3-X.見るもの見られるもの



 人間というものに関してその独創的な発想は資料だけでは計り知れないものだと毎日思い知らされる。

 彼らは効率性や利便性、安全性などを無視しながら快感を求める部分がある。彼の生体データでは脳や首、腹部にある臓器から複数の物質が生成されておりそれが彼の言う楽しみなのだろうかなどと考察していた。

 彼に言われるとおりに船を動かし、足を止めては映像に収める。時折アバターを調整したりポーズをとったりして見たが、違い自体はよくわからなかった。ただ映った映像が違うだけ。


『これなんて言うの?』

「さあ。逆ピース? とかだったと思う」


 彼からいいねをもらいつつ様々な遺構を巡るが、この時には私は気が気じゃなかった。

 衛星軌道上で観測を続けている本体がこの星に未観測データを観測したのだ。それ自体は別に珍しいことでは無いが、それが宇宙から来たというのが問題だ。

 そもそもこの星の外の宇宙は監査機であるゴルゴーンの管轄だ。何かあれば連絡が入るはずだ。それもなく、この星へ何かが来たということはゴルゴーンが何かを送り込んできたという事に等しい。

 本体は監査機への報告と質疑を行っているが未だに応答はない。思い当たることといえば彼のことくらいだが察知されるようなことは無かったはずだ。

 そもそも何故か規則違反をしている気になっていたが、別に何ということは無い。極東にいる生物の観察記録もデータとして送っているのだから、人一人と出会い交流していたとして何かを言われることは無い、はずだ。


『何してるの?』

「何って、ちょいと画角の調整」


 彼が私のカメラを頻繁に奪うので一部演算を彼の扱うカメラとして割いている。映像自体は彼が確認しているが当然私の中にも取り込んでいる。

 彼の映し出した景色はどれも私の占有率が高いか、私が中心でポーズをとっているものだ。


『この指を擦り合わせるようなのはなに?』

「それ? 指ハート」

『指はあと?』

「そ。かわいいじゃん」


 かわいい。可愛い。kawaii。


『かわいらしい、とは違うの?』

「それは明らかに、二番手だって言ってるようなもんだぞ? 仕草はいいよねとか、色はいいよねとか含みを持たせた言い方だ」 

『かわいいは?』

「正義だ」


 あれ。急に話が繋がらなくなった。正しいものであることと何かを意図した言い方であることが違うのはわかるが、そこまで変化するものなのだろうか。人間の感性とは奥深い。


「ほらいいからやって」

『はーい』


 顔の前で、腕を伸ばして、横を向いて。遺構とセットで画像を保存しているようだが、彼はこれが楽しいのだろうか。楽しいというよりはどこか納得したような、達成したような表情に見える。

 私も随分人間に成れたようだ。微妙な表情の違いから相手の心情まで理解できるようになるなんて。これはだいぶ人間に近づいて来たのではないだろうか。


「ちなみに次は?」

『ミズウミっていうのがあった場所みたい。水の海があったのかな?』

「……広さは?」

『えっとー、そうだなあ。砂船3日分くらいの移動距離?』

「あー……、いやわかんねえよ」


 私からすれば海と名前の付いた窪地とミズウミと名前の付いた窪地の違いがわからないくらいだ。この星に於いて海とは黒い流体であり、凡そあらゆるものを溶解させる危険地帯でもある。


 彼と砂船で旅をすること数日、明日にでも白海の東端に到着しようとしているタイミングで未確認飛行物体の反応があった。この調子ではあと数時間でこちらに接触するだろう。


『あの陸上移動装置はダメなの?』

「いや、逆に聞くけど何で頑なに乗り物にブレーキつけようとしないんだ」

『制動するなら位置エネルギーや遠心力で分散させても同じことじゃない?』

「俺の体に物凄い縦横の重力がかかることを除けば同じなんだろうがな。普通にホバー車じゃダメなのか?」

『それなら飛行する乗り物でもいいんじゃない? 地面を走るっていうのが目的じゃなかった?』

「え、そうだっけ? 俺そんなこと言った?」


 私のログには無い。だから言ってないことになるのだが、彼には出来るだけこの地上を走る方法を教えて欲しいのだ。

 海上を走るのは船だ。データにあったから私は船をつくった。そしてそれを何て事もなく操縦するかれはそれを知っていた。であるならば、荒れた大地を走る手段を彼は持っているのだろう。それを知りたい。人間が使っていた技術や体験がしたいのだ。


『多分?』

「おっけ。わかった。じゃあもう車で良いよ」

『車?』

「4輪自動車。作れる?」

『4輪の車両をつくればいいんだね?』

「おう」


 そうして私が作り出した車両はひどい批判を浴びた。


「まず何でタイヤがまっすぐについてるんですかねえ? これ真っ直ぐ4つ付けた意味ある? あとなんで祭壇みたいになってんの? 船には風防取り付けたじゃん!」

『白海じゃなければ砂はとんでこないよ?』

「そりゃ走ってるときに風を感じられそうでオープンなテイストは素晴らしいぜ? でもなそもそもタイヤが中央に付いちゃってるからバランスとるのも左右に曲がるのも一苦労じゃねえか!」

『体重移動だけで曲がれるから簡単じゃない? 軌道的にもあまり無理がないし。というか砂船は寝ながら運転していたじゃない』

「そうだったあああ! いや待て、でも白海はほとんど地形的に障害物なんて無かっただろ。遺跡群は遠目からでも見えるから傍につけるのも簡単だったし。今度はそうじゃないんだろ?」


 確かにこれから向かう星裁多発地点は比較的山がちで大きな石や岩が散らばっていて傾斜や断崖絶壁なども多い場所だ。

 元々火山と呼ばれる噴火地帯があったことで山が鳴動し地形が徐々に崩れていった、そんな考察が残る場所だ。


「デカいタイヤとトルクで慎重に踏破するのがいいと思うんだよね」

『うーん……でもなあ』


 私の頭の中で引っ掛かっているのはエネルギー効率だ。

 砂船はせいぜいがトラクターハンドルくらいでセイルが風を動力に変えていたおかげで物資に余裕があった。いくら量子化できるとはいえアバターの権限にも制限がある。

 彼の提案したように内燃機関に頼った乗り物を使っていてはその物資がすぐに尽きてしまう。ではどうするか。どこかから回収しなければいけない。


「ネックは?」

燃料エネルギー

「気にするな」


 気にするな?


「無くなっちゃってもいいさ、燃料なんて」

『……どうして? なくなったら動けなくなるよね? そうしたら旅出来なくなっちゃうよ?』

「マジレスとか予想外に塩で草」

『……塩? 草?』


 時折変わった言い回しが来るのが悩みといえばそうかも知れない。塩はいわゆるナトリウムだろうし、草は恐らくこの抽出したアバターがあったアーカイブにあったスラングの一種。面白いとか笑ってしまった、とかだっけ。今そんなに面白いことがあったのだろうか。


「っていうかロケットあっただろ! あれ動力に出来ないの?」

『ロケットエンジンだからね。単純に使い切りだよ? 継続して出力を得て加減できるようにするためのエネルギーは……あ』

「有るっぽい反応だ」

『リスナーさんが焚き火って言ってたやつ』

「焚き火じゃん」

『出力は弱いんだけど長続きするからあれなら何とか……』

「……え、もしかしてここにきてスチームエンジンに戻んの? ロマンがやばいんだけど……」

『でもやっぱり自動車は内燃機関が……』

「……別にエンジンにこだわんなくていいんだぜ?」

『え、いいの? じゃあプラントメタルモーターにしようか』

「んん? え、なんて?」

『プラントメタルモーター』

「……それは一体?」

『プラントメタル、植物金属って呼ばれるものを触媒にしたモーターだね。砂船に乗せるサイズなら十分な動力源になるんじゃないかな』

「そういうのあるなら言ってよー!」

『でもいろいろと必要だよ? 冷却用装置に砂やほこりを除去するためのフィルターでしょ?』

「っていうと空冷か。それで?」

『メタルプラント用に水が必要だね』

「何のための水?」

『食事?』

「んん?」


 プラントメタルと呼ばれる植物群は過去に機械生命体の一群として認識されていた者たちの総称でもあるのだが、彼らは単純な思考回路しか持たず、しかしだからこそ単一の命令には非常に従順で単純作業に向いた性質を持つ。モーターという構造も性質的にはあっている。そして彼らが望む対価が水なのだ。最悪液体なら何でも働く。

 しかしここで懸念しなければならないのが星裁の異常気象地帯が放つ磁気嵐だ。この嵐に特に弱いのもメタルプラントたちの特徴でもある。


「なあ普通のモーターじゃダメなのか?」

『普通ってどんな素材を使えばいいの?』

「えっとぉ、そおだなあ。ローターは永久磁石、だったはず」

『星裁にあるね、多分』

「後は銅? エナメル線とかでぐるぐる巻きにしてたけど」

『それなら赫線でも良さそう。電導効率がいいやつだよね?』

「え、マジかよスゲーなこの世界」

『モーターを使った4輪車ってことでいい?』

「おっけおっけ。いやあドライブ動画、ドライブ配信とかやる日が来るとはなあ」


 いくら話しても尽きない。私は彼に移動手段の話を聞こうとしていたはずなのに、何故だか人の歴史に関係しそうな方向に話を引っ張ってしまう。彼も断らずにいろいろと発言してくれるおかげで時間を忘れて会話に興じることが出来た。

 そして私は忘れていたのだろう。いや、間違いなく気付いていた。しかしあえて無視していたことでもある。間もなくここにもう一人来るであろうことを。


 変化は突然だった。センサー類が空気の振動を捕らえ音を置き去りにこちらへ向かってくる反応に一瞬反応が遅れてしまった。

 直撃は無い。ただほんの少し近いという未来予測。軌道計算が間に合わない。通信すらない。気づけば私は彼に手を伸ばして、その瞬間大地が爆ぜた。




「流石に危ないよーほんと怪我してたら大変だったぜー?」

『ノー。このアバターは元来耐久力に優れており、これしきのことでは』

「ダウト。こことか、あとこの辺もか? しっかり曲がってるし、この辺も傷ついちゃってんじゃん」


 会話が突然聞こえたので自分が気絶シャットダウンしていたことに気付いた。いや、処理中ビジーだったのかもしれない。とにかく、気を失うという状態が初めてのことだった。

 がばりと体を起こし確認してみれば座り込んでこちらに向かいながら、顔だけ隣の機械に向けて話す彼と、形は知っているのに見慣れないアバター。


「お、起きた」

【サテライトの再起動を確認。情報共有リンク申請中】

【……許可】


 いろいろと状況がつかめないが一先ず見慣れた形式での申請が出されているので許可する。目の前の機械生命体はゴルゴーンのアバターだ。それもミニゴルゴーンとも呼べるような状態でそこにふわふわと浮いていた。


 ゴルゴーンのログを参照しながら現状を再確認。

 視界に映っているのは直径20mほどのクレーター。ゴルゴーンはそこに突き刺さったようだ。ログからもそれが見て取れる。であるならあるべき被害がない。

 彼は五体満足で先ほどのクレーターの影響がまるでないのだ。怪我も無ければゴルゴーンに対して特に何か否定的な反応を見せることもない。攻撃されたと判断してもおかしくないのに何故そのような態度でいられるのだろうか。


 機械生命体でも衝突されたりされようとした状況においては相手を詰問する権利がある。これまでに意図的に故障させようとする機械生命体がいなかったわけでもない。

 もちろん私とゴルゴーンの関係性において敵対するような関係性ではないし、監査機であるゴルゴーンには調査機に対して進捗や進行度の管理をすることもありこちらに対する権限も持っている。

 それを私は嫌だとも怖いとも思っていない。それが当然であるからだ。しかし機械生命体に物理的、電子的な損害を与えることは故障や新たな事故の原因になりうる可能性があるため、これに関してはこちらにも権利というものがある。


 彼について尋ねるべきか、この度の衝突未遂について尋ねるべきかを考え、私は両方を行うことにした。

 ゴルゴーンに訪問理由を問い合わせつつ彼の元へ近づき様子を確認する。私の認識、知識やこれまでの計測では人間という存在はそこまで強度のある肉体では無いはずだ。


『リスナーさんは大丈夫だった?』

「ん? おう、もちろん。それよりお前だよ。なんで俺のこと助けようとしてんだよ逆だろ普通」

『え、と』


 逆? 逆? え、何故だろう。肉体的な強度は私の方が上なのだから私が助ける、という理論で合っているはず。


「え、じゃねえよ。。俺とお前じゃお前の方が何倍も上なんだよ」

『違うよ』

「違わねえよ」


【当該時刻のデータを送信しました】

【何故連絡無しでアバターをこちらへ派遣したのか問う】


『違うよ』

「違わないしなんならお前にとって俺の価値なんて百万分の一以下だ」


【データを参照されたし】

【何故連絡無しでアバターをこちらへ派遣したのか問う】


『? 目の前にいる一人の価値は一人以下にはならないよね?』

「そりゃ目の前に一人ならな。でも多くの人間は一人だけで生きてるもんじゃねえだろ」


【データを】

【監査機が、調査機の邪魔をした理由を、簡潔に、述べよ】


『そうなの? でも私とリスナーさんしかいないよ?』

「ここにいるじゃん」


【……手伝い、をしようかと】

【連絡をしなかった理由は】


『あーえっと、ソレはあ』

「…………」


【太陽系で最も勤勉な個体であるあなたが、今回は少々手古摺っているような印象を得ましたので】

【……了解】


 ゴルゴーンがここに来たのは気遣いによるもの。あのスピードで来たのは私しかいないと思っていたかららしい。

 私自身もとっさに彼を守る行動に出たが、自己診断によれば量子化した物資の物質化マテリアライズ、ゴルゴーンアバターの軌道計算、耐衝撃計算などによる過負荷で停止状態に陥ったのがわかった。

 危機的状況に対してもう少しリソースを裂くことが出来るようにするべきだろう。となれば一時帰還してアバターの再構築をするのがいいだろうか。

 リスナーさんもゴルゴーンアバターのことが気になっているようだし、仕切り直しが必要だ。


『それは私のー、えっと、上司?』

「マネージャーみたいな? というかマネージャーに繋がる端末ってことか」

『えっと、そんな感じ?』


 配信者の運営体制には流石に詳しくない。一人の人間を別の人間が管理する? 必要ある?


【今は何をしている? この生き物はなんだ? 】

【人間】

【……? 】


「なるほどねえ、マネージャーさんかあ。うんともすんとも言わないんだけど。とりあえず挨拶しとくべき?」

『なんかさっきの衝突で調子悪くなったみたいで動かないかもって』

「あ、ふーん」


 目をそらして納得した? なんだろう。よくわからないけど切り出すなら今な気がする。


『ちょっと直してくるね』

「おう。え、修理工場でもあんの?」

『宙に上がればすぐだから!』


【一旦本機へ帰還する】

【……了解。この生物の観察は本機が継続して】

【アバターのプリセットを提供する。そちらに換装、ではなく再構成することで人間とスムーズな交流が出来るようになる。貴機にも一度本機へ戻りアバターの再構築を提言する】

【……提言を承認。本機へ帰還する】


『リスナーさん! ちょっとだけ待っててね!』

「いや、おい! そこは締めの挨拶くらいしていけや!」


 リスナーさんの言葉に首を傾げながら、私は再び星を見る機械生命体へ向かうのだった。


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