第15話 サツキと瀬名
腐多漂うスラム街の一角。以前とは違うボロ家で、瀬名は地べたに寝ころびサツキと会話をしていた。
もしここに第三者がいたのであれば、熟年の夫婦かそれともアツアツのカップルであるかのように見えるだろう。確かに瀬名は地べたに寝ころんでいたが、その頭はサツキの太ももの上に載せられ、サツキは幸せそうにその髪の毛に触れていたのだから。
アンやシャーロットであれば、嫉妬心をむき出しにして戦争が勃発しかねなかったが、その二人であれば今は所用で外出中なので心配するだけ無駄であった。
「そういえば、あの男はそろそろ自白しましたかね?」
サツキのいうあの男とは、レナの両親を殺したという免罪がかけられた男性だ。あの日、シャーロットがレナの両親を殺害している傍らで、瀬名は死神として別の人間を一家丸ごと殺害していたのである。
奇しくも、レナの推測は完ぺきに当たっているのだ。
「あー、どうだろうね?一応対策は打ったし、あとは彼女の才能次第だと思うよ?俺たちが思っているよりも、彼女の才覚が低かったり、上層部が歪んでいたりしたらもう無理だけどね。この都市を捨てて別の場所で人殺しをしていけばいいだけだよ」
「確かにそうですが、瀬名様がここにこだわる理由が私にはわかりませんでした」
心底不思議そうに瀬名の漆黒の瞳を覗き込むサツキ。そのブラックホールのごとき漆黒に目が奪われ、吸い込まれていくのではないかと錯覚してしまう。最も、当の本人はそのまま吸い込まれたらどれだけ幸せなことだろうかと考えているのだが。
その獲物ともいえる瀬名は、そんなサツキの思考を知ってか知らずか、安らかな表情を浮かべたまま、しかし力強い口調で断言した。
「え?簡単でしょ。ここにはアンが頑張って作り上げたものがある。だったら、それを少しだけでも、守りたい」
「そうですか」
瀬名はいつだって、自分の手の中に収めたものを守ることで全力だ。そのためになら、周囲の人間がどれほど死んでも、自分が多少危険な目に遭遇しても意に介さない性格である。
どこまでも真っすぐに自分を貫き通す、それが瀬名である。ゆえに、気分でブレることも多いのだが。
「なんか、サツキとしてはあまり面白くなさそうな反応だね」
「そりゃあ、私としてもアンのことを考えていただけることはとてもうれしいですよ。ですが、私としてはもう少し私にも興味を持っていただきたいなと思ってしまうものですよ。私だって、一人の女のですよ?」
頬を上気させて、魅惑的な笑みを向けるサツキだったが、瀬名はそんなサツキの表情を一瞥して、淡々と言葉をつづけた。
「もしこれまでの対応で不満があったのなら、申し訳ない。ただ、俺はこういう人間だし、一番大事なのは常に我が身だからな。だから、いつでも逃げていいんだぞ?もう、俺がいなくても生きていけるだろ?」
どこまでも真剣にいう瀬名に、サツキは聖女のような笑みをもって答えた。
「私たちが瀬名様から自主的に離れていくことはあり得ませんよ。自害しろと命令されるその瞬間まで、醜く意地汚くそして誰よりも自由に生きて足掻くと、あの日に誓ったのですから」
「そうか」
穴だらけの壁、そして隙間だらけの衝立から舞い込んだ風が、そっとサツキの髪をなでた。
その目は、一切の光を宿していない夢も希望もないほどに黒く染まっているのであった。
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