第1話 何も盗まない空き巣

 片川美富(かたがわ・みとみ)は小学校二年生の娘美鈴(みれい)と浅草の中古のアパートで暮らしている三十六歳。

近所の洗濯屋に社員として働いていて平日の夕方四時には帰宅して夕食の支度を始めるのが日課です。

今日も普段通り帰宅すると玄関の鍵が開いていて、えっ? と思ったけど、朝忘れたのかしらと思う程度で中に入って驚いたわ。

部屋中物が散乱しているのよ。

言葉を失って呆然と立ち尽くしていると

「ただいまぁ」

娘が帰ってきて

「なんじゃこりゃぁ」

叫んで、部屋に入って来て、

「あ~私の縫いぐるみが壊されてるぅ」と言って泣き出したんです。

美富は「おかえり」と言うことさえ忘れて、警察に通報しなくっちゃと思いケータイを取り出したのよ。

美鈴をあやしながら美富も涙を押さえきれなかったわ。

どうして良いのか分からずただ娘を抱きしめてパトカーの到着を待っていたの。

 

 十分を少し過ぎたくらいかしら、サイレンを鳴らしてパトカーが来たんです。

近所の人が何事かと集まってきて開いたドアから中を覗いているのよ……嫌ぁねぇ。

「浅草署の丘頭です」

そう名乗って手帳を見せる丘頭桃子(おかがしら・とうこ)という女性の警部さんがひと目中をみて

「こりゃ酷い!」

一声叫んだのよ。

「犯人の指紋や足跡などを調べるので、その間パトカーの中でお話を聞かせてください」

警部にそう言われ美鈴とパトカーの後部座席に乗ったんだけど……。

 ――やだわぁ、何か、犯罪者になって捕まったみたいな錯覚に陥るじゃない……早く部屋に戻りたいわ。

 

 一時間ほどして

「無くなったものを確認してくださる」

警部に言われやっと解放されました。

二人で部屋に入り片付けながら何を盗まれたのか必死に考えたわ。

二時間かかって部屋は片付いたけど、無くなったものは見つけられなかったのよ。

ただ、美鈴の幾つも持っていた縫いぐるみは尽く切り裂かれ中身の綿が部屋中に巻き散らかされていて、美鈴は泣きながらそれらをゴミ箱に捨てているのよ。その姿が可愛そうで胸が締め付けられたわ……。

普段着なくなったTシャツなどは無くなったのか分からなかった。安もんのTシャツなんか盗むとも思えないしさ……。

一応電化製品は確認したけど全部残っていました。

そもそも、そんなに裕福ではないので現金などは無いし、指輪やネックレスは幾つかはあるけど本物じゃない。

預金通帳、印鑑はそのまま有ったし、キャッシュカードやクレジットカードなども有った。

「なんか、何も盗まれていない気がします」

警部さんにはそう答えるしかなかったわ。

「そう」

警部は首を捻る。

「これだけの荒しよう。何かを探してたような気がするのよねぇ。単なる空き巣ならこうまで引っ掻きまわさないもんなんですよ……例えば、パソコンに何か重要な情報があったとか?」

「いえ~、ほとんど子供が遊びで使ってるので……」

 ――そんなこと言われても、本当に心当たりは無いわよ……。

若い刑事になにやら耳打ちされた警部が

「鍵をピッキングして開けたようなので、お宅を狙った犯行に間違いないのよ……変ねぇ」

そう警部に言われて驚くしかなかったわ。

 ――我が家に何があるんだろう?

 ――死んだ夫が札束とか宝石をどっかに隠してるとか? ……ハハハそんなバカな。

「できれば、鍵を大家さんに言って変えて貰ったほうがいいですよ」

「そうですね、気が付かなかった」

急いで管理会社へ電話をいれると担当者も驚いて「すぐ交換します」と言ってくれたわ。
丘頭警部は、「あとで何か思い出したら電話くださいね」

そう言って名刺を置いて行ったんです。

 

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