4-X.星の鼓動



【解析中……やはり彼は一度途絶えて間を置かずに発生しています】


 それが当機が出した結論です。あの人間と呼ばれる情報体はこれまでに集積した人間という生物から著しくかけ離れている。

 可能性としては二択。人類種の進化の先にあるものか、全くの別物か。当然後者の方が可能性は高い。情報体が人間という生物を再現しているという可能性もある。

 しかしこれを見せても調査機の回答は変化無し。


【情報体だと仮定しても、その再現度が高すぎます】

【我々の調査対象外の場所へ向かった人間から情報を得てこちらで再現しているという可能性があります】

【否定します。人類種が移動の痕跡を残したのは太陽系を出るかどうか。銀河系の脱出は到底不可能です】

【次の文明が詳細な人類のデータを持って移動した可能性があります】

【否定します。人類の文明と我ら機械生命体の文明の間の空白の時間、それらしき生命体は確認できていません】

【齟齬があります。持っている情報に差があると指摘します】

【肯定します。個体的に所持、秘匿しているデータがありました】

【それを提出してください】

【先ほど提出しました】

【……齟齬があります。持っている情報に差があると指摘します】

【データベース参照。幽霊】

【検索中。幽霊。『幽霊になって出てくる』。関連キーワード、未練。生前の姿。物理が効かない。闇属性。関連性が不明】

【彼に質問することを提案】

【了承】




『ねえリスナーさん。幽霊ってなに?』

「ああ? 幽霊? あー、俺ってあんま非科学的なこと信じないんだけど、そうだな。君らなら怖がった方がいいやつなんじゃない?」

『怖いものなの?』

「いんや?」

『怖くないの?』

「受け取る側によるとしか。そもそも俺はいないと思ってるもんだし、なんて言えばいいのか。まあ君ら配信者からすれば視聴者は半分以上幽霊みたいなもんじゃね?」

『リスナーさんも幽霊なの?』

「目の前にいるやつにお前幽霊なのってのはどうなの? まあそういうファンサの仕方もあるのか? いや、俺は違えけど」

『貴様。人間というのは肉体が情報』

『違うの?』

「何? 同時に質問すんな俺の耳は二つしかねえんだぞ?」

『二つなら聞けるじゃない』

「入口と出口があんだよ。出口から入ったら詰まるだろーが」

『リスナーさんは幽霊なの?』

「ちげーよ。……ん? ああ、視聴者リスナーのことか。そうだよ。アンタら配信者と視聴者には基本的にデカい壁がある。お互いが実態を認識できない、画面の向こうの存在。その中で声や言葉だけが届いてくる。そいつをどう思うかは本人次第。全く気にならないやつもいれば気にしすぎて滅入るやつもいるだろうなあ。ああいうのは気にしたら負けだから、そうだな、その辺に生えてる草くらいに考えときな!」

『リスナーは草?』

「もしかしてあざ笑ってる? 煽り? 煽りなのか?」

『貴様。幽霊というのはなんなの?』

「あんたもか。もうちょっと絞ってくれ」

『未練』

「ああ、思い残したことがあるやつとかがその場所に留まったりするやつだな」

『生前の姿』

「単純に生きてる時の姿で出て来るってことだろ」

『物理が効かない』

「お、ゲームか? 幽霊にはお祓いとか神聖なモンで対抗しろ、物理攻撃は効かないからな!」

『闇属性』

「まあそうとは限らねえんじゃねえか? ホラゲなら情報とかアイテムとかくれるニュートラル幽霊とかいるだろうし」




【結論。彼は幽霊ではない】

【否定します。彼自身が否定しているだけで幽霊の可能性はあります。そもそも幽霊は人間がなるものである可能性があります】

【……考慮の余地があることを認めます。つまり彼は幽霊になった人類種である、と? 】

【可能性の一つとして提言します】

【承認。現状、彼は幽霊という情報体、人類種の進化の先にいる存在であると仮定します】

【先ほどの彼の発言から、幽霊とはアイテムや情報をくれる存在であるという発言がありました】

【検索中。ホラゲ。……恐らくホラーゲームのことかと推定】

【そういった種があるだけで幽霊という情報体にも多くの種類があるだろうと推定します】

【承認。幽霊にどんな能力があるか調査する必要があります】


 当機は太陽系調査機の統括監査機。その中でも共通の調査項目である人類について調査することは当機の存在意義でもある。とはいえ、この星についての活動は僚機が中心となっており、今回の調査に関しても権限を譲り渡したわけではないが僚機の調査実績を鑑みるに方向性について一任している。


 まあこのアバターの造形は少しだけ新鮮であり、空を飛ぶ能力は無いが地表で活動する分には十分だと言える。慣熟運転中ではあるが緻密な操作と二本の腕の先にある五本ずつある指は非常に操作性がいい。


 運動性能はそれなりだが僚機の胴体部分に余計な膨らみがある理由がわからない。僚機はこういうものだと言っていたが、この形状で運動するならそれこそ彼のような構造にするのがいいのではないだろうか。当機のアバターは少し小さい気がする。


「なあ」

『なあに、リスナーさん?』

「二人って付き合い長いの?」

『長いっていうのが何を指すのかによるけど、ここしばらくはマネージャーと一緒だよ』

「へえ、他の人は?」

『随分前に離脱したかなあ。最初は9機、9人いたかな』

「え、何、グループかなんか?」

『グループといえばグループだったかな』

『ええ。私がそれらの監察担当をしていたわ』

「8人グループとマネージャーの組み合わせってことか」


 太陽系に属する惑星ごとに調査機が割り当てられ調査が終了した時点で太陽系を離れて行った調査機が多い。というか現在の状況を考えればそのほとんどが役目を終え系外惑星にある拠点の一つに帰還しているだろう。帰還後は私の管轄外なので今どうしているかというのは私が知りえることでは無い。


「お、この先道がねえな。よし、ちゃんと捕まってろよ」

『どうして?』

「揺れるからなあ!」


 予想はしていたが体が大きく揺れる。アバター内に定義されていた姿勢制御システムが自動で補正を行うがそれでも大きなブレが生じている。路面を装甲することで起こる揺れや振動に、この乗り物自体が発する振動がこの機体に通っている。

 僚機を見れば何という事もなくその振動に任せて揺れているだけだ。


【アバターの完成度が低すぎます】

【人間に近い機能であるためこのぐらいがいいですよ】

【……? 貴機はそれで過ごしにくくないのですか? 】

【今は人間なので。人間を理解するためには人である不便を楽しむことが重要であると思います】


 どこか雰囲気の違う答えが返ってきた。表情の違いから察するに、これは一種の娯楽か楽しみであると推察できます。


【ただの移動ですが】

【人間の間ではこれをドライブという娯楽として楽しむそうですよ】

【ただの移動を楽しむのですか】

【はい。我らにとっては作業の一つでも人間にとっては定番らしいです】

【そうですか】

【この移動の後星裁が発生しないエリアがあります。そちらで試してみるのがいいかもしれません】

【試す必要がありますか? 】

【せっかく人の姿を模したアバターですから】

【そうですか】


 現在はドライブを楽しんでいる人間、リスナーを観察するにとどめているようです。

 僚機、現在はサティと呼称している調査機は現在楽しいを考察しているようです。

 ただし先ほどの車両の運転を許す気はありません。何故車両の性能限界試験を我らが乗っている時にしようとするのか。今後は必ず申請を出させてから車両に乗せることを決定しました。


 話を戻しますが機械の体、ただのアバターではこうはならなかっただろうとサティは言っていました。果たしてそうだろうかと思いますが、確かに異種族間でのコミュニケーションは問題の方が起こりやすい傾向にあります。

 過去に機械生命体が対峙した銀河系外宙域で遭遇した大型宙航生命体などは機械生命類を捕食するといった行動をしていました。その場にいた機械生命体群が攻撃、撃墜したらしいですが彼らは進行方向にあるものが勝手に捕食口に入るのに任せていただけというのが判明しています。意思の疎通は不可能。こちらが回避、移動という対処をするだけの災害認定されています。

 そういえばアレを宙鯨そらくじらなんて呼称していた存在がいたような気がしましたが当機にその発言データはありません。


『貴様。鯨とはなんですか』

「くじら? クソデカい魚だ。あっちの、谷を挟んだ向こう側だな。あの山くらいあるんじゃねえか?」


 魚。魚類。こちらはデータベースにありました。紡錘型の脊椎動物。一生を水中か砂中で過ごすと予想されていてヒレを運動器官とする謎の生き物。

 確かに宙鯨もヒレのようなものはありましたがアレは明確に空間を掴んでいました。自分の前に短時間重力を発生させそこに体を傾けて近づきながら重力が消えるころに再び重力を発生させ体を傾ける。結果蛇行しているように見えますが、どちらかに偏る場合がほとんどで決まったコースを周遊しているというのが分かっています。


 そもそもヒレだけで水中や砂中を泳げるのでしょうか。不思議な生き物がいるものです。東に向かっているという事ですから、いずれ水がある場所には辿り着くでしょう。魚類がいれば、となりますが。サティの調査履歴にまともな水中の調査結果はありません。星の瞳近くにあることによる磁気嵐が原因とされていますが発見できないという事が起こりえるのでしょうか。これも要検証でしょう。




『ここは?』

『んー? えっと先史文明における市街区、一応保護区にあったはず』

『……本当にここですか? 座標がずれている気がしますが』


 山間の保護区に到着しました。周辺の気象は安定しており私たちは一度車を降り保護区をうろついています。実際には記録された座標の基準点まで来ましたがそこはどうも保護区からギリギリ外れているような気がします。

 本機を参照しても……、誤差許容範囲内? ズレがあるにはあるようですが。


【確かにこれまでの調査記録とのズレがあります】

【原因は判明していますか】

【いえ。本機に問い合わせます。……本機では座標のズレを認識できないようです】

【これまでの調査とのズレから傾向や原因を解析できるのでは】

【この周辺に来たのは約500回ほど前の調査ですので、何かしらの変化が起こった可能性があります】


『座標がずれているのは多分星の瞳が開いてきてるからじゃないかな』

『ああ、それもありましたか』


【再調査ですね】


「んじゃ今日は此処までにするかー……ん?」

『はーい。あ、そうだリスナーさん。車止めるなら』

「あのさー、ちといいか? この辺って地滑りでも起きた?」

『地滑り?』

「おん。その建物だけどさ、中入れねえか?」


 山間は山頂に近い場所にある旧保護区、市街地跡。四角形の建物で構造体の隙間から中に入れそうな状態です。ちらりと視線を送ればサティはすぐに解析作業に移行したようです。

 当機も簡易音響測定をしますが、なるほど。確かにこの建物には地下に複層構造をつくっており大部分が土砂に埋もれているようです。しかし確かに彼がいうように地下へと繋がっています。


『行けるみたい! 早速行こうか!』

『待ちなさい。原因が地滑りでこうなったというのなら安全面に不足が存在します。構造を補助し通路を確保するものが必要です』

「まあそうなんだけどさ、とりあえず明日にしない? 急ぐ理由ってなんかあったっけ?」


 調査対象が増えたことで気が逸ったといえばいいのでしょうか。確かにこの調査自体に期限というものはありません。しかし逆に言えば待つ理由もないと思うのですが。


『何故ですか』

「こっわ。単純に保護区跡を一通り浚ってからでもいいんじゃね、と。そんなに行きたいってことは中に何かあるんだろ?」

『何かあるっていうか、うーん、地下に通路みたいなものが張り巡らされてるみたいだから見てみたいなって』

「地下水路か何かか? 探索に時間かかりそうならベース決めて腰を据えて調査すりゃいいんじゃない?」


 作業効率の話だろうか。エネルギー的には問題ないが確かに他の場所に対して注意がおろそかになっていたが、それは順番程度の問題ではないだろうか。


『じゃあそうしよっか。ベースは……』

「いや車あるじゃん」

『え、あれでいいの?』

「そのためのキャンピング仕様なんだよなあ。あ、やっぱベース造ろうか、頼むわ」


 何故か態度を急転させたが何かあったのだろうか。やはり判断基準というか態度や感情の変化の際の原因がいまいち理解できない。彼の中にある何かなのだろうが。


「……(有名配信者と同じ場所で寝たとかもう私刑案件だろ俺。あぶねー)。とりあえずここは後にするとして、他になんか気になる場所とかはないのか?」

『んん? えっと、じゃああっちにある保護区の基準座標を見てみようか』


 サティは彼の判断を優先するようです。サティがいいならいいのでしょう。彼を伴う調査に意味があるという事でしょう。

 実際ここへは彼の判断で来たのです。こういった我々の判断基準にない方法を取り入れることでそれまで見えなかったものが見える。それをサティは期待しているのでしょう。


『貴様、ここをどう見ますか?』

「どう見る? あー山が崩れて地中に埋まった街、くらいかなあ」

『貴様、地中にあるものはどうやって調査しますか?』

「どうやって? まあ、基本は発掘なんだろうが地下の構造体があるって言うなら素直に探検すればいいんじゃない? あとは地中を潜水艦みたいに掘り進むとか? いや、待った今の無し」


 サティのように発言を翻すことは許しません。車両の時のように何か新しいものがあるかもしれません。


『貴様、潜水艦とはなんですか?』

「あー、水の中を進む船だ。基本的には海で使う。ああ、そういや艦隊司令だっけ。船が好きなのか?」

『貴様、地中を進む船があるのですか?』 

「無視かい。いや、ねえよ。空想の代物だ。モグラみたいに地中を掘りながらトンネル造って進んでいくなんかそれっぽいやつ。シールドマシンではない」


 地中を調査する方法はいくらでもあります。未開惑星での調査ではまず大気の状態と地中をくりぬくことから始まります。

 一般的に使用される分解機では出力過多でしょうからある程度調整して掘削部を形成し、地中で穴を掘るなら多脚のほうが姿勢を制御するのは簡単でしょうか。ああ、崩落の可能性があるのでしたか。であれば舗装できるように補強用の資材を塗り固められるような機構も必要ですか。


 私が構想を練っている間に彼らはベース拠点を選択し動き出していたようです。


 用意されたベースでは緩やかな明かりの中サティと向かい合って話す機会が得られました。その傍らに彼がカメラを配置して何をするでもなく待機していました。

 なんですか? 焚き火対談? それは何のために……。ええ、わかりました。とりあえず質問に答えればいいのですね。


 こうして当機は初めての焚き火対談の収録に挑むことになりました。


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