規則

 私は昔から魔法少女が好きだった。

 幼稚園の間はずっと魔法使いごっこをしていたし、魔法少女が出てくるようなファンタジー小説をよく読んでいた。

 こう見えても現実とフィクションの区別はつく方だが、まさか自分が魔法を使えるだなんて信じられなかった。


「界道さん? 大丈夫ですか?」


 先生に呼ばれてハッとした。

 どうやら質問されているようだった。


「すみません。もう一度お願いします」

「よく聞いておいてくださいね。密閉した容器に銅を入れ、銅を燃焼させたとき、燃焼させる前と後では重さはどうなるんでしたっけ?」


「変わりません」

「そうです。なぜなら、密閉させた容器の中の原子の量は変わらないからです。このときの化学式は――」


 未来の私は、人の命を犠牲に不死になれると言った。

 私が不死になる代わりに誰かが死ぬ――そんなわがままが通用するとは思えない。


 結局、最後まで授業の内容に集中できなかった。


「界道、大丈夫か?」


 話しかけてきたのは、クラスで人気のナユタ君だった。

 私の黒歴史の漫画を見られてしまった男子というのは実は彼なのだが、それをきっかけに気軽に話しかける仲になっていた。


「ごめん、ちょっとトイレ」


 仲がいいとはいえ、用があるとき以外は彼とは話さないようにしている。

 別に彼のことは何とも思っていないのだが、周りの女子がうるさいのだ。


 女子トイレには先客がいた。

 スクールカースト上位のホムラだった。

 取り巻きも2人いる。

 不運にもホムラと目が合ってしまった。


「あんた、ナユタ君と仲いいからって調子乗ってるよね」


 出た。頭おかしいやつ定番のいちゃもん。

 からまれないうちに別の場所に移動しよう。


「ちょっと、どこへ行く気?」


 私がトイレから出ようとした瞬間、ホムラに首を掴まれた。

 じりじりと首筋が痛む。


「感謝しなさいよね。あんたがナユタ君と仲良くできるのは、私があんたの下手くそな漫画を見せたおかげなんだからね」


 まさか、あの黒歴史が広まったのって、コイツのせいだったの?

 私は突き飛ばされ、ホムラたちはぞろぞろとその場を離れた。


「いいのか? あいつらを放っておいて」


 へたり込んでいる私に話しかけたのは、昨日の魔女だった。

 さっきまでいなかったのに、またしても急に現れた。


「反撃しないのか? このままだとあいつらの嫌がらせはどんどんエスカレートしていくぜ」

「反撃? そんなことする必要はないんじゃない?」


「甘いぞ。そんな甘い考えでは嫌がらせは止まらない。ああいう奴らは結局、一度痛い目を見ないと分からないんだ。それに――」

「……それに?」


「あいつらを放っておくと、お前が死ぬんだぞ」

「……そ、そんな大げさな」


「反撃しないと分かったあいつらの嫌がらせはエスカレートしていき、ふとしたことをきっかけにお前を階段から突き飛ばす。当たり所が悪かったお前は死ぬ。これがお前の未来だ」

「……」


「攻撃魔法を教えてやるから、あいつらにひと泡吹かせてやれ」

「そ、そんなことしなくても、みんな仲良くする魔法とかでいいんじゃない?」


「なるほど。となると『洗脳』か『何も考えられなくなる魔法』がいいな」

「あなたの提案してくる魔法、全部物騒ぶっそうなんよ」


「そこが甘いっていうんだ! 現実はいつも予想を裏切ってくる! お前の思い通りになることの方が少ない! 魔法も同じだ! お前が考えているような綺麗ごとでできた魔法など存在しない! さあ、覚えたい魔法を言ってみろ! そしてその魔法であいつらを撃退しろ! お前もやられてばかりじゃいられないと思っているはずだ!」


 私は大きく深呼吸した。


「……そういえば、魔法が本当に存在するか確かめてなかったわよね」


 魔女はニヤリと笑った。


「とりあえず簡単な魔法を教えてくれる? 例えば――『手を触れずに物を操る魔法』とか」

「『テレキネシス』か。いいセンスだ」




 学校が終わり、魔女の指導の下で魔法の練習を始めた。


「ちがう! 『レビィオーサ』! お前のは『レビィオサー』!」

「そんなに言うなら自分がやってみなさいよ!」


「しょうがないな」


 魔女が念じると、引き出しの中からハサミが浮き、魔女の手元へ吸い寄せられていった。


「ざっとこんなもんだな」

「……呪文は?」


「お前は歩くときにいちいち『右足を前に』とか言うのか?」

「要するに、呪文はなくても手足を動かす要領と同じなのね。てっきり呪文さえ唱えれば何でもできると思ってた」


「呪文は重要だぞ。初心者は声を出して覚えた方が習得が早い。指さし確認みたいなものだな」

「面倒くさいな。わかったわよ。唱えればいいんでしょ」


 魔女は手元のハサミを宙に浮かせると、こちらに刃を向けて射出してきた。

 刃は私の頬をかすった。


「なんだその態度は。発言に気を付けないと『アバダケダブルァァ』撃つぞ」

「やめて! 『アバダケダブルァァ』だけはやめて! てか『アバダケダブルァァ』撃たれるまでもなく、いま死にそうだったんだけど! 『レビィオーサ』で死にそうだったんだけど!」


 練習を続けて3時間ぐらい経っただろうか。

 ついに手を触れずに物体を操る魔法、『テレキネシス』を習得した。


「できた! 本当にできるんだ!」

「言っただろ。魔法は実在する。ただし、使用上の注意がある」


「あ、そうか。代償があるんだった」

「この『テレキネシス』は、物体を動かすのに必要な力に比例して体内の赤血球が減る。それゆえ、使いすぎると貧血になる」


「なんか地味ね」

「魔法を使う時の代償の大きさは、その魔法の効力と比例する。『テレキネシス』はまだかわいいものだな」


「命に比べれば――ね」


 未来の私を守るためには、不死になる魔法を習得しなければならない。

 その魔法を発動する代償は――人の命だ。


「よっし。次は『不死の魔法』を覚えるぞ」

「それはちょっと考えさせて。でも、覚えるのにどのくらい時間がかかるかは教えて」


 どうやら、高度な魔法になると本が必要になってくるらしい。

 覚えられないほど複雑なので、本に頼らないと難しいのだという。

 法律を全部暗記するのはほぼ不可能だから六法全書を持ち歩くのに似ていると魔女は説明した。

 また、不死の魔法を発動するにはミス防止のためのシミュレーションが一日ほど必要になるらしい。

 一度ミスすればとりかえしのつかないことになるため、入念な確認が必要だという。


 しかし、私は説明を聞いただけで覚える気にはならなかった。

 何か他に重要な点を見落としているような気がしていたからだ。

 そして、そのまま月日は流れ、ついに運命の日がやってきた。

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