第5話 別ルート

 衛兵に捕まらずに済んだ事にホッとしていた俺だが、すぐに自分の置かれている現状に気付く。お金も身分証もない俺は帝都に入る事が出来ない。

 スタート地点から一番近いだろうと思われる帝都に入れないという事は、俺は魔獣のエサになって死んでしまう・・・いや、違う。ここはゲームの世界、無課金でゲームを始めたのは俺だけではないはずだ。課金をした奴らは魔獣を倒した後に帝都に入る事ができるのだろう。そしたら、課金をしていない俺のような無課金勢には、別のルートが用意されているはずだ。


 「どうかしたのですか?」


 俺が石畳の道の端で座って考えていると、幌馬車を運転している黒髪の青い瞳の青年が声を掛けてきた。

 

 「間違いない。これが別のルートだ。帝都に入れずにゲームオーバーなんて、そんな糞ゲーがあってたまるか!」

 

 俺は心の中でガッツポーズをしながら叫んだ。


 「帝都に入れなくて困っているのです」


 俺は心の中では嬉しくてにやけついているが、神妙な面持ちで答える。


 「それは大変ですね」


 青年は俺の気持ちをなだめるように優しい笑顔で俺を見る。


 「はい。路銀も尽きてしまい通行税も払えずにどうしようか迷っていたのです」


 俺は旅人のフリをして、このイベントを上手く乗り切ろうと考える。


 「そうですか・・・。どうしても帝都に行きたいのでしょうか?」


 俺は青年の問いかけに真剣に考える。俺自身このゲームの目的がわかっていない。無課金でプレイをした俺は、何処へ向かうのが正解なのであろうか?スタート地点のすぐ近くにある帝都に行くのが正解だと思うが、別ルートがある可能性もある。ここでの俺の返答が分岐点になる事は明白だ。「帝都に行きたいです」と答えるべきか「特に帝都にこだわりはありません。旅で疲れているので休める場所があるのなら何処でもかまいません」と答えるべきか俺は考える。


 「はい。どうしても帝都に行きたいのです」


 俺は少し悩んだ末にこのように答えた。


 「そうですか・・・それなら、私の仕事を手伝ってくれませんか?手伝ってくれれば報酬を支払います。その報酬で通行税を支払えば帝都に入る事が出来るでしょう」

 「本当ですか!ぜひとも手伝わせて下さい」


 ここはゲームの世界、帝都に入れるようにイベントがきちんと用意されていた。俺は自分が選んだ選択肢が正解だったことに満足している。


 「こちらも助かります。ここから幌馬車で1時間ほど走った場所で、荷物の積み込み作業があります。力仕事になりますがよろしいでしょうか?」

 「力仕事には自信がありませんが、精一杯がんばります」


 ゲームの世界の俺は、おそらく18歳くらいの平均的な若者だろう。ゲームのプレイヤーだから、もしかしたらこの世界の若者よりかは力も体力もあるのかもしれない。俺はそんな淡い期待を抱きながら、青年に言われるがままに幌馬車の荷台に乗り込んだ。

 青年の幌馬車の荷台には人が乗るスペースと少しの荷物が積めるスペースが確保されていた。荷台に乗り込むと4名の筋骨隆々のガタイの良い厳つい顔の男性が座っていて、俺が幌馬車に乗り込むと何も言わずにじっと俺を見ていた。


 「急遽、手伝いをしてくれる人を雇いました。現場に着いたら指示を出してください」


 青年が奥に座っている4名の男性に声を掛けるが返事はせずに小さくうなずくだけであった。


 「よろしくお願いいたします」


 俺は礼儀正しく頭を下げる。


 「静かにしろ」


 男性の1人がどすの聞いた低い声で言う。


 「すみません」


 俺はビビッてすぐに謝る。


 「現場に着いたら、皆さんで協力してくださいね」


 青年は明るい笑顔で俺と4人の男性に声をかける。


 「はい」


 俺は返事をするが4人の男性は小さくうなずくだけで返事はしない。


 「あの~すみません」


 俺は一つ気になる事があった。それは、みんなの名前を知らない事だ。ゲームのクエストをこなすだけなので、いちいち自己紹介などはしないのはゲームっぽいが、これから一緒に仕事をするのだから、名前だけでも聞いておくべきだと思った。


 「自己紹介というか・・・みなさんの名前を知っておいた方が良いと思うのです」

 「あ!そういうのいらないです。ここに集まっている方は、この仕事のプロの方です。素性や名前など余計な情報はなくても、きちんと仕事をこなしてくれますので、あなたは彼らの言われた通りに動けば問題はありません。では、私は馬車の運転に戻りますので、仕事までゆっくりと休んでください」


 青年は先ほどと変わらぬ笑顔で答えてくれた。俺はNPCはゲームで決められたこと以外は話さないのだと解釈した。俺を乗せた幌馬車はコツコツと音を立てながら走り出す。幌馬車に乗るのは初めてだが、思ったよりも揺れなどを感じず意外と快適だった。4人の無口な屈強な男性と俺、幌馬車の中の気まずい空気から逃げる為、俺は目をつぶって寝たフリをしていたが、いつの間にか本当に眠ってしまっていた。




 「起きろ仕事だ!」


 俺は乱雑に体をゆすられて目を覚ます。気が付くと幌馬車の荷台の中には俺と俺を起こしてくれた男性しかいなかった。


 「すぐに馬車から降りて荷物を運べ」

 「はい」


 俺はすぐに幌馬車から降りる。すると、目の前には白く輝く立派な幌馬車が止まっていた。その幌馬車の幌の側面には三つ首の龍の紋章が描かれていた。


 「これは・・・どういうことですか!」


 俺は思わず大声で叫ぶ。

 俺が目にしたモノは、白の幌馬車の周りに首が斬り落とされた男性の死体が4つ、胴体から激しく血が噴き出ている男性の死体が3つ、そして、青年の前で土下座をして、命乞いをしている50代くらいの顎鬚を蓄えた太った男性がいた。


 「急いで、あの幌馬車の荷物を奪って来い!」


 全身に返り血を浴びた別の男性が俺に声をかける。その男性の手には肉片が付いた大きな斧を持っていた。おそらくこの斧で殺したのだろう。俺はあまりの惨劇に体が恐怖で動かない。そして、凄惨な遺体を見て気分が悪くなり嘔吐する。


 「うぅぅ・・・」


 俺は言葉にならない言葉を発する。俺は舐めていた。ゲームの世界だと思って安易な考えをしていた。目の前に広がる残酷で非人道的な光景、生臭い血の匂い、絶望の嘆き声。これは、ゲームの演出なんかじゃない、高画質の映像じゃない、これはリアルな現実なんだと思い知らされた。

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