無視かよ・・・まあ、一応仲間だと思ってるよ。


「人造人間の、だろ?」


 そこに良く拘るなお前は・・・まあ、認識はそうだが。


「くくく、いいね。君は彼を好くよ、そのうちね」


 はあ? 急に何言って――


「じゃ、今度こそほんとにお迎えだよ。またね」


 ちょ、まてよ!


 まてよ!




 ―――




 目が覚めると、俺は知らない場所にいた。

 結局何だったんだ、あいつは。

 ついついキムのタクが出ちまっただよ。


 しかし、この景色は何だ。

 まだ体がふわふわしてる感じがする。

 けど、目の前の景色は、暖色の木造壁なんだよな。

 てことは、今はあの黒い球体の中じゃないわけだ。

 じゃ、ここはフレジルークの家か。


「おっと、目が覚めた?」


 横から聞いたことのある声が聞こえて来た。

 フレジルークだ。


「なんだ、俺は寝てたの、か・・・」


 声の方にサッと首をやると、そこには、なんだか艶めかしいフレジルークがいた。


 不意に、ホント不意に。

 少し、ドキッとした。

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