第31話 家出娘の行方

「ごめんくださ~い」

二階にある岡引探偵事務所の踊り場の辺りで声が聞こえた。

「は~い、待って~今行きま~す」

一心が事務所に顔を出すと気品ある中年女性が立っている。

「どうぞ、座って~」

女性を掛けさせ名刺を渡す。

「ここの所長の岡引一心です。どういうご相談ですか?」

「わたし、藤家楓(ふじいえ・かえで)といいます。実は娘の麗(れい)が家出しちゃいまして、探して頂きたいのですが……」

「家出ですか。警察への捜索願は出されました?」

「いえ、主人がそんな恥ずかしいことするなと申しまして」

「探偵に捜索させるのは良いんですか?」

「はい、主人は我儘な人で一度言い出したら聞かないものですから」

「じゃ、この紙にご家族の名前、住所、連絡先など必要事項を書いてください」

一心はそう言って家出人捜索願を渡す。

 

 楓夫人がさらさらと空欄を埋めて行く、なかなか綺麗な文字だ。

静がお茶を淹れてきて「どうぞ」と勧め同席する。

一心が書き終わった願に目を通す。……家出は三日前のようだ。

父親は仕事で不在の時、母親が買い物に出た隙にキャリーバックを一つ持って出ていったようだ。

勉強道具は何も持ち出していないと楓夫人は言う。

 

「探すと言っても範囲が広いのでねぇ……友人知人とか心当たりに訊いてみました?」

「はい、わたしが電話をかけて訊きましたがどこにも行ってませんでした」

楓夫人は心配でろくに眠れていないのだろう目の下にクマもできている。

「勿論、親戚とかにも確認はしてますよね?」

「えぇ、もう心当たりはまったく無いんです。それで、どうしようもなくってこちらへ……」

「娘さんは二十歳……だと、大学生ですか?」

「えぇ、北道大学の三年生です」

「学校へは行ってるんでしょうか?」

「いえ、家出してからは休んでいるようで……」

「わかりました。で、うちは家族五人で探偵やってるんですけど、我々だけじゃ探しきれないので、『東京私立探偵協会』という探偵の組織に情報を提供したいんですよ。そうすると、そこに加盟している関東一円の探偵が協力してくれるので、利用したいと思うのですがよろしいですか?」

「はい、そう言う組織があるんですね。心強いわ。是非お願いします」

 

「それから、家族関係についてお聞きしますが、ご主人はどういった仕事を?」

「私は主人の仕事については良く知らないのですが、通信販売のサイトを開いてそこで物を買ったり売ったりしてるようです」

「はあ、最近の新しい商売のやり口ですね。奥さんは?」

「わたしは、専業主婦です。主人が家にいろと言うもんで」

「あとご家族は娘さんだけですね」

「えぇそうです」

「娘さんに恋人はいませんでしたか?」

「多分いなかったと思います」

「多分というのは?」

「学校は午後四時には終わるので、主人が門限は十時だなと言って、娘も嫌とも言わないでその時刻には帰っていたので」

「なるほど、彼氏がいたら遅くなることも、あるいは泊まりになることも有りますもんねぇ」

「えぇ、で友達にも訊いてみたんです、恋人はいなかったのかって……そしたら、皆さんいなかったよって」

「ふ~む。ご主人と娘さんの仲はどうでした?」

「はい、良くなかったと思います。主人は娘に命令するだけで娘の話を聞こうとしないので、娘が主人に話しかけるとか一緒に何かをすると言ったことはありませんでしたから」

この答えにだけ夫人は力を入れている。それで、

「その辺に家出の原因が有るのかもしれませんねぇ……」と、尋ねてみた。

「わたしもそんな風に思ってます。でも、それならどうしてわたしに連絡をくれないのか……」

そう言って楓夫人はハンカチを目頭に当てる。

「……ただ、奥さん、事件に巻き込まれた可能性もあるので、警察に届け出たほうが良いと思いますよ。何か有ってからでは遅い……浅草の警察署には友達みたいな警部がいるので一緒に行ってあげますよ」

「でも~、主人が……」

楓夫人は夫が怖いのだろうか、自分の意思を表に出すことが無いような気がする。

「奥さん、ご主人を気にするより娘さんの安否確認を優先させるべきじゃありませんか?」

一心が少し強めの口調で言うと、楓夫人は顎に手を当ててしばし考え込んでいたが、意を決したのか顔を上げて、

「……そうですね。一緒に行っていただけるなら……」

一心は静に目配せして席を立った。

 

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