第24話 人事課の女(その2)

 對田社長が外出し鳥池常務が出張で不在の日、村岩専務は社長秘書の肥後茜を専務室に呼んだ。

「特命なんだが、是非君にやって欲しいんだ。受けてくれないか?」

と村岩は切り出した。

応接ソファに対座していたが途中から並んで座り彼女の耳元に囁くように話しかける。

「その前に、君に恋人はいるのか?」

「いえ、なんでそんな事を?」

固い表情で茜が言う。

「いや、これから君にやってもらいたい事にちょっと関係があるんでな」

「どういうことでしょう?」

茜は村岩から少し距離を取って座り直し身体を村岩の方へ向けて視線を合わせて答えを待っている。

「実は、社長がどうも不正に帳簿を操作してるようなんだよ」

「えっ社長がですか? まさか……え~」茜は驚きを隠さない。大きな目を一層大きくして村岩を見詰める。

「うむ、私も信じられないんだが、そう通報してくれる者がいたんでな闇雲にそんなことはないと言い切って良いものか悩んでいるんだよ」

村岩は背もたれに身体を預け腕組みをして前方を睨みつける。

「はあ、私は信じられませんが……」

「まあ、君は社長秘書だからそう言う気持はわかるが……私も立場として調べないわけにはいかないんだ。それも表だって調べる訳にもいかないんだよ、分かってくれないかな?」

「はい、わかりますが……で、私は何をすれば?」

村岩は録音器と盗聴マイクをテーブルにおいて

「これを机の周りにセットして社員との会話を録音して欲しいんだ」

「会社のためだと仰るならやってみます」

茜はそう言ってくれた。

「じゃ、細かい話はここじゃ出来ないから七時にホテルロイヤルフロンティアの最上階のレストランで待ち合わせしよう。そこなら社員が来ることもないから高級料理でも啄みながらその話をな……」

 

 そのレストランはホテルの二十三階にあって東京スカイツリーを正面に見ることが出来る雰囲気の有る高級レストランだ。きっちりとした身なりの客が多い、役人や大手企業の重役が外国から招いた客を接待するのに良く使われる、と聞いたことがあった。

 冬のこの時間はもう夜景といってもいいだろう。スカイツリーの灯りや街並みの明かりが輝きを見せ始めている。乾燥した空気が遠くの灯りまでキラキラと美しく見せている。

 制服からワンピースに着替えた茜が時間通りにやってきた。

「悪いね。デートの相手がこんな爺さんで申しわけない」

村岩がそう言うと茜は「ふふふ、そんなことありません」と笑う。笑顔は可愛い。

「代わりにここのフルコースを頼んでおいたから味わってくれ」

そう言って村岩は茜の前に置かれているグラスにワインを注いだ。

「一応乾杯でもしようか」

グラスを合わせて、村岩は少し雑談をし茜の肩の力が抜けるのを待って、本題である盗聴器の操作方法から始めて記録の取り方や報告書への落とし込みまでを時間を掛けてゆっくりと話した。

その間に食事をし、その食材の説明もしながら続けた。

茜は専務と二人での食事という事もあって少々緊張して口が乾くのか、食事中にワイングラスが三度ほど空いた。

 

二時間ほどして「……以上で説明は終わりだが大丈夫かな?」

村岩がそう言った時には茜はかなり酔が回っているようで目がうつろになっている。

「ふふふ、茜ちゃんは思ったより弱いんだね。少し休憩して行こうか?」

村岩はそう言って茜の腰に手を回して立ち上がらせてレストランを出た。コートとバッグは村岩が持った。

エレベーターに乗って十七階のボタンを押す。

着いた部屋はスイートルーム、村岩は茜をベッドに寝かせて

「せっかくの服が皺になっちゃうから脱ごうか……」

そう言って茜の靴とワンピースを脱がせ下着姿にして、自分も服を脱いでベッドに横になり茜の唇に唇を合わせた。

「えっ」

一瞬茜は驚いたようだったが

「悪いようにはしないから」

そう言って優しくキスをしながら茜の柔肌に手を触れ……。

 

 思えば今からおよそ三年前の話だが関係は今でも続いている。

村岩は若い茜の身体に溺れ手放すのが惜しくて別途手当を支給してきた。

お陰で社長が帳簿操作を指示しているらしいことまでは掴むことが出来たのだった。

 

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