第18話 場違いな会話

 スラム街には家と呼べないような建物が所せましと並んでいるが、実はいくつかは大きな家も建っている。それは人が一人住むにはあまりにも大きく、そして豪華なつくりをしている。

 場所が違えば一国一城にも見えるその建物は、機械兵から身を守るために幾つもの砲台が姿を見せている。


 その建物の正門は固く閉ざされ、何人にも容易に開くことはないといわれ、実際にそのように行動してきていた。


 しかしこの日、その正門は誰にも開かれていて、多くのスラムの住民がそこに入ろうと行列を作っていた。


「ほらっ、次の奴は行ってこい」

「はい」

「おいっ!お前はこっちだ!」

「わかりました」


 行儀よくスラムの人間が行列を作るのは当たり前で、対戦車ライフルを担いだ屈強な男たちが検査を行っているからである。その強面に逃げ出す少年少女も少なくない。大人でも思わず一歩引いてしまうその凄みに、小さな子供たちが逃げ出すのは仕方ないことだった。


 行列を作っている大人たちはその子供たちの反応を見て、羨ましそうにするもの、情けない人間だと悲観するもの、逃げの一手をとれることに感心するものなど、反応は様々だった。


 子供たちを見る大人の反応を見ている人間も少なくはなく、そんな環境をシャーロットは面白そうに眺めていた。


「ねね、瀬名様」

「なんだ?」

「今ここで殺しを始めたら、どれくらい殺せるかな?」


 ニッコニコの笑顔であまりに物騒な質問をするシャーロット。この少女、この光景を見ても、殺しのことしか頭になかったのである。


「もしもそれをしないといけない状況になって、一人でも逃がしたらシャーロットは特訓しなおしかな」

「じゃあ、全部殺さないとだねっ!美しく、大胆に、そして可憐に血の花を咲かせて見せるよ」


 満面の笑みで返答するシャーロットは、それはもう嬉しそうだ。シャーロットの周りだけ花が咲いているのでは、そう錯覚するほど。


 何を話しているのかは把握していない人間は、シャーロットの笑顔を見てほほ笑む。よこしまな感情を抱く人間も少なくはないが、それ以上にシャーロットに見惚れる人間が多い。


「うーん、誰も会話を聞いてなくてよかったね」

「そうなの?いつも通りじゃない?」

「いつも通りに話をするのは問題ないけど、今この場所でその会話をするのはちょっと問題があるよね......」

「そーかなぁ?」


 ホッと一息ついた瀬名だが、シャーロットは無邪気に笑うばかり。不思議そうにしているが、シャーロットだって、今ここにいる人間が生き残れるように避難してきていることは知っている。


 それでも、余裕で元気一杯の笑顔を浮かべているのは、隣に瀬名がいるからだろう。信頼しきった、安心した様子でそっと隣に寄り添う。


「だって、俺たちは生き残るためにここにいるんだからさ?その中に殺人鬼がいるなんて話になると、誰も安心できないだろ?」

「ふふっ、瀬名様は優しいねっ!」


 今回避難しているのは、機械兵が殺しに来るからだ。機械兵から逃げた先のシェルターに、まさか殺人鬼が居たとなれば……最低最悪だ。誰もが絶望するだろう。逃げ場もなく、武器もなく、立ち向かう意思も方法もなく、無残に殺されていくのみだ。


 いくらスラムで毎日死ぬ覚悟を持って生活しているといえど、死ぬとわかっていて、そこに意味もなく身を置くことはしないだろう。


「ん?」

「どうしたの、瀬名様?」


 そんな折、もう少しで行列が終わるというところで、瀬名は少しだけ行列から外れ、後方を振り返った。

 不思議そうしながら、シャーロットも同じように後ろを眺めるが瀬名の気を引くような珍事は起きていない。


「ねぇ、瀬名様。もしかして女?」

「何言ってるんだ?」

「だよねぇ~」


 完全に光を失った瞳で、どす黒いオーラを放ちながら瀬名に詰め寄るシャーロット。そんなシャーロットに対して、いつもと変わらず冷静に瀬名は返答した。


 あまりの素っ気なさに、一瞬にしてその暗いオーラを散布させると同時に、怒号が響き渡った。


「おいっ、お前たち!」

「はい」

「は~い」

「さっさとこいっ!」


 屈強な男が銃を勝手に、瀬名の背後に回り込んだ。手で突かれるならまだ許せるが、銃口で背中どころか後頭部を押すのは、流石はスラム。


 少し楽しそうに談笑していただけで、この仕打ちである。


「あらら、少し怒られちゃったね」

「そうだな、シャーロットは先に行けばいいよ」

「瀬名様のほうも空いたようだよ!」

「本当だ」


 この二人、本当に生き延びる気があるのか?と疑問の視線を浴びさせられながらも、まったく意に会することなく足を進めた。瀬名は下を見ながらだが、シャーロットに至ってはずいぶんと楽しそうに足を進めている。


 この奇行には、思わず見張り番の男たちも困惑の表情を浮かべるのであった。





 合流した二人は少しの雑談を挟み、再び物騒な会話を続けた。


「さっきの話だけどさ!確かに、私も瀬名様が敵としているってわかっていれば絶対にそんな場所に行かないもんっ!」

「すでに俺より強いだろ?」

「そんなわけないじゃん、瀬名様に勝つとか絶対に無理だよ。瀬名様が年老いて、ヨボヨボになれば可能性はあると思うけど」


 同じ年ごろの男女なのに、寿命勝負に持ち込めば自分が勝てると豪語するシャーロット。確かに、女のほうが寿命は長いし元気ではあるが、そこまで考えるものなのか。


「そんな時になってまで、俺は戦いたくないな。今の生き方ができなくなったら、俺の人生はそこまででいいや。無理に生きたいとは思わないし」


 生きることを諦めるには、あまりにも雑、適当。スラム街でここまで生き残っている人間なのに、何故こうも生きる気力がないのだろうか。


 「戦う」というセリフに反応する人も少なくはなかったが、ここはスラム。スラムの人間が何かと戦うといえば、数は限られている。人を殺す仕事か、町を守る仕事か、闇に生きる人間か。そもそもの働き口が少ない時点で、そんなものである。


「じゃあ、私の人生もそこまでだね」

「なんで俺が死んだらシャーロットまで死ぬんだよ。シャーロットなら、シャーロット達なら生きていけるでしょ?」

「無理だよ。だって、瀬名様がいない世界で生きるのでしょう?そんなの、私たちには絶対に耐えられないよ......」


 館の中に進めていた足を止めて、シャーロットは元気なくその場にうつむいた。両手は力強く握りこまれ、そのきれいな小さな両手から、少しだが血が滴るほどに強く、握りこんでいた。


 いつも笑って元気印として活躍しているシャーロット。その元気を失って瞳を黒く染め上げる姿に、瀬名は少しだけ背筋に冷たいものを感じるのだった。


「なら、みんなで早死にするかぁ」

「今のうちにいっぱい遊ばないとだね」


 一転して楽しそうに、今度は死ぬことを歓迎するかのような言葉を続ける。シャーロットは再び歩みを進めて、楽しそうに、嬉しそうに瀬名の右腕に抱き着くのだった。


 こいつ等は本当に生きていく気があるのだろうか……


 シェルター代わりの家に向かう誰もがそう思いながら、二人の会話を盗み聞きするのであった。

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