第6話 少女誘拐

 片川美富は娘美鈴と二人暮らし。夫は三年前病死し、僅かばかりの保険金は娘の将来の為にと貯金している。

 水曜日の午後四時いつも通りに帰宅したのよ。今日は朝から濃く霧が出ていたわ。

「美鈴~」

呼べど叫べど返事が無いのよ。

 ――どこかへ遊びにでも行ったのかしら……

 

 しかし、夕食の時間になっても、……七時を過ぎても帰ってこない。

不安になって友達の所へ電話してみたら、皆家に帰っている。

「真っすぐ家に帰ったよ」

と教えてくれた子がいて一気に不安が大きくなったわ。

警察に電話をしようか迷っていると、午後九時美富のケータイが震えて着信を伝えているの。

娘のケータイからだったわ。

「美鈴! こんな時間まで……」娘を叱ろうとしたら言葉を遮って、

「片川美富か?」聞いたことのない男の声に驚いて素直に「そうです」と答えたのよ。

「娘を預かっている。お前が持っている帳簿と八月に撮った写真と交換だ! 警察に言うとこの話も、娘の命も無かったことにする。良いな!」

それだけ言って勝手に切れてしまった。

 ――誘拐された? 要求は帳簿? 八月中に撮った写真? 何? ……何それ? 何故? さっぱり心当たりがない。意味わかんない? ……

顔が引きつり手が震えた。切れてしまったケータイをじっと見詰めた。

 ――どうしよう……警察? でも、言うなって言ってたし……

迷って、迷って、美富は浅草署に電話を入れようと決めたの。


 電話してから二十分ほどで空き巣騒ぎの時に来てくれた丘頭警部が数人の部下と業者を装い来てくれて、逆探知機を設置してくれたんです。

「心当たりは?」と訊かれたけど

「まったく心当たりがないんです。別人と勘違いしているんじゃ?」

そう答えたんです。

ただ、八月に撮った写真はあるので取り敢えず用意したけど……。

 ――こんな家族旅行の写真になんの意味があるのかしら? 

……やっぱり相手を間違ってるとしか思えない。どれだけ怖い目に合っている事か美鈴が可哀想……

娘が心配で、心配で涙が止まらない。

 

 そう言えば、帳簿って言ってたけど、写真に帳簿なんて写ってないし……

「勤め先の洗濯屋は法人だからきちっとした帳簿があるに違いない、と思うんですけど……」

丘頭警部に話すと警部は首を傾げ、「それなら、直接洗濯屋に言うんじゃないかしら?」

と返された。

確かに……。

「でも、変ねぇ。誘拐は普通お金を要求するんだけど、どうしてそんなものを?」

丘頭警部が部下の刑事と話しているのが聞こえてました。

 

 その夜は、犯人からの電話は入らず、まんじりともせず朝を迎えたんです。

 ――美鈴っ! きっと助けるからねっ! 美鈴っ! ……

 

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