第33話 社内の聞き取り(1)

 「仕方がない。相手の出方を待つしかないわね」

一時間後、捜査本部に戻った丘頭警部が言う。

一緒に捜査本部へ行った一心は誘拐された子供の身が心配になったが口にせず

「俺は情報収集してくるわ」

そう言って浅草署を後にした。

 ――みんな目に不安の色を浮かべていた

……きっと俺と同じ思いなんだろうなぁ……

 

 事務所に戻った一心は静と美紗を呼んだ。

「あのさ、對田建設行って女性社員に社長、専務、常務の噂話訊いてきてくれ」

「目的は?」と、美紗。

「誘拐事件と對田建設は関りがあると思うんだ。『帳簿と写真』にどういう意味が有るのか探りたいんだ」

「そうどすか……帳簿に関わる悪事、写真に関わる悪事に探りを入れるっちゅうこってすな?」

「そうだ、俺が訊くより同性のお前たちの方が訊きやすいだろうし言いやすいだろうと思ってな」

「おう、わかった。静行こうぜ」

また男言葉の美紗……困ったもんだ。

 ――でもこれで他人とは普通に喋れるらしいから不思議なんだよなぁ……。

 

 二人が事務所に戻ったのは六時を過ぎていた。

「ただいまぁ」疲れ切った二人の様子を見て

「腹減ったろう。夕飯は十和ちゃんとこのラーメンにしよっか?」

一心がそう言うと二人が返事をする前に、ダダダダッと三階から一助と数馬が駆け下りて来て

「おう、いいぞ!」待ってましたと言わんばかりに声を揃える。

静と美紗は力なく「お願いしますわ」

「一助! 二人にお茶入れてやってくれ」

「あら、一助すんまへんなぁ」

そう静に言われたら一助はいやとは言えない。

すぐにお茶が二人の前に並んだ。

お茶を啜って

「は~美味し。疲れ取れますわ~」と、静。美紗も「ふ~っ」とため息をつく。

 

「で、どうだった」

二人が一息ついたところで一心が訊く。

「社内では色々話ずらいやろ思おてな、近くのカフェでお話聞いたんやけど……」

そこまで静が言うと

「社長と専務の様子があの誘拐事件前後から可笑しいって言ってたぜ」と、美紗。

「どんなふうに?」

「社長はんがな、社長室の電話で『うちが不正経理なんかやってるはずがないだろ!』って怒鳴ってたんだけど、電話切ってからすぐに経理係長の山野井さん呼ばはってなんやかんや話して……そこは聞こえなかったらしいんやけどな……その後で『何でこんなことが社外に漏れるんだ。お前が漏らしたんじゃないか』って怒ったらしいんどす」

「そしてよ、『誰がそんなこと出来るんだ! お前以外いないだろうがっ!』ってまるでよ、山野井係長が不正経理をやってたのを咎めるみたいだったとも言ってたぜ」と、美紗。

「でもな、経理課の女性はな『山野井係長より高知課長の方が帳簿のこと詳しくて、課長が生きてた時は係長が課長にあれこれ訊くことが多かった』って言ってたよって、不正経理があったとしたら課長がやらはったんやないかって思いますわ」

「それによ、経理を担当している役員は社長じゃなっくって常務だって話だから、不正経理をやらせてたの常務かもしれないって言ってたぜ」

「いずれにしても、社長は誰かから不正経理の事で脅されていたし、実際に不正経理はあったという事になりそうだな」

一心が二人の話を聞いて確信するが、……まだ、分からないことも多いんだよなぁ……

「せや、人事課の女性が社長はんに電話を取り次いだ時にな、相手は中年男性の声だったって言っとりましたえ」

「その声は心当たりのある声じゃなかったんだな」

「へぇ、妙にくぐもった声で、ひょっとして変声器の声かも知れんて言ってましたわ。なぁ、美紗」

「おー、そう言ってたぜ」

 

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