第3話 家出する猫

 浅草ひさご通りにある岡引探偵事務所の所長の岡引一心(おかびき・いっしん)は、近所に住む暮林博美(くればやし・ひろみ)が飼っている猫(アメリカンショートヘア)のルージュの捜索依頼を受けていた。

 ペットの捜索は毎月十件ほどあるので事務所の運営上そこそこ重要な仕事になっている。

依頼主は猫を四匹飼っているのだがいつも逃げるのはルージュと決まっている。

二、三か月に一度は窓やドアの隙間から抜け出してしまうのが癖になっている猫で、今年もこれで五回目の依頼になる。……お得意様だ。

写真を見ながら客が持ってきたゲージと猫の好きな餌を持って捕獲にあたる。

捜索期間一週間で基本料金が二万円、成功報酬が五千円である。

 

 一心は家族五人で岡引探偵事務所を運営している。犬猫探しが得意なのは同居している甥っ子の一助(いちすけ)と長男の数馬(かずま)だ。

二人とも二十代半ばで動物が好き、それが奏功し概ね三日間ほどで発見し捕獲出来るようだ。

妻の静と長女の美紗は犬猫がそれほど好きではない。犬猫もそれが分かるのかなかなか捕まえられないのだ。

 今回も、一助が早速ルージュの写真とゲージと餌を持って出かけた。

 

 

 事務所の裏側にある暮林家は一メートル半ほどのコンクリートの塀を周囲に設置している。

一助は取り敢えず餌を手に持って匂いを振りまきながら塀の外側を歩く。

「ルージュ、ルージュ……」

名前を呼ぶ。


 一時間ほど家の周りを探したあと、前回捕獲した三軒ほど離れた住宅の方へ行ってみる。

「ルージュ、ルージュ……」

何回か呼ぶと、「ニャー」と猫の鳴き声が聞こえた。

辺りをキョロキョロしながらその家の隣の空き地へ行ってみると遠くにルージュの姿が見えた。

ゲージに餌をセットして「ルージュ」優しく名前を呼ぶ。

ちらっとこっちを見て姿を消したので様子を見ていると、すぐ後ろから「ニャー」と猫の鳴き声。

振向くと足元に本人? が座っている。

一助はしめしめと思って手を伸ばすと、ルージュが足の間を潜って逃げた。

思わず手を伸ばして捕まえようとしてバランスを崩し、尻もちをついてしまう。

「ニャー」

猫が振向いてそんな一助を見て笑ったように見えた。ムッと来る。

「くっそーっ!」

捕まえようと一歩踏み出すと、猫はさっと塀を飛び越えて庭の中へ消えてしまった。

 何回も会っているので猫も一助を覚えているようなのだ。

一助をからかって遊んでいるようにさえ感じる。

 暗くなるまで猫との攻防は続いたが結局猫の勝ち、悔しいがこの日は引き上げることにする。

 

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