第51話 敗走

 「終わりだ!終わりだ!みんな竜人族に殺されてしまう」


 会議室の窓から状況を見ていたベルクヴェルク伯爵が頭を抱えて震えている。


 「大丈夫です。私達には大罪人様がついています。必ず大罪人様が竜人族を成敗してくれるでしょう」


 ドーナットの俺への信頼は揺るがない。しかし、常識的に考えて俺が竜人族に勝てるはずがない。


 「ほ・・・本当に大丈夫なのか!あのバードック隊長が一瞬で殺された。竜人族に歯向かうことなんて無謀だったんだ。すぐに逃げればよかった・・・」


 窓から竜人族の姿を見たベルクヴェルク伯爵はすぐに逃げようとバードック隊長に指示を出した。しかし、勇猛なバードック隊長は、自分が話をつけてくると言って外に飛び出して行った。デスガライアル鉱山で最強のバードック隊長が側に居ないと怖くて逃げだす事が出来なくなったベルクヴェルク伯爵は、会議室で戦いの行末を見守る事しか出来なかったのである。


 「バードックごときが竜人族に戦いを望むなんてバカの極です。でも、安心してください。バードックの後を追って大罪人様も竜人族の元へ駆けつけています。今から大罪人様の殺戮ショーが始まります。ベルクヴェルク伯爵、そんなところで怖がらずに大罪人様のご活躍をここで観戦いたしましょう。ほら!私が言った通りに大罪人様が姿を現しました」


 

 「・・・」


 俺は逃げ出す事も出来ず、無理やり背中を押されるかたちで兵士棟の外に出ることになった。少し離れた所には、バードック隊長の返り血を浴びて歓喜の笑みを浮かべる竜人族とその横で不気味な笑みを浮かべる竜人族がいる。


 「後は頼みました大罪人様」

 『ドン!』


 ムッチリーナが渾身の力で俺の背中を激しく押す。俺は押し出されるように二人の竜人族の目の前に突き出された。


 「・・・」


 俺は竜人族を目の前にして呆然と立ち尽くす。竜人族は端正な顔立ちで女性か男性かどちらか区別がつかないほど美しい顔をしている。こんな出会いでなければ俺はその美しさに心を奪われていたかもしれない。それほど綺麗だと俺は感じた。しかし、2人の竜人族は汚物をみるような蔑むように冷酷な瞳で俺を見ていた。俺はその瞳を見て確信した。命乞いをしても無駄だと。この2人の竜人族は人間を殺す事を義務付けられたNPCだ。感情などなくただ殺戮を続けるマシーンだ。俺がいくら泣き叫ぼうが意味はない。所詮ここはゲームの世界。プレイヤー以外に感情はなく与えられた役割をこなすだけマシーンに過ぎない。俺は死を覚悟した。いや、覚悟をしたのでなく生きるのを諦めたと言った方が正しいのだろう。

 俺は無機質な人形のように何も言わず、竜人族の前で立ち尽くしていた。生きることを諦めた俺の瞳には何も映らない。その時・・・


 「やっぱり大罪人様はすごい!竜人族たちが怯えて逃げ出しました」


 建物の3階から大きな声が轟く。


 「やっぱりあなたは本物だったのね」


 俺の背中に柔らかく暖かい二つの物体が押し付けられる。そして、俺の耳元で優しく甘い声が届く。俺は何が起こったのか理解できない。ただ一つ言える事は俺は死んではいなかった。



 「あいつも無課金プレイヤーか」

 「あぁ。俺の竜剣が途中で止まった」


 「せっかくの殺戮ショーが興醒めだな」

 「そうだな。鉱山ごとぶっ壊して殺戮を楽しむ予定だったが、無課金プレイヤーがウヨウヨいたら殺戮が楽しめやしない。気分が覚めたし、テレポートで帰るか」


 プティではNPCしかいなかったので思う存分殺戮を楽しむ事が出来た。しかし、デスガライアル鉱山では、無課金プレイヤーが複数名いたので思い通りに殺戮を楽しめない。少し気分が覚めてしまったスロースとモールは殺戮をやめて天空城に戻る事にした


 ムッチリーナ達には俺が竜人族2人を追いやったように映った。3階の窓が開きドーナットが大声で叫ぶ。


 「大罪人様が竜人族を追いやったぞぉ~~~~」


 その声は少し離れたデスガライアル鉱山の坑道の入り口で、竜神族達の殺戮を見ていた5人の男達に届く。


 「私達のボスは最強でした。デスガライアル鉱山のマインディレクターはボスがなるべきだと私は提案します」

 「そうだ!そうだ!」


 多くの囚人兵士は坑道内にある待機所に身を潜めて、竜人族の恐怖にひれ伏していた。しかし、デスガライアル鉱山の囚人奴隷を統括する立場にあるサブマインディレクターのギドナップ、鉱山兵士団の副隊長エイコーン、そして俺をボスと崇拝するクライナー、シュヴァイン、レーンコート、この5人の男達は竜人族の敗走をしっかりと目に焼き付けていた。


 

 


 

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