第3話 クリアーの条件

 「リアルモードを選択された方は、セーブポイントで現実世界に戻る事ができます。しかし、それは1円でも課金された方のみの特権です。無課金の方はゲームをクリアーするまではこの世界から元の世界に戻る事はできません」


 俺は大声でふざけるなーと叫びたい気持ちであった。しかし、泣こうが叫ぼうが現状は変わらない。これは利用規約を全く読まずにプレイした俺の責任だ。しかし、どこかに救済措置が用意されているかもしれない。なので、俺は一言一言を逃さずに耳を傾ける。


 「この件で大事な事が二つあります。まずは一つ目はゲームのクリアー条件です。このゲームには終わりの概念はありません。各々のプレイヤー様の行動次第で、この世界の情勢は変わるので無限の可能性があります。そして、プレイヤー様自身がこの世界で何を目的にするのか自由に選択する事ができます。この世界を統べる覇者になるのか、それとも、料理人としてこの世界に食の革命を起こすのか、千差万別の生き方が存在します。なので、このゲームのクリアー条件は各々が選んだ道によって異なりますので、この場でこれがクリアーですと断言できません」

 

 「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁー」


 俺は抑えていた感情が爆発した。今すぐにでも俺はこのゲームの世界から出たい。なのに、クリアー条件は各々の選択によって変わるだと。俺が知りたいのはいち早くこのゲームの世界から抜け出る方法だ。抽象的で曖昧な表現など聞きたくない。しかし、俺の怒りが運営に届くことはない。


 「二つ目に大事な事はデスペナルティーです。初期投資の重要性は利用規約で説明いたしました。ゲームを快適に進める為に種族、職業、装備品、魔法、スキルなど、お金をかければかけるほどキャラクターは強くなります。きちんと初期投資をした聡明なプレイヤー様は死ぬ可能性は少ないでしょう。このゲームでのデスペナルティーは死です。一度死ぬとそのキャラクターは二度と使用出来なくなります。リアルモードをしていれば、このゲームの世界で死者として埋葬され、現実世界でも脳死と判断され二度と目を覚ます事はないでしょう」


 俺はあまりにもショッキングな内容のため受け入れる事が出来なかった。ゲームの世界で死んだら、本当に死ぬなんてありえないからだ。しかし、今、ありえないと思える現実に直面している。ゲームの世界に入り込む事態ありえないのだ。


 「でも、安心してください。脅かすような事を言いましたが、聡明なプレイヤー様ならきちんと利用規約を読まれているでしょう。弊社のツイスター【SNS】をフォローしていただいた方には【無限身代わり石】をプレゼントしています。この【無限身代わり石】があれば、代わりに死を肩代わりしてくれますので問題はありません。【無限身代わり石】は無課金の方も対象になっていますので、実際に死ぬ事はないでしょう。しかし、それではゲームに緊張感がありませんので、【無限身代わり石】を一度消費すると、スタート地点からのやり直しになります。もちろんゲーム内の時間は経過していますし、一度作り上げたキャラクターはこの世界では死んだ事になります。なので、新たなキャラクターを作り直してからのスタートとなります。その際、資産など全てが没収されてしまいますので、慎重に行動する事をお勧めします」

 「なんだよ。そんなの知らないぞ。ツイスターのフォローなんて俺はしてないぞ。俺はゲームの世界で死んだら終わりなのか」


 俺は絶望で目の前が真っ暗になった。アナウンスの内容は俺にとっては非道極まりない事柄ばかりであった。俺には希望はない。ただ、このゲームの世界で死なないように、安全安心な生活を送るしかない。ゲームをクリアーして元の世界に戻る希望など持たない方が良いだろう。死なないよう最善を尽くす事が最優先だと俺は判断した。


 「選んだ種族によってスタート地点は異なります。あああさんは無課金で無職の人間族でのスタートになりますので、ガイアスティック帝国の帝都ロギアルシアン近くの沈黙の森がスタートになります。今から戦闘チュートリアルを開始しますが、リアルモードのあああさんにはゲームの操作方法を説明する必要はないでしょう。それに、職業、スキル、魔法など、この世界の特有の能力も、無課金のあああさんには説明不要だと判断しました。いまから、沈黙の森に生息するブラックウルフがあああさんを襲いにきます。武器も魔法もスキルもないあああさんが勝てる可能性は0%です。運営としてはブラックウルフに出くわす前に全力で逃げる事をお勧めします。では、【七国物語】の世界を楽しんでください」


 アナウンスはこれで終了した。俺はアナウンスが終了すると同時に全速力で走り出す。どこを目指すのが正解かはわからない。しかし、ブラックウルフが姿を見せる前にその場を逃げ出さないといけなかった。

 俺の判断は正解だった。俺はチュートリアルであるブラックウルフに出くわす事なく沈黙の森を抜け出す事に成功する。久しぶりに全速力で走ったが、思いのほか体は軽くスピードも速かった。多少は息切れをしたが、森を抜けるために500m程は全速力で走ったが、体力も十分にありまだまだ余力は残っていて、自分の体とは全く違うと感じた。初期の設定のステイタスは全く覚えていないが、年齢は18歳だったので、50歳の俺とは比べものにならないくらいの体力が備わっていたのだろう。俺は沈黙の森を無事に抜け出す事が出来たので、安堵の笑みを浮かべた。



「彼はプレイヤーだったのだろうか?」


 真っ黒の盾のような平たい大剣を軽々と持つ全身黒のフルプレートアーマーを着た大男がボソリと呟いた。その大男の側には体をぺったんこにされた2匹のブラックウルフが横たわっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る