第28話 下着どろぼう

 一助は誘拐事件の被害者宅付近を怪しげな男達がうろついているというので、盗聴器と盗撮カメラで片川宅を監視していた。

その日はたまたまその隣のアパートに住む恋人の三条路彩香(さんじょうじ・あやか)の部屋でカメラの映像を見ていた。

 ―― 一助と彩香は、二人がまだ幼い頃、彩香の叔父が一助の両親を殺害するという事件があって、その悲劇を知った彩香が一度は別れようとしたのだが、一助が一心らの助言もあって追いかけて話し合った末に元の鞘に収まったので互いに想う気持ちは筆舌に尽くし難いほどだと自負している――

 

 丘頭警部に周辺の警戒をお願いしたところ、警官やパトカーが結構な頻度で巡回してくれているため、静の報告以降不審者は現れていないが念のためだった。

 

 昼の一時過ぎ、隣の部屋からガチャガチャという鍵を弄る音がした後、バタンと何かが倒れるような音がして……。

一助が「ん? なんだ?」と思い、昼休みで戻っていた彩香に「隣って今日いるの?」と訊いた。

「いやぁ、遥(はるか)ちゃん今週実家に帰ってるからいないはずよ」

彩香が言う。

「隣で何か大きな音してるぞ」

「えっ」

彩香が壁に耳を当てて「あ~ホントだ! 誰かいる」

「泥棒か? ……」

「え~怖い!」

「任せとけ」一助はそう言って隣の部屋の玄関前に行って中の様子を窺うと物音が相変わらず聞こえている。

ドアに設けられている郵便受けの蓋を押し開いて覗くと土足の男が部屋中荒らして……きっと金目の物を探しているんだろう。

一助は一旦戻って、

「彩香、浅草署に電話して、間違いなく空き巣だ! 俺、見張ってるから」

そう言って隣の玄関前でドアが開いたときに陰になるように位置取りして身構える。

 

 それから十分ほどが過ぎた。

空き巣は住人が不在なのを知っているのか? 随分とのんびりしているなぁと思っていると、賊が玄関に近づいて来る気配がした。

一助もさすがに緊張する。

ドアがゆっくりと開いてゆく。

賊が通路に出たところで

大声で「ドロボー」叫んで両手を広げ賊の逃げ道を塞いだ。

賊は手に大きな袋をひとつ持っていた。

びっくりしたのだろう一瞬固まって一助と睨みあいになった。

そして反対側へ逃げようとして振向いて一歩踏み出したがそっちは行き止まりだ。

ダメだと知ったのか次に手摺を乗り越えて飛び降りようとする。

しかし、ここは三階、こんな所から飛び降りたら骨折で済めば良い方だ。

賊はそれも諦め、いきなり一助めがけて突進してきた。

一助は喧嘩にそれほど自信が有る訳じゃない。

思わず体をかわしたが足が殆ど動いていなかった。

それが奏功して賊がその足に引っかかって転倒する。

一助がうつ伏せの賊の背中に乗っかって

「大人しくしろ!」

怒鳴って、持っていたロープを賊の首に巻く。

賊が暴れて一助は振り落とされる。

それでも一助はロープを両手でしっかり持って離さず、そのまま転がる。

その弾みで賊の首に巻いたロープが首に食い込んで苦しそうな呻き声をあげた。

しかし、賊は一助に馬乗りになってそのロープを一助の首に巻きつけようとする。

一助は抵抗するが賊の方が力が強い。

 ――やばい……このままじゃやられる……

ゴンと大きな音がして賊が一助の横に崩れ落ちた。

「えっ?」

何が起きたのか分からずにいると

「一助、大丈夫?」彩香の心配そうな声が聞こえた。

歪んだフライパンを手に持った彩香が肩で息をしながら屈んで一助の様子を窺っていた。

「彩香、ありがとう助かった」

一助は起き上がって気絶している賊をロープでぐるぐる巻きにして手摺に縛り付けた。


 少し間があってサイレンが聞こえてきた。

「やっとパトカー来たな……彩香、仕事へ行かないと!」

「大丈夫、隣の部屋に泥棒入って、警察の人にもう少しいてって言われたって電話したから」

彩香は舌をペロッと出してそう言った。

「流石、彩香やるねぇ」一助はそう言って笑ってしまった。

 

 丘頭警部が部下を連れて階段を駆け上がってくる、その姿を見て一助はホッとした。

「一助に彩香ちゃん、大丈夫かい?」

「えぇ、何とか。犯人、今気絶してるんで……」と、一助が答える。

通路に落ちていた袋を刑事が持って来て

「これは?」と訊く。

「あ~それ、こいつが部屋から盗んだものだよ」

一助が言い、警部が袋を開ける。

「あら、女性の下着ばっかり入ってるわよ」

「え~下着泥棒ってことですか」驚く彩香。

「そうねぇ、気を付けないと。玄関開いてたのかしら?」

そう言って一助を見る。

「いや、初めにガチャガチャ音してたからピッキングして開けたんじゃないかな」

警部が若い刑事にそれを確認させる。

「警部、ピッキングの跡ありますねぇ」

「彩香ちゃんも鍵を変えた方が良いかもね……一助くんも心配でしょう」

丘頭警部は一助と彩香が恋人なのは以前から知っていて、一心の探偵事務所で一緒に食事をしたこともあったのだった。

「でも、一助くん、あまり無理して彩香ちゃんに心配かけないようにね」

そう言って微笑む。

「はい、自分喧嘩強くないのすっかり忘れて夢中でやってしまって……気ぃ付けます」

一助はそう言って頭を掻いた。

「じゃ、帰るけど。捕まえてくれたことにお礼を言っとくね。それと後で署に来て一応証言もらって調書作らないといけないんで、ね」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る