8-3.chronicle



 潮風、海風というには少々静かで人畜無害、無味無臭の中あなたは透明な窓から景色を見下ろします。景色と言っても水平線の先は薄ぼけて見える以外は綺麗なオーロラのような靄が立ち上る地帯があるように見える程度で只々青が広がっています。

 この垂直離着陸機はあまりにも静かすぎました。あなたの知るものであれば二つの回転翼や風を切る音で大声でなければ会話が出来ないような環境だと思い込んでいましたが、そんなことはありませんでした。どちらかと言えば飛行船のようなものでしょうか。その白い楕円の流線形のコンテナはそれ自体が非常に軽い材質のようでこれで浮いているようです。


『動力、推進力は太陽光だね。斥力を発する合金と合わせて二つの推進、一つの浮遊装置として運用してるんだよね』


 提示された船体のイメージ図は太陽光である程度の高さを航行できるホバー船といったものだろうか。それが出来るかどうかは今更論じる必要は無いだろう、実際サティは鼻歌交じりに運転しているのだからとあなたは深く考えないことにしたようです。

 ゲームでヘリは運転したことがあるあなたでもその難しさは知っています。ゲームの中なら航空機すら運転したことのあるあなたでも実際にコックピットに座らされては姿勢を正しシートベルトを締めて隣のメインパイロットを応援するほかありません。

 今回はサティがいとも簡単そうに操るので彼女の運転に任せてカメラを回すことに集中することにしました。

 その甲斐あってか発艦、航行中、無人島の遠景に着陸シーンと取れ高の山が出来上がりました。

 あなたの足元でひゃんひゃん鳴いているマカミも嬉しそうにしています。




 到着したのはいくつかの無人島を通過して見えてきた大きな島だ。無人島と言われてイメージする大きさをゆうに超えたものではあるが、岸壁が鋭く切り立った状態で連なっており、あなたの頭の中には地理の授業で習ったリアス式海岸という言葉とイメージ図が浮かんでいます。

 着陸したのはその岸壁の上はなく島の中央部にある窪地でした。

 大小様々な岩石が転がる地ですがどこか懐かしい印象です。恐らく日本のどこか。標高が高い山脈のいずれか。なんとなく本州の中央部くらいかなと思いながら周囲を見渡します。

 あなたの記憶にある街はどこだったか。海が見えたような。いや坂が多かったから山がちの土地だったかも。うんうん言いながらもあなたが思い出すことはありません。


『簡易調査は済んでるから拠点建築はこの島にアンカーを設置して、この諸島群の南東方面の海中遺跡群の間を縫って行く形になるかな』

『距離はどのくらいになるのですか』

『どうだろう、海溝よりは短いと思うけど』


 思わずあれ、と思ってしまいます。あなたの雑学知識のうちの一つに世界最深のマリアナ海溝が約1万1000mあるのを知っています。それよりは短いという言葉では安心できないくらいの距離であることはあなたにも予想がつきます。

 あなたは思わずそれは大丈夫なのかと問います。


『うん? まあこの星一周するくらいは大丈夫じゃない? ねえメシエ?』

『あなたでは、ああ、私であれば可能という事ですか』

『ううん、二人なら、だよ!』

『協力すれば確かに容易い事ですね』


 何と心強いことでしょう。彼女たちを後を追いかけるあなたには到底出来そうもないことを容易く行えるという二人に感心し、あなたは自身のちっぽけさを改めて認識しながら二人の建築の記録を残すことにしました。

 そうして一つ思い出すことがあります。

 配信者の配信内容の一つであり一分野でもあるゲーム実況というものがあります。ゲームというものはそれこそ星の数ほどありますがその中でも配信者にとってはメジャーと言っていい有名なサンドボックスゲームの実況配信や実況動画があるという事を。

 自由度が高いという事はいかに個性を尖らせて面白さを掘り下げていくかという事です。その中でも安定した面白さを誇る遊び方の一つに建築というものがあります。


 いいでしょう。あなたは今回彼女たち二人の建築してみた動画の撮影をすることを宣言します。そうして始まった彼女たちの建築動画はあっさりとあなたの予想を超えて行きました。

 まずとりあえず作り出されたアンカーと呼ばれるものはボーリング調査機のようなものを数倍にしたようなサイズのものがあっという間に打ち込まれていきました。掘っていたのかもしれませんがあなたが周囲の地形調査のためにカメラに集中していた一瞬の出来事でした。

 更にそこから南西方面に進んだ島の中ほどでまたアンカーを打ちこみます。たった数日で島の南西部の岸壁に到着してからは海中の陸地に沿ってトンネルのようになった道が続いていますが、この上半分は透明なガラスの半円柱状になっていて立派な水族館のようでもあります。

 彼女たちはこともなげに道をつくって進んでいきますが、あなたはその道をつくる彼女たちの技術力にも謎動力のエレベーターやエスカレーターにも何かを尋ねようという気になりません。  

 それはあなたの目の前に見慣れたものが見えてきたからです。あなたのよく知る日本風の家々、日本語による案内表示。

 田舎の町並みから徐々に都会へ。トンネルが徐々に町の中心へ向かって行く度に、あなたの中に軋むような音、ひび割れるような感覚が訪れます。

 あなたはその事実に気付きながらも彼女たちの雄姿を撮影します。そうすることがあなたにとっては唯一平和と呼べる時間だからなのかもしれません。


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