レヴェレナット ―起ノ弐―

第7話 今日も夜は眠れない

 あの日から三日後。

 俺達の旅立ちは、はっきり言って最悪だった。

 まず一つ目の最悪は、俺達を追いかける連中が山ほどいるということ。

 山ほどっていうのは、ざっくり言うと、日本中のほぼ全員だ。

 原因は単純だ。

 火の中に入っていった少女が、火の中から戻って来たせいだ。

 機械仕掛けの体を露にしながら。

 これが意味するのは、少女が、幹が人間でないということ。

 幹が、機械で出来た人間だということ。

 その事実は、瞬く間に世間に広がった。

 野次馬たちが撮っていた動画が、ネットで拡散されたのだ。


 となると、世界は混乱する。


 なんせ今の世界じゃ、機械仕掛けの人間なんてアニメや漫画の世界の話なんだから。

 人のように喋り、動き、喜び悲しむ機械人間なんて、いてはダメなんだ。

 いたら、人は怖がってしまうから。


 とにかく、俺らが追われる身になったのは、この話を聞いたらなんとなくわかるだろう。

 まあとはいえ、懸賞金を課せられたりはしていないがな。

 課せられてるのは『黒い悪魔を殺したら賞金ゲット!』なんて言うネットのお祭りに参加したクズどもだ。

 案外、そのクズどもが多いんだが。

 他にも、映画とかでしか見ないようなヤバい奴らにも追われている。

 例えば、国が抱えてる暗部組織とかね。

 今のところは、そんな奴らに追われてる気配はないけど。

 幹が言うには


『博士がやっていたことは、お国にはバレちゃ絶対ダメ、バレたら殺されちゃう。もしくは、技術を買われて攫われる。そんなことなの。だから、もしかしたら、博士は国に攫われちゃったのかも。だから、私についてくるってことは、国と敵対するってことになる。そうなると、優くんも愛理ちゃんも、国に狙われちゃう』


 だそうだ。

 つまり、今の敵は、お祭りに参加したクズどもと、国が抱えたヤバい奴らってわけだ。

 それに、俺らは日本どころか世界で話題になっている。

 そんな俺らを知らない国民なんか、ほんの一握りだろう。

 となると


 人に見つかる=居場所がバレる


 となる。

 なんせ、スマホで溢れかえってる現代だ。

 拡散なんて、息を吸っている間に行われるだろう。

 つまり、俺達は誰にも見つかっちゃダメなわけだ。


 難易度はハード、いや、それ以上だ。

 多分、俺らは今後、普通には生きていけない。

 一生だ。

 国を転覆でもさせない限り、俺らは狙われるだろうからな。

 いや、転覆させたらそれはそれで狙われるか。

 とにかく、俺らはこれから不自由だ。

 常に周りに気を配りながら生活しなくちゃならない。

 公共施設だって使えない。

 風呂とかトイレとかも、ろくに使えないだろう。

 水を飲むのも大変だ。

 食料とかもな。


 こんな狭い国でバレないようにサバイバルなんて、鬼畜ったらありゃしない。


 それに、今の俺らの雰囲気は最悪だ。

 烏丸はろくに口をきいてくれない。

 目を向けてもくれない。

 たまに目が合うと思ったら、いつもその目は蔑んだような目をしている。

 そりゃそうだ、あの場面で俺は動けなかったんだから。

 ただ、ずっと見てただけなんだから。


 幹はというと、驚いたことに、ただれ落ちていた皮膚や焦げた髪は元通りになっていた。


『私は再生能力が人と違うからね』


 と、悲しそうに吐いたのは幹である。

 自分が人間でないことを世間に曝したんだ。

 人間でありたい幹からすれば、どれだけ苦痛なことだろうか。

 しかも、世間の奴らは幹を『黒い悪魔』なんて呼びやがる。

 そんなの、幹はただ、生きているだけなのに。

 ただ、博士を助けようとしているだけなのに。


 最悪だ。


 この雰囲気、最悪の一言に尽きる。


 幹はどこか哀し気で、烏丸は常に気を張っている。

 俺はというと、周りに人がいない道を探し出しては、そこになんとか案内して進むだけだ。

 叢とか、暗い場所とかね。


 ちなみに、俺達の活動時間は夜だ。

 暗い方がバレにくいからな。

 この提案をしたのは、頭脳明晰な学校のマドンナだ。

 昼間にはたくさんの人が行きかうからな、その方がいいだろう。

 こうして夜道を進む今だって、その提案あってこそだ。


 ちなみに、俺と烏丸も一応『黒い悪魔』の仲間として、祭りのネタにされているようだ。

 笑えないな。


 さて、一通りは今の現状を少し整理できた気がする。


 てか、整理するとより最悪だな。

 自分たちの置かれてる状況がより鮮明にわかって苦しいぜ。


「ねぇ、愛理ちゃん。スマホのバッテリー、もうすぐ無くなっちゃうよ?」


 そんなことを考えていた時だった。

 幹が久しく喋ったのは。


「ええ、もうすぐ切れますわ。その時は、頑張って闇に眼を慣らしましょう」


 いつもの口調だが、どこか圧を感じるこの返事は烏丸のものだ。


「そ、それ、だいじょうぶなの? 愛理ちゃんたち危なくない? 私は暗視機能があるからいいけど・・・」


「そんな機能あったのね・・・」


 烏丸の声に、少しの戸惑いが笑みが混じっていたような気がした。


「大丈夫よ、はなから、危険を覚悟してきてるもの」


 強調されたそれに、俺を押しつぶすような言の圧を感じた。

 岩石のような重みだ、心にずっしりとくる。

 でもこれぐらい背負わなきゃな。

 何もできなかった、いや、何もしなかった代償としては、なんなら安すぎるぐらいだ。


「・・・ごめんね、二人とも」


 幹はぽつんと呟いた。


「大丈夫だよ、これぐらい当たり前だ」


 安心させるためにそう幹に言ったのは、臆病が胸を締める俺だ。

 俺の言葉に対して、分かりやすく嫌気を出す烏丸の行動が、なかなかに刺さる。

 幹も普通に接してくれているけど、きっと、心のどこかでは軽蔑しているんだろうな。

 そんな気がする。




 ―――




 そこからの会話は一切なかった。

 聞こえるのは、静かに歩く俺たちの足音と、小さな息の音だけだ。

 スマホの充電は既に切れてしまって、前方はおろか、周りは一切見えない。

 まあでも、三日もよく持った方だ。

 俺と幹と烏丸のスマホを全部合わせて三日、充分もっただろう。

 逆に、この三日間、スマホの明かりがなかったらどうなっていたか。

 既にもう、俺たちはやられていただろうな。


 しかし、明かりが切れるとどうにもやりずらい。

 一応安全のために、暗視機能のある幹の手を握りながら歩いているが、それでも歩きにくいのに変わりはない。

 なるべく幹にくっつきながら歩きたいが、それだと幹が先導できないしな。


 なんて考えながら、足をふらつかせ歩く。

 そんな時だ。

 幹が足を急に止めたのは。


「うわっ! っと・・・どうしたんだよ幹、急に止まったりして・・・――んむっ!?」


 口をふさがれた。

 優しいキッスで塞がれたとか、そんなドラマチックなものじゃない。

 手で覆うように塞がれた。

 声が漏れださぬように、そんな塞がれ方だ。


 暗くて何も分からないが、烏丸も一言もしゃべっていない辺り、何かある。


 一体、この暗闇で何が起こってる。


 その時だった。


「あなたは・・・誰ですか・・・?」


 幹がそう問いかけたのは。

 声の行く先は勿論俺達じゃない。

 声の行く先は、この暗闇の先。


 俺たちの、眼前だ。


「・・・見えるんですか、この暗闇で」


 聞こえてきたのは、まだ若そうな男の声だった。


「まいったな、目がいいのは僕の特権だと思ってたのに」


 まずい。

 嫌な予感がする。

 これは、もしかして、


「あなたは・・・誰ですか・・・?」


 普通の人じゃないんじゃ――


「――こほんっ、では、こんな暗闇の中ですが、自己紹介をさせていただきましょう。私の名前はフレジルーク。



 人造人間さ」


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