輪廻

「記憶を全部リセットしていちから人生をやり直す――みたいな魔法はない?」

「……やろうと思えばできるが、どうすんだ?」


「よかった。丁度いい年齢になったところで人生をやり直せば、もし人生に飽きてもやり直しできるじゃない?」


 考えたこともなかった。

 あの時の私は、絶望の渦に取り残されていた。

 ただひたすら自分の運命を、現実を受け入れることしか考えていなかった。


 退屈しのぎに今まで色んな過去を旅してきた。

 様々な事故や病気で死ぬ私を見てきた。

 でも、こんな提案をする私は初めてだ。

 この私は、自分の理想を実現しようとしている。


「しかし、なぜそんなことを?」

「前に本で読んだことがあるの。不死になった魔法使いの物語。周りに誰もいなくて寂しくなって……もしかして、あなたも――」


「……ああ。お前は不死の魔法の発動に成功し、不死の体を得た。それが私だ」

「そうなんだ。安心した」


 厳密には、私は今のこの世界とは別の世界のお前だ。

 今のお前が死のうが死ぬまいが私には関係ない。


「魔法の代償はどうしたの? 人の命なんでしょ?」


 そういえば、ある世界の私が体を張って教えてくれたな。


「実は不死の魔法には裏技がある。自分の命を代償に不死になることもできる。その場合、不死の状態で命を代償にすることとなり、バグが生じる。結果、不死の体だけが残る。それで乗り切るのも手だ。ただ、成功例は一度しかない」

「なんだ。それでいいじゃん。人生に飽きたらまたやり直せるんだし。それでいこう」


「失敗は怖くないのか?」

「あなたは成功したんでしょ? 大丈夫でしょ、きっと」


 全てを疑っていたあの時の私とは対照的だった。

 この私は全てを信じてくれている。


「では、不死の魔法の発動準備にかかる」


 こうしてこの世界の私は無事、不死の体を手にした。

 しかし、私の役目はまだ終わっていない。

 私にはまだ人生をやり直す魔法を構築する仕事が残っていた。


 不死とはつまり、驚異の早さで破壊と再生を繰り返すことだ。

 残念ながら、不死を止める魔法は存在しない。

 しかし、自身の記憶と肉体の全てを消滅させ、これから生まれてくる新しい命に自身の魂を移動できれば、不死であるにもかかわらず死と生を再現できる。


 この理論を元に、発動の代償と効果を構築した。




 私は再び私の前に現れた。

 魔法の構築に一年ほどかかってしまった。

 その間に、彼女は様々なアクシデントを乗り越えていた。


「これでお前も一人前の魔女だな」

「見守っててくれてありがとう」


「そういえば、お前に一つ感謝せねばならないことがあった」

「何?」


「私は不死であるゆえ、気が遠くなるほどの年月を過ごしてきた。それは地獄のような時間だった。でも、お前のおかげでこの世界から抜け出すことができる」

「……」


「さあ、これが『輪廻転生魔法』だ。肉体を消滅させ、新しい命に自身の魂を吹き込むことができる。やり方は全てこの本に記した。今からこの身をもって実践してみせよう。チャンスは一度だ。よく見ておけ」


 私は本を渡すと、彼女は目を細めた。


「……お別れだね」

「……ああ。これは全ての過去の私との、そして私自身とのお別れだ。ありがとう。じゃあな」



 ――『輪廻転生魔法』 発動












 あれから月日が経ち、私は大人になった。

 魔女は新しく生まれ変わったみたいだけど、私はまだ人生を楽しみたいから、あの魔法はもう少し後にとっておくね。


 それにしても――


「ダァ閉ゃりゃす。挟まれないようにご注意くぁさい」


 流れ込んでくる人の波。踏まれる足。圧迫される体。汗の匂い。

 社会に――いや、人混みに揉まれていた。

 本当は魔法で会社までひとっ飛びなんだけど、これも人生経験ということであえて封印している。


 窓の外を眺めていると、駅のホームで母親と小学生の男の子の親子が目に入った。

 この電車に乗ろうとしているようだが、この電車は既に満員だ。

 電車がホームに止まると、親子は困った顔で顔を見合わせていた。

 ドアが開いたが、誰も譲ろうとしなかった。


(ちょっとくらい いいよね)


 すると、ドアの周りにいたサラリーマンの男たちが、急に電車の外に弾き出された。

 譲られたと思ったのか、親子はそのいたスペースに乗った。


 追い出されたサラリーマンたちが狼狽ろうばいしているうちにドアは閉まり、電車は発進した。

 ホームのサラリーマンたちは青ざめていた。

 まさか、魔法の力で追い出されたとは誰も思うまい。


 知らん顔をつらぬいていると、さっきの男の子が軽くお辞儀をし、こちらをじーっと見つめた。

 その男の子は赤い目をしていた。

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